お題

□グラウンドには誰もいない
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花井くんに借りていた世界史の資料集を返すのを忘れていたのに気づいたのは夏休み真っ盛りの午後4時すぎだった。


『確か夏休みの宿題で使うよね……?なんで忘れてたんだよ、わたし…!』


すかさず千代ちゃんにメールをする。
“今部活中?”
異様に短いメールになってしまったけど焦っていたわたしはそのまま送信した。

ああああ、今部活かな?なら返信は遅いかも。いや、もしかしたら練習試合中かもしれないし、どっちにしろ携帯は触れないよね…うわ、どうしよう…

ピロリン、とメールの着信を告げた携帯を開く。
千代ちゃんからだ…!

“部活は今さっき終わったよ。いつもよりかなり早いんだけどね。先生達が今日はお祭りの見回りがあるから部活動していた生徒は4時過ぎには帰宅するよう指示があって。どうかしたの?”

あんなに短い変なメールに律儀に返してくれる千代ちゃんに安堵した。
ありがとう千代ちゃん、落ち着いたよ。


“花井くんに借りていたものを返すの、忘れていたみたいなんだ。伝言お願いしてもいい?”

“いいよ!伝言をどうぞ”

『えーと、“今から学校に借りていたものを持っていくので、少しだけ待っていてもらえませんか”』

そう送ったあと、千代ちゃんからの返信にはこうあった。
“花井くんから。了解。正門はもう閉まっているからグラウンド側の門で待ってる、だって!…ふふふ、名前ちゃん、なんかデートの待ち合わせみたいだね!”

『デートォ?!』


自然と顔に熱が集まる。

千代ちゃんに伝言ありがとう、と打って送信してから出かける準備を始めた。

花井くんに会うんだよなぁ…あ、服、どうしよう。……って何故か本当にデートみたく考えたてしまうおめでたい思考を振り払い、クローゼットを開けた。












『は、花井くん!』

「おー、名字、早かったな」


いつものんびりと自転車を漕いで向かう学校への道を、自分史上最速で駆け抜けたわたしは乱れた髪を押さえつつ、指定した場所にいた制服姿の花井くんに声をかけた。

真夏の夕方、日はまだ高いけど遠くで蜩が鳴いているのが聞こえる。
いつもの今の時間帯なら、いろんな部活の掛け声や練習の繁雑な音で、きっと蜩の声は聞こえないはず。
どの部活も帰ってしまったのだろうか。


『ご、ごめんね!もしかしてみんな帰っちゃった…?』

「あー、なんか早く帰れるから他のやつらは集まって祭りに行くんだと。名字がメールくれたときにはもう大半いなかったな」

『…うわ、ごめん…タイミング悪くて』

「っ、い、いや!謝んなって!てか俺も好都合で、」

『…へ?』

「…あ」


花井くんの顔は真っ赤になっていた。
つられて自分も。


「…名字」

『うん』

「今から時間あるなら、一緒に祭りに行かねーか?」

『…!…行く!!行きたい!』


真っ赤な顔のまま花井くんは笑顔を見せてくれた。
世界史の資料集、返し忘れた夏休み前のわたしに心の中で大いに感謝した。





グラウンドには誰もいない



(本当は、今日早く終わるって知っていたから、篠岡に頼んで名字を資料集の件を理由に呼び出そうとしてたんだ)

(えっ)

(……夏休みに入ると名字は部活入ってないから学校に来ないし、俺は毎日部活だから…どうにか会えないかな、って)

(……花井くん、わたしを萌えさせてどうするの)

(萌え?!はぁ?!)

(さ、お祭り行こう!)





………

千代ちゃんは両者を見守りつつキューピッドになる役。
千代ちゃんかわいいよ千代ちゃん

150808



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