赤ずきんちゃんに気をつけて

□《3》
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「ぼちぼち行くとするか」
 立ち上がったフェンの横で、末吉が広げていた皿やシートを急いでバスケットの中にしまい始める。
「そうだね。これ以上待っても赤ずきん来そうもないみたいだしね」
 次のシーンはおばあさんの家だね、という末吉にフェンは頷く。
 赤ずきんはついに現れなかった。そんな変更は事前に知らされていなかったが、数々のアレンジや解釈もある話だ。こういうケースもあるのだろう。
 どんなハプニングが起きようと〈物語〉が終了するまで、与えられた「役」をやり遂げるまでだ。だから自分は狼の役を最後まで。
「赤ずきんのおばあさんの家ってこっち?」
「ああ、森のはずれだから、そうだろ?」
 のそり、と歩き始めたフェンは、横で相変わらずへらへら笑っている末吉に溜め息を一つ零す。
「末吉、ついてくる気か?」
「え? もちろんだよ。オレはフェンの行くとこならどこにでも行くよ?」
「だがわたしが今から行くのはおばあさんの家で……」
 そこで自分は赤ずきんが来るのを待っているおばあさんを襲わねばならない。この牙でこの爪で。最後狩人に助け出される設定になっているから、今回も丸呑みにするにしても。
 ふいに、末吉にそんな自分を見られるのはいやだと思った。今までそんなことを考えたことは一度もなかったというのに。狼である自分に与えられた役を厭うようなことを。
 自分が狼であることは誇りに思っているし、〈物語〉での役回りはこれまでフェーブルランドの住人の義務とやってきたことだ。
 それがどうしてなのだろう。分からない。
「……末吉、お前はこの話に出ていないのだろう? だったらどこか目の届かないところにいてくれ。そばにいるな」
 関係ない者が近くでうろつかれるのは困るから、ともっともらしい理由をフェンは続けた。
 何が困るのか、などと聞き返されたら、上手く答えられる自信はなかったのだけれども。
「分かった、フェン。そうだな、オレはこの辺で待ってるよ。〈物語〉が終わるまで」
 意外にも、末吉はあっさりフェンの言うことを了承してくれた。もっと何かを言うかと思っていたのに。
 そうだ、いつもなら離れたくないとか、何があっても一緒にいるとか。
 そういえば、今日の末吉の態度は何かおかしい。仕事は赤ずきんの狼だと言ったときは驚き顔色を変えた。いつもの能天気の続きだと思っていたが、「何があってもオレを信じてね」と言ったあのときだって、いつもののりとは何か違っていたように思う。
 一番妙なのは〈物語〉の中にいるのに、山羊に変化をしないことだ。末吉は山羊以外の属性も持っているのだろうか。
「そうしてくれ」
 けれどほっとしたのも本当だった。
 自分が誰かを手にかけるところを見られたくない。それが〈物語〉の中でのことだとしても、実際自分が感じるのは生々しいリアルだ。
 簡単に丸呑みというが、呑み込むほうも苦しい。腹ははちきれんばかりに膨らむし、決して美味しいものではない。もう少し体が大きければ、楽にできるのかもしれないが。
「あ、おばあさんの家見えてきた。じゃあ、オレはこの辺にいるからね。フェン、頑張ってね」
 いつの間にか森を抜けていた。木々が途切れなだらかな小道の先に家が見える。
「……ああ」
 歩みを止めた末吉に見送られたフェンは、家に向かって歩き出した。





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