drrr 中

□三月うさぎは人気者?
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「なんか変な音しなかったっすか?」
「こら遊馬崎、隣を覗こうとするな」
「あっすいません。つい」
「ねーねー早く座ろうよ。お腹空いちゃった」
「だからって、渡草が来る前に食べはじめるんじゃねぇぞ」
「ドタチンお母さんみたーい」
「誰がお母さんだ!」


声と共に隣の座席スペースに人が入ってくる。
俺達のいる方が入口から見て奥になっているし、何より障子戸を立てているので中が見える訳ではない。


しかし俺達は顔を上げられない。
上げられる訳がない。


――何故よりにもよって今日、この時間に知り合いと鉢合わせするんだ!?



程なく酒も運ばれてどんどんと騒がしくなる隣と対照的に、俺達はお通夜のごとく静まり返ったままだ。
あんまり静かだと逆に目立つ。
適度に会話をするくらいがちょうどいい。
判っている、判っているのだが今の俺にそんな余裕はない。


――しかも!なんでよりにもよって、俺がシズちゃんの次に会いたくないオタクコンビが来るんだよ!?


隣に入ったグループの頭、門田は自分の高校時代の同級生だ。
口は堅いし頼りがいのある彼なら、最悪今の自分を見られてもいい。
だが取り巻きの、特に今隣室にいる二人が問題だった。
こよなく二次元を愛する二人は、空飛ぶ自販機も赤目の妖刀遣いも萌えの対象でしかないという、超弩級のオタク共だ。
こいつらに俺のフードの下なんぞが見つかりでもしたら……


ぞわぞわぞわぞわ


「〜〜〜〜〜〜!」


黒い手千本桜のトラウマが再発した。
無理、想像だけで死ねる。


「だ、大丈夫か?」


「むりっ」


ぶるぶると震え出した俺に、田中さんはそっと気遣わしげ声を掛けてくれたが、俺は虚勢を張れないくらい限界だった。


ぶっちゃけ薄壁一枚隔てただけの防壁なんて、同じ空間にいるのと変わりない。
どうせ、絶対なにかハプニングが起こって見つかるんだ、絶対そうだ。


などと謎のネガティブ思考に支配され、俺は食事どころではなくなってしまった。




――出たい、一刻も早くここから逃げ出したい!


逃げるリスクの方が大きい気もしたが、今の俺には冷静に隣が帰るのを待ってなどいられそうもなかった。
そして覚悟を決めた俺が取る行動を、田中さんは冷静に把握してくれたようだ。

――止めても無駄だと。





「田中さん……申し訳ないんですけど日を改めませんか?」


とりあえず小声で提案する俺。


「そうするべ」


コクコクと頷きながら小声で返す田中さん。
たぶんこの時の俺達は、長年連れ添った夫婦並に息が合っていたと思う。
俺達は速やかに身支度を整えると、音を立てないまま靴を履き、そっと個室を出た。
出口に向かうにはドタチン達の前を通りすぎなければならない。
ドレッド頭と黒ずくめでフードを被ったままの俺、見つからずに通り過ぎるのはなかなかに難しい。


だが俺達はやってのけた。


不自然ではない速度で、しかし迅速にドタチン達の個室の前を通り過ぎた。
呼吸、タイミングともに完璧――自画自賛するしかないってくらい見事だった。


「あれ?」

ただ、


「「あ」」



一人遅れてくるドタチンの仲間の存在を、本っ気で忘れていた。






――渡草、お前もか!


気分は『ブルータス、お前もか』。裏切られた気分でした。


ドタチン達の前を通り過ぎ、後は会計だけだと思った矢先でした。
いたよ、いたよ普通に。バッタリ鉢合わせだったよ。
そういやさっき、ドタチンが言ってたね、渡草来る前に云々。
俺ってば迂闊!


「あんた、確か」


これで俺が通常の状態なら、喧嘩慣れしているとはいえ、不意をつかれている一般人の一人くらい、音も出さずに気絶させられたと思う。
しかし俺は目茶苦茶不調の中、しかも咄嗟に後ろに下がってしまい、当然ながら真後ろにいた田中さんにぶつかるとか、素人じみた凡ミスをやらかした。


「やっぱり折原臨也!それに……平和島静雄の同僚!?」


こちらがもたついている間に渡草は俺達を完全に認めてしまった。


「ん〜?渡草さんどうしたっすか?ってぇ!?」
「何なに〜ってえーイザイザ!?」


そんで渡草の声に反応した面々が俺達を見つけてしまいましたとさ。
めでたくない、めでたくない。


……と、ここで終わらないから現実って怖い。


「あー一応言っとく、俺は田中トムっていう名前がある」
「あ、すんません」


あちゃーと頭に手をやりながら、どこか妙な自己紹介を渡草にする田中さんとか、わいわい騒ぎ出すオタクコンビとか、わりとカオス。
いっそ全て放棄したいが、幸か不幸かまだフードの中身は見られていない。
投げ出したいが、まだ諦める訳にもいかなかった。


「なんで二人が」


一緒にいるんだ、というドタチンの至極もっともな疑問。
まずはこれから対処していくしかあるまい。
幸い、一度パニックの波がおさまった俺は普段の四割くらいは頭が回っている。
正直心許ないが、このポテンシャルのまま上手く口を回すしかない。


「それは勿論、い・け・な・い・取引だけど?」
「――――!」


ドタチン相手にあまり下手な嘘は利かない。
なら適当に意味深なことを言っておけばいい。
そうすれば俺の日頃の行いがアレだから、あとは勝手にストーリーを作ってくれるだろう。
何せ一緒にいたのがシズちゃんの身内だ、きっと彼を利用するために俺の方から田中さんに近づいたと勘違いしてくれるはず。
悪役ぶるのは得意だよっと、わざと口角を上げてみた。
きっと素敵に無敵に、ゲスい顔。


ドタチンの顔が曇ったのが分かった。
ちょっぴり寂しいな。




「ばーか折原、適当な嘘言ってごまかすな」

「へ?」


だがしかし、予想外の妨害。
するっと出鼻をくじかれた。


「悪いなアンタら、驚かしちまって。こいつは俺が呼び出したんだよ」

「アンタが?」

「ああ」


怪訝そうな顔をするドタチン達に対し、俺を押し退けて田中さんが前に出る。
ドタチン達がきょとんとしてる。無理もない。
はじめての展開に俺まできょとんとしてしまってるんだけどさ。


「そっちの兄さんにも言ったが、俺は田中トムってんだ。何度か顔を合わせたこともあったな」

「まぁ」

「知ってると思うが俺は平和島静雄の同僚だ。あんたらからしたら、静雄と仲の悪い折原を俺が呼び出したってのも妙に聞こえるだろうけどよ、事実だから仕方ない」


あー俺こういうの得意でないんだよなー、なんてぼやきながら田中さんが言う。
なに言ってんだよ取り立て屋、考えてみたらアンタも口を使った商売だろう。


「最近どうも静雄の様子がおかしくてな。いや、力は前より制御できてっから調子が悪いわけではないんだけどよ。なんていうか……抜け殻、みたいになってんだ」


へーそうなんだ。
最近は余裕なくてシズちゃんの様子も調べてない。
嘘かホントか知らないけど、本当だったら嬉しいね。
もっとも、どうせ嘘だろうけど。
俺がずっと池袋に来てないから、実際は調子いいんだろうな。
あームカつく。


「普通は俺も放っておくが、もう三ヶ月も静雄は元気がないまんまだ。流石に見過ごせなくてな。だが静雄に訊いても要領をえないっつーか、たぶんアイツも自分で分かってはいないんだろうな。埒外あかんかった。まー静雄がおかしいってことは十中八九、この折原が裏でなんかやってんだろうなって思ってよ。余計なお節介だろうが、可愛い後輩が虐められてんのは俺としては嫌なんだよ。だから問い詰めるために呼んだ」

「成る程」


うんうんとドタチン達がうなづいて俺を見てくる。
え?なにその、どうせお前がなんかしたんだろ?って目は。


「だとしても、なんでわざわざ臨也を池袋に呼び寄せたんですか?よけい静雄を刺激したら、アンタもまずいんじゃないんすか?」

「え?だってここならサイモンいるし、最悪静雄も呼び出しやすいだろ。静雄を呼ぶのは本末転倒だからやめたいとこだが……俺はか弱い一般市民だからな、流石にナイフで襲われたら一たまりもねぇべ。だから自分が一番安全だと思う店を選んだっつー訳だよ」


また本音まじりの尤もらしいことを言えば、俺とは違って説得力がある。
嘘と真実を織り交ぜて語るのに、どうしてこうも違うのか。


「成る程な」
「んで、イザイザは今回なにやらかしたの?」
「早く吐いた方が楽になるっすよ」
「なんなら轢きましょうか?」


えー何この、アウェー感。
すっごい心外なんですけど。
確かにさ、俺も『俺、黒幕』説を作り上げようとしたんだけどさ!


「あーそれなんだが、今回は折原はノータッチらしいぜ」


と、ここで田中さんはまたしても予想外の言葉を出した。


「「ええ?」」
「嘘ー」
「えっと田中さん、臨也の口車に乗せられると危険ですよ」
「ちょっとドタチン!それはあんまり酷いんでない?俺、まだこの人を騙してないんだけど」
「まだってことは騙して利用する気満々ってことだろ」


案の定、全員が反発した。
酷いなーみんな。


「あー俺も完全に納得はしてないから、あんたらも無理に納得はしなくていいぞ。ただ折原は他の件で忙しくて、どうやら本当に静雄を構っている暇がなかったらしい」

「……そういや臨也、お前今年に入ってから一度も顔を見せてないよな」

「まぁ……池袋自体がすっごい久々なんでね」

「あ、そっかー!確かに今年はまだ一回もシ、ズシズとイザイザの喧嘩デート見てない!」

「だからデートでなく戦争ですってば、狩澤さん」

「まぁ言われてみれば、最近は不気味なくらい池袋が静かだよな」

「お前、ホントに何やってたんだ?」


ドタチンからの不躾な質問。
俺、そろそろ本気でキレてもよくない?
キレないけどさ。


「正直忙しすぎて池袋に来る暇がなかっただけだよ!全国はおろか海外まで足をのばしてたからねぇ。素敵で無敵な情報屋さんは不況知らずで」

「…………本当か?」

「あーその顔は、この折原臨也が!忙しさにかまけて!天敵であるシズちゃんを放置する筈がないと、そう言いたいのかな?」

「分かってんなら正直に言え」


ごめんなさいホントです。
シズちゃんどころか池袋自体、ノータッチミーでした。
勿体振ってみせてますが、俺は振っても叩いても、今回に限ってはフードの中身以外何も出てきません。
だから絶対出さないけど。


「ま、表に立てないくらい裏で忙しくしてたって話は本当さ。それこそ俺は自分の身が可愛い。裏の怖ーいおじさん達に引っ張りだこにされれば、俺だって神経傾けて仕事に専念するさ。まっシズちゃん弄りは俺のライフワークだから?人づての監視くらいはしてたけれど……シズちゃんの不調の原因は、俺が情報として買いたいくらいだよ、まったく」


だから嘘ですって。
我ながら自分の見えっ張りな舌にはびっくりだよ。
ライフワークのシズちゃん弄りが出来ないくらい、ホントは切羽詰まってましたとも。


「……分かった。これ以上問答しても意味ないな」

「分かってくれたのなら何よりだ。俺としたら、珍しく本気で池袋に関わってないのに、こうも疑われるのは心外だけどね!」

「それはお前の日頃の行いが悪い」

「ドタチンひどーい!」


なんて軽く憤慨してみたところで、話はいい感じで収まった。
ドタチン達は尚も俺を疑っているようだが、それは計算通りの反応だから問題ない。
俺と田中さんとの関係を疑われなくなっただけでも儲けものだ。
むしろ、話し半分でも俺が忙しかったことを信用してくれたのがありがたい。


「それにしても、田中さんって本当に後輩想いなんですね!うふふ〜トムシズトムシズ!」

「あー狩澤がまた悪い病気を!」

「お前な、大概にしろよ。……あー田中さん、さっきは失礼なことを言って、すみませんでした」

「えっとアンタは静雄の同級生だったよな?いや、こっちこそ食事の邪魔をしちまって悪かった。理由はどうあれ、こいつを池袋に呼び寄せたのは事実だ。静雄を裏切るような真似をしたのが心苦しくてな、知り合いが来たからからって慌てて店を出ようとした俺が悪かった。そりゃあ怪しくも思うよな」

「いえいえ、田中さんは悪くないですよ。それより渡草さーん、邪魔しちゃ悪いっすよ」

「って、なんで俺が悪いみたいに言うんだっつの!あーでも、アンタも本当に気をつけた方がいいぜ?いくらサイモンがいるとはいえ、こんな物騒な人に関わるとロクな目に遭わない」


「ご忠告、痛み入るよ。まぁでも、俺も可愛い後輩を売るほど堕ちちゃいないんでな」

「きゃー!シズシズを巡る男二人の攻防!」

「だからお前は自重しろっての。とにかく、事情を知らなかったとはいえ、騒ぎ立てて悪かった。臨也、お前にも失礼な事言っちまったな」

「別にいいよ。疑われるのは慣れてるからね。……さぁて、ドタチン達には見つかったし、これでシズちゃんまで来たら面倒だから俺は帰るね」


色々とあったが、まずまず上手くおさまったことだし、これを機に退散するべきだろう。




「えー!せっかくだからイザイザ達も一緒に呑もうよ!」

「は?」


――が、さらに予想外の展開が現れた。
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