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□三月うさぎは人気者?
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おかしい。色々おかしい。
今年になってこのフレーズを何回使ったことだろうか。




向かいには最早見慣れたドレッドヘアの男。


「田中シャチョー今日ハ豪勢ネ。気前イイ、サイコーヨ。モット食ウガイイヨ」

「サイモン、今日は相手さんの奢りだからな。俺を褒めても何も出ないぞー」


んで、それを褒める怪しい日本語のいかつい黒人系ロシア人。


……何故俺は今、田中トムと向かい合って寿司を食っているんだろう。
しかも露西亜寿司で。




ど う し て こ う な っ た !





【うさやで一年シリーズ〜三月うさや編〜】





「あー……田中さん?」

「ん?なんだ?」


寿司を口いっぱい頬張ったまま、そんなきょとんとした顔をしないでほしい。
そんなに旨いか寿司。
旨いけどさ露西亜寿司。


「確かに俺、お礼になんでもご馳走しますっては言いましたけど。なんで寄りにもよってここなんです?」

「あれ?お前さん寿司好きでないっけ?」

「いやっ好きですけど」

「だよなー。静雄に追いかけ回されるって分かってるくせに、ちょくちょく食べに来てたもんな」

「ちょっ!?ちょくちょくは来てないし!」


――嗚呼また!
つい敬語が外れてしまい自分で自分に動揺する。
この人妙に俺の調子を狂わせるから苦手なんだよ。
そりゃあ露西亜寿司がセールやってる時は、シズちゃんがいようが関係なく来てたけどさ。


「――ってそういう話でなくて!なんでまた、池袋なんですか?それこそ寿司なら東京中にあるし、露西亜寿司なら出前にするって手も」

「だってお前さん、最近池袋に来れなくて鬱憤たまってたろ」

「う……」


これは純然たる事実なので否定しずらい。
シズちゃん以外の事柄では滅多にストレスの溜まらない俺だけれど、今年に入ってからはストレスが溜まりまくって酷いものだ。

しかもそれを彼は熟知している。

なんせここ最近、池袋に行けない不満や正月からの例のアレソレで溜まりに溜まったストレスを誰に吐き出してたって……目の前のドレッドにだもん。






――正月に俺を襲った未曾有の危機は現在進行形で俺を悩ませている。
口にするのも回想するのも釈にさわるので割愛するとして、とにかく俺は困り果てていた。
しかも悩みの種は俺に単純な精神的苦痛を与えるだけでは飽き足らず、予想外の副作用まで及ぼした。
つまりは……その……人恋しさとか、なんかそういうの。
なんとかは寂しいと死ぬとか言うし!不可抗力!しょうがないの!


と・に・か・く、人に言えない、相談できない、まず会えない。
この現状では対処の仕様のない問題が冗談抜きで死活問題になりかかった時に俺を救ってくれたのが、このドレッドこと田中トムだ。


ちなみに現状を知ってる秘書とか闇医者とかその親族とかは、ただの一人も助けてくれませんでした。
正確には、そいつらの情け容赦のない言葉の数々や実験解剖まがいのセクハラ、黒い手千本桜な撫で回しに俺の飴細工なみに繊細になった心が打ち砕かれたんですよね、ええ!
詳細は今ので勝手に推測してくれ!
ぶっちゃけ俺はトラウマが増えたよ畜生!




そんで、先月頭にどうにも一人では心許ない……もとい心細い……でなく!とにかくそういうので!一人では解決できなかったから、仕方なく田中トムの家に行った俺は、万に一つの期待虚しく元凶が解決しなかったがために割りとガチで泣いていた。
そんな俺を彼は追い出したりはしなかった。
それだけで充分ありがたかったのに、彼はさらにこう言った。


『何にもできないが、愚痴くらいなら聞くぞ。いつでも来い』


普段だったら「愚痴、ね〜」から始まる論舌なり「それは貴方が〜」から始まる演説なり「ふーん、それでアンタには何のメリットが?」とかから始まる腹の探り合いやら恐喝やらビジネストークやら、あらゆるパターンが自然と出てきたはずだが。



――どうしよう、ここ最近まともに人と接してないから、こんな、こんな優しいことされたらキュンとくるじゃないか!

By心の声。


……うれしかったんだな、これが。


以来俺が精神的にへばるたびに会いに行けば、黙って愚痴を聞いて、あったかいコーヒーを出してくれた。
染・み・た・よ!
インスタントだろうが何だろうが、五臓六腑に染み渡ったね!
怖いね優しさって!




もちろん田中さんだってただ優しいだけの人ではない。
借金取り立てなんて、あこぎな商売やってるから存外したたかだ。
自分の後輩であるシズちゃんの天敵である俺だ、恩を売っといて損はないと言ったのは彼自身だ。
だが、それを差し引いても彼はお人よしだ。
入り浸る俺をさっさと見切りをつければよかっただろうに、苦笑しながら背中をさすってくれたのは事実だ。
彼の行為の素が同情だろうが下心だろうが、この際関係がなかったさ。


……だから今日はそのお礼で、俺が田中さんに何でも奢るって話なのだが……。




「本っ気で俺のためだけに池袋を選んだんですか?この俺を、平和島静雄がいっちばん嫌ってる俺を、シズちゃんの上司のアンタが?」


――何言ってんだよ俺ー!?

そんなつもりはないのに言葉がきつくなるのは自分の悪い癖だ。
今日は純粋に礼のつもりで彼にご馳走するというのに。
久しぶりの池袋も露西亜寿司も嬉しいのに。


……しかし、哀しいかな俺は俺だ。
シズちゃんの関係者に素直にお礼を言うとか、すっごい苦手なのだ。
これは流石に呆れられたかと、沈む俺の内心に比例してフードの中身も垂れ下がる。
俺を苦しめる元凶、腹立つ毛の塊二対が力無く折れている。
それが忌ま忌ましくて、余計しょんぼりしてくる。
だが――


「あー……正直に言うと、ここを選んだのは、半分は自分の保身なんだわ」

「え?」


しれっと田中さんは言った。
俺を怒るどころか、寧ろ申し訳なさそうな、気まずそうな顔をしている。


「だってここなら下手な店より安全だろ?サイモンいるし。なまじ他の場所に行って偶然静雄に会ったり、お前さん絡みの厄介事に巻き込まれるよりかは、サイモン達にきっちり守ってもらった方が俺は数倍安心だ」

「…………」


ぽかんと彼を見つめてしまった俺に、彼は勘違いしたのか早口で言い訳しだした。


「いやまぁ静雄のことを思えば、お前さんが池袋に来ないに越したことはないべ。あんたらの喧嘩に巻き込まれると俺が困るしよ。でも世の中には臨機応変というか、ケースバイケースに動くことも大事だと思うんだ、うん」

「……あいっ変わらず正直ですよねーその辺」

「やっぱ自分が一番可愛いだろ」


我ながら捻りもへったくれもない厭味を言えば、田中さんは悪びれもせず、いけしゃあしゃあと返した。
この面の皮の厚さは、厭味でなくシズちゃんに見習わせたい。


「でもアンタ、ぶっちゃけ他人に現を抜かしてる余裕ないだろ?油断ならないのは確かだが、そうそう悪さもできないってことなら……たまの気張らしくらいは、許されるんじゃないかと俺は思うぜ?」

「田中さん……」

「折角美味い飯をご馳走してもらうんなら、俺だけでなく奢ってくれるアンタも楽しめるとこでないと、俺も具合が悪いって話だ。出前取ったら早いが気分は出ないし、その点ここならフード被ったままでもこっそり食わしてくれる。まぁ、ちょいと袖の下は必要だけどな?」


それもお前さん支払いだからよろしくな。
などと、しれっと言ってのけたちゃっかりさ加減は流石としか言えない。
これが愚妹達や新羅なら文句の一つも浮かんでくるのだろうが、俺にまで先輩風を吹かしてくるこの人には、何故だか不満も出てこない。


「で、さっき言った通り、ここチョイスの半分は自分の保身だ。そして残り半分は、今後の予行演習のつもりだった」

「予行演習?」

「そっ。正月だかにも言っただろ?今のお前さんと静雄がかち会ったら、たぶん面倒なことになるって」

「ええ」

「俺としてもそれは避けたいんだ。んで、アンタにいつでも会いに来ていいって言っちまった手前、静雄をなんとかしないとまずいなと」

「………」

「今まではアンタも上手く静雄を避けて俺の家まで来てたが、いつ静雄と遭遇してもおかしくない。なんせあいつの嗅覚は凄まじいからな。だったら、俺がアンタに協力するしかないだろう?」

「――ッ!それって!?」

「ああ、勘違いするなよ、静雄を売る気はさらさらない。ただ、アンタが俺に会いに池袋に来る、その時だけはアンタに静雄の位置情報を知らせてやるし、上手いこと二人が遭遇しないように誘導してやろうかと思ってよ」

「い、いいんですか?そんな大盤振る舞い」


いくら俺とシズちゃんが遭遇したら田中さんも迷惑だとはいえ、ここまで俺に融通を利かせてくれるとは、正直信じられなかった。


「ここ一月お前さんを見て出した結論だ。今のお前さんは馬鹿な悪さをするとは思えないしな。ただし、調子に乗ってアンタが俺を利用しようとしたり、意味なく池袋に来た時は別だ。静雄の情報なんて一切教えない」

「ちなみに仕事の池袋に来なきゃならない時は、駄目ですか?」


ぽろっと言った中身は正直本気ではない。
俺としたら、予想を超える、自分にメリットのありすぎる話に驚いていて、これ以上欲を出す余裕もなかった。
何より、『俺を見てきた結果』……つまり俺を信用してくれた。
その一言に内心舞い上がっていた。


「って、言ったそばからアンタはなー……まぁ、そこは様子を見てってとこかな」


ポリポリと頬をかきながら、ニヤリと悪い大人の顔。
なにそれ、さらに期待しちゃうじゃないか!


「ま、だからこのチョイスは結局のところ全部俺の自己満ってわけだ。でも静雄に隠し事する代わりに、責任持って自分でアンタの監視をすんだ。これなら悪かねぇだろ?」

「……本当にいい先輩ですね」


きっと正しくは伝わらなかっただろうが、俺にしては裏もなく、正直に褒めた。
ムカつくなぁシズちゃん。
こんな人、君にはもったいなさ過ぎるよ。


「あんま甲斐性ないけどなー。今も年下のアンタに奢ってもらってんだしよ」

「これは正当な報酬――……いえ、俺の感謝の気持ちですから」


ようやく、俺の口から感謝の言葉が出てきて、俺の中にもストンと落ちていく。
どうにも素直になれない俺だが、やっと落ち着けた。


思い起こせば彼との会話は常にこんなカンジだ。
彼があれこれと提案して、俺の納得がいく終着点を引き出す。
普段の俺からすればまったく逆の役回りで、調子は狂いっぱなしだが、不自然と最後はおさまるのだ。
海千山千のくせ者ばかりを手玉に取る俺からしたら、甚だ不本意な立ち位置の筈が、彼相手だと怒りも湧いてこない。
これが彼の能力だとしたら、大変に興味深い。


――駄目だな、どうやらこの一ヶ月で俺は完全に絆されてしまったらしい。





「んじゃま、腹が白くない二人に乾杯ってか?」


こうして冷静に彼を見てみれば、なんと観察しがいのある人間なんだろう。
少々早とちりするきらいはあるが、意外に洞察力がある。
馬鹿なのか鋭いのか判別しにくいタイプの人間だ。
まぁシズちゃんの隣に年中いながら五体満足でいるんだ、察しが良くない訳もないか。
逆にシズちゃんの傍にいる時点で、充分な変わり者の馬鹿ともいえる訳だが――。


「「乾杯」」


こうした生命のリスクがない、ままごと遊びのような腹の探り合いは心地好い。
今日は新宿のオリハラは休業して、素直に寿司と池袋を堪能させてもらおうか。
そう思いながら田中さんのグラスに自分のそれを高らかに鳴らせた。


そして二人そろって杯を傾け。




「ドタチーン!今日は奥が空いてるよー」




二人そろって盛大に吹いた。





 
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