書庫 2
□聖夜のappassionamento
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「本当に…申し訳ありません、かなでさん……」
「えっ?どうしたの、枝織ちゃん?」
菩提樹寮のラウンジで、かなでの作ったブッシュドノエルを目の前に、枝織は怒りとも悲しみともつかぬ表情を浮かべきゅっと唇を噛み締めた。
「枝織は自分の兄がクリスマスイヴに恋人とデートの約束も取り付けず仕事三昧、しかも今夜のパーティーの同伴者に君ではなく、御影を伴って出席する事を気に病んでいるのさ。」
ぱくりと一口、ブッシュドノエルを口に入れたニアがそう言うと、あぁなるほどとかなでは苦笑を溢した。
「仕方ないよ。冥加さんが忙しいのはいつもの事で、私じゃお仕事の役に立てないもの。だけど、そのお陰で今日は時間を気にしないで枝織ちゃんとお喋り出来るから嬉しいな。」
そう、クリスマスイヴである今日、冥加が仕事で一日いないなら枝織は一人で過ごすのかと心配し、菩提樹寮で過ごす事を提案したのはかなで。
せっかく誘ってくれたのだ、枝織に断るという選択肢は無かった。
寮の皆とのクリスマスパーティーに誘ってくれた事も、かなでの部屋に泊まらせて貰える事も嬉しいが、本来そういった事は恋人である兄と二人きりでするべき事なのにと考えると申し訳ない気持ちでいっぱい、その後何のフォローもしていない兄の不甲斐なさが腹立たしくて仕方ないのだ。
世間では恋人同士のラブ度が急上昇するこの日、かなでとて多少は期待していただろうにそれをおくびにも出さず、あまつさえ恋人の妹の心配までしてくれる、そんなかなでがまるで聖母の如く枝織の目に眩しく映り、感極まって抱きつこうとした瞬間。
「なんだ、小日向。随分と物分かりのいい女だな……美味い、相変わらず良い腕だ。冥王なんぞさっさと振って俺の所に来い…甘やかしてやるぜ…?」
「千秋、なに勝手に自分とこ来い言うてるの?冥加君を振ったら俺のトコおいで、小日向ちゃん。誰よりも甘やかしたげるで…。」
「…………相変わらず、なんでナチュラルにいんだよ、あんた等…」
「小日向、すまない。茶のおかわりを貰えるか?」
何故かちゃっかり菩提樹寮メンバーと枝織のティータイムに参加してブッシュドノエルをぱくぱくと食べている東金と土岐に響也が突っ込み、律は相変わらずのマイペースっぷりを発揮している。
「もう、東金さんと蓬生さんってば相変わらず冗談ばっかり。大体、この時期に受験生がわざわざ横浜までお茶しにくるなんて、そんな暢気にしていて大丈夫なんですか?」
「ふっ、この俺が受験に失敗すると思うか?大体お前が神戸に来ていれば、そんな心配しなくて済んだんだ…っていうか、わざわざ茶を飲む為だけに来たって思う辺りがお前らしいぜ…」
「いくら何でもそれだけで来たなんて思っていませんよ。横浜のファンの為にライヴしに来たんですよね?」
「………そう思う辺りも小日向ちゃんらしいわ…」
どれ程の好意を見せても、かなでにはそれが友情以上のものだとは伝わらない。にも関わらず、こうして頻繁に会いに来る東金と土岐はかなでの心変わりを期待しての事なのか。
親しげなやり取りは兄よりも余程親密ではないかと、枝織は気が気でない。
「まぁライヴをしに来た…というのは当たらずも遠からず、だな。という訳だ、小日向。ヴァイオリンを持って来い。出掛けるぞ。」
「…はぃ?」
何が、という訳でなのかときょとりと首を傾げるかなでに、東金はにやりと人の悪い笑みを向ける。
「冥王に誘われなかったんなら暇だろう?俺達が遊んでやるよ。」
→「 暇じゃ無いですよ。 」
→「 どういう意味ですか? 」