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お礼にならないでしょうが、以下お礼文のろち臨也ssです。
「ねぇハニー」
いつもの如く喧しい声。
五月蝿いからって、根負けして部屋に入れたのが間違いだった。
誰がハニーだ。俺は男だっつの。
飽きもせず連呼される呼び掛けは、絶対に返事をしてやらない。
「ハニーハニーハニーハニー」
ただ不思議なもので、こうも同じ言葉ばかり囁かれると、まるでメロディーのように聞こえてもくる。
こんなものがBGMだなんて不服だが、だからってわざわざ耳を塞ぐ気にはならない。
面倒くさいから。
「ハニー!こっち向いてよ」
だが油断してたら声の主は真後ろまで来ていて、その図々しさは流石に不快だ。
けれど振り向いたのが間違いで。
「五月蝿いなアッ!?」
唇に何かが触れて驚いた。
至極真剣な彼の表情に、視界も思考も奪われた。
感じるのは柑橘系の香り。
彼が普段つけている香水とは異なる香りで。
真面目な顔は生来の整った容姿を思い出させて。
訳もなく気恥ずかしい。
抗議の声は唇をなぞる指先にふさがれた。
指が自分の唇をなぞっていく。
ただそれだけの事に眩暈がしそうだ。
「……よし」
ゆっくりと彼の指が唇を一周。
トドメとばかりにもう一往復して彼は満足したらしい。
幸せそうに微笑んで、けれども指は名残惜しげに、じれったい程ゆっくりと離される。
そして彼はマジマジと俺を見つめ、次いでニカッと鼻の下を伸ばしたから、顔は崩れて見慣れた表情。
「……何これ?」
「リップだよ」
きっと語尾に音符マークだかハートだかが付いている、馬鹿丸出しの甘い声。
何が嬉しいのか、くしゃりと笑って帽子を深く被り直す様は、照れているようでらしくない。
「なんで?」
「敏感肌のハニーにぴったりの、売り場のお姉様イチ押しのオーガニックリップだから!」
「いや、うん。そうじゃなくてさ」
「ハニーのキュートな唇がかさつくのが嫌だから」
うん、理解不能。
シズちゃんとは違う意味で理屈が通じない。
「気に入らなかった?」
「嫌……ではないけど」
だったらわざわざ塗ってやらずに手渡せば済む話だ。
しかもスティクでなく指で塗るタイプだとか。
そもそも自前のリップくらい持っているだとか。
文句は言いだしたらきりがないな筈なのに。
「よかったー!」
「ちょっやめろ!」
眦や頬に戯れのように降ってくる口づけも、うっかり返事してしまった愛称も。
不服窮まりない筈なのに馴染んでしまって。
きっとこの柑橘系の香りもすぐに違和感がなくなってしまうだろう事が。
嫌って言えない自分が嫌だ。
――頼むから、これ以上侵食するな、なんて。
「……言える訳ない」
呟いて、無意識のうちに自分の唇を指でなぞった。
【指でなぞる】
タイトルが思いつかなかった意味なし短文。
次回はシズイザで拍手文を追加します。