短編D

□相合傘(まもうさ)
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それはとある雨の日だった。

いつも街で出くわすお団子頭の中学生が傘も差さずに頭を鞄で雨をわずかでも遮ろうと掲げて走っていた。

ったく、何やってんだ。天気予報、午後から雨だって言ってただろ。寝坊して見てなかったのか?仕方ない奴だな……。

声を掛けようと彼女に近づこうとした時だった。



「おい!月野!」

俺を通り越して先に傘を傾けた男が現れたのだ。


「あれ?どうしたの?」

「どうしたの、じゃねえよ。ずぶ濡れじゃんか。ほら、入ってけよ。」

「でも確かお家逆方向じゃなかった?」

「今日はこっちの塾がある日なんだ。そんなことより、いいから入れ。」

「ありがとう!」


そうしてお団子は男の傘に何の警戒心もなく満面の笑みで入った。

へえ。お団子に優しくする男がいたとはな。まあ、俺は関係ないからいいけど。

お団子もへらへらのんきに笑いやがって。なんだって俺、こんなにイライラしてるんだよ。


むかむかしてくる気持ちが抑えられずにぐんぐんと速度を上げて二人に近づいて行った。


「よお。」

「あー!あんた!」

気付いたら。感情が先走ってお団子に声をかけてしまっていた。

「月野、知り合い?」

「知り合いじゃないわよ!」

「ああ。知り合いじゃない。名前だけは知ってるけどな?赤点30点お団子頭。」

「ううううるさーい!嫌味意地悪キザ男!!」

ぱんぱんに頬を膨らませて怒る顔が面白くて仕方がない。笑う俺に反して隣にいる男はムッとした表情を露わにしていた。

「しかしお前にも相合傘するような相手がいたんだな。」

「こ、これは違うもん!!」

はっとした顔をしたと思ったら真っ赤になって否定してくるどこか必死な様子に虚を衝かれる。

そして傷付いた風な切なげな瞳に目が逸らせなくなった。

「すみません、月野をからかうのはやめてもらえませんか?あなた高校生ですよね?失礼ですが、大人げないと思います。」

なんだよ。自分はお団子と同学年だからって勝手にライン引くなよ。俺だって本当は……

正論をぶつけてくる男に足が動かない。

バカみたいだ。お団子相手だと全然理性的じゃなくなる。

「行くぞ、月野。」

「あ、でも……」

戸惑い気味のお団子を引き連れて先に進む男。

そうだよな。俺たちはただ偶然何度も会って少し話しただけで。しかもそのほとんどが子供じみた言い合いで。

それでも

なんでか…気になって。



「え?」

彼女は俺に腕を掴まれた事にびっくりして振り返ってくる。

その目は俺の胸の奥を揺らした。動揺したのはこちらも同じ。むしろ、それ以上。


引き止めて、どうする?

知り合いレベルでもない俺たちの間には呼べる名称も何もないというのに。

けど



「行くな。」



言葉が、勝手に零れた。

みるみるうちに彼女の頬が色づいていく。

可愛いな。

そう、思った。


「じゃないとあのしゃべる猫のこと「うわあああああああ!!!」

じたばた手足を動かして奥の手を使った俺の傘の下へと慌てて入ってきた。

「ごめんね!私、このひきょーもの男と話をしなくちゃなんないから、先行って!」

「でも月野、大丈夫か?」

俺の事をじろじろ怪訝そうに見ながら尋ねてくる男。わずかに悔しさを滲ませているが、お団子は気づかない。

「うん大丈夫!こいつ、意地が悪いだけで、悪人ではないから!」

なんだそれ。

「いや、だけど…」

「ありがとね!塾、行ってらっしゃい!」

ぶんぶん手を振って笑顔で送り出されて渋々別れのあいさつを交わし去っていく男。

去り際に軽く睨んできたから、俺はにっこりと笑ってみせた。けれど多分、目は笑っていなかったと思う。ぴしっと顔を強張らせて退散した男を見て確信した。

俺、なんでそんな牽制してんだよ。


「じゃあ、行くか。」

「行くか、じゃないわよ!ルナはね、しゃべってなんかいません!!変なこと他の人に言いふらさないでよね!!」

「本当に喋ってないなら俺が何言ったって動じなきゃいいだろ。墓穴、掘ってんじゃねえの?」

「ボケツ…じゃないもん!!」

「あーはいはい。で、家はどっちだ?」

「……あっち。」

悔しそうに涙目で上目遣いになりながら左を指差すお団子が可愛くて……笑みが漏れる。

「了解。」


頭にポンと手を置いて柔らかい髪を軽く撫でた。





おわり



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