赤ずきんちゃんに気をつけて

□《1》
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 何でこの山羊はこんなに能天気なのだ。自分を好きだといって、まとわりついてきて。
 たかが属性、それでも属性。本来なら狼と山羊は相容れないもの同士なのに。
 もっともこの「フェーブルランド」の住人は誰も等しく平等。多少心理的に属性の影響は受けてはいても、それぞれの種に序列をつけたり属性のまま食い合ったり傷つけ合ったりすることはない。そんなことが起きれば、この世界を構成する秩序の根本が覆り崩壊してしまうからだ。
 加えて属性には、なにも狼と山羊だけが存在しているわけではない。姫や王子も当然ながら、兎、狐に魔女や小人など、ちょっと変わったところでは魔王や勇者まで、人の世界にある〈物語〉に登場する者たちをになう属性があった。もちろん狼の天敵と語られる狩人属性だってある。
「末吉、分かっていると思うが、わたしは狼だぞ」
「分かってるって、フェン。キミはひとたび〈物語〉の中に入ればそれこそお日様のような黄金の毛並みを持つ美しい狼になるよね。ふさふさの尻尾は頬ずりしたくなるよ」
 うんうん、と思い出したようにうっとりと末吉が目を閉じる。
 狼に頬ずりする山羊がいて堪るか。再び拳を握るフェンだったが、それは殴るためではなく、ギリギリ苛立ってくる己の感情を抑えるためだ。爪が掌に食い込むほど握って心を落ち着かせる。
 大丈夫だ、ちゃんと時と場合と場所をわきまえている。
「末吉、せっかくの誘いだが、わたしはこれから仕事に行かねばならない」
 いつまでも末吉にかかずらわっているわけにはいかない。今日は「仕事」が入っているのだ。
 人の世界で数多ある〈物語〉が読まれるとき、住人はそれぞれの属性によって役を割り振られ、メルヒェンゲートから〈物語〉の中に入る。そうして登場人物となって〈物語〉を進行するのだった。ストーリー上、病気や死亡する設定になっていても〈物語〉が終わればすべて元に戻り、またフェーブルランドの住人として次の仕事が入るまで日々を送る。
「え、そうなの? 〈物語〉の中に行くの? 今度はどんな話? フェンだからきっとお姫様だよね。どんなドレス着るんだろう。どんな格好をしてもフェンはステキだけど」
「……『赤ずきん』だ」
 フェンは能天気山羊に静かに告げる。狼属性のフェンに与えられた役は当然ながら狼だ。姫などとんでもない。

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