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□旧暦でも うさやでGO!
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注)この話は2011年(兎年)の設定です。
早いもんで、もう2月だ。
近年になって急に流行りだした恵方巻が今年もあちらこちらで売られている。
数年前までは2月といえば、豆まきとバレンタインだけだったんだけどな。
正月が過ぎたら、コンビニなんかはもう、恵方巻の宣伝を始めてた。商魂たくましい。
そういえば俺、まだ食ったことないな。
特に巻物が好きでもないから、豆まきだけでもいいんだけどな(と言っても、豆まきなんてガキん時以来してねぇや)。
でも気になったことだし、明日の昼にでも食ってみるか。当日だしよ。
そんで静雄にも買ってやろう。
あいつ、縁担ぎでもして運気上げねえと駄目だ。
静雄はここ最近元気がない。
始終苛ついてたり(あ、いつもか)かと思えば上の空になって何か考え込んでる。
仕事に支障をきたさない程度なんだが、長引くようなら問題だ。
流石に心配になって、今日は気分転換になるかと飲みに誘った。
この間のあいつの誕生日、なんにもしてやれなかった分も含めて、俺の奢りな。
明日も仕事だから、軽ーくしか飲まなかったけどよ。少しは効果あったか?
まぁぶっちゃけ、静雄がおかしい理由に検討ついてんだ。
ぶっちゃけ俺、元凶だろう張本人に会ってるしな。
しかし面倒なもんだべ。
あんなに仲が悪いくせに、不自然に会えないなら会えないで調子は狂うらしい。
……でも悪いが今回の件に関して、俺は静雄に何もしてやれない。
知ってて言わないんだから、ある意味加害者か。
ホント、悪いよなぁ。
ま、頑張れ静雄。若いんだから。
そんな無責任な事を思いつつ、自宅に帰宅と。
面倒事には関わらないで、早く帰って寝ますかね。
「そういやあいつ、どうしてっかな」
時刻は夜の十一時半。
花も潤いもない侘しいアパートへの帰路、元旦に会ったっきりの問題の主を思った。
「…………で」
いるな。いるよな。アレだよな、うん。
トムさんてば、エスパーにでもなったんかな。予知能力?だったらあれだ、宝クジを買いに行くぞ、今すぐに。
「どうしたんだ?」
などと現実逃避をしてても意味はない。
ひとまず声を掛けてみれば、アパート自室の玄関前に座り込む真っ黒な塊が突進してきた。
タックルな勢いで抱き着かれて、グエッてなった。
――分かってる。分かってるから、ひとまず鍵を開けさせてくれ。
と、パニクるくせに妙に冷静なのは、十中八九静雄のおかげだろう。
俺もここ数年で、非日常に耐性ができたもんだ。
目の前――アパート自室の玄関先には、その静雄と犬猿の中で知られてる新宿の情報屋が待ち構えてた……なーんてなかなかの非日常が広がってたりする。
ちなみに情報屋が真っ黒なコートを着ているのはいつものことだが、フードで顔まですっぽり隠してるから、ぱっと見ホラーだ。
「あー……まず入るか?」
ぼりぼり頬を掻きながら尋ねれば、黒い塊は俺にぎゅって抱き着いたまま頷いた。
……そん時うっかり見えた目が潤んでて、真っ赤なウサギの目みてーだなんて思って、そんでうっかりドキドキしただなんて、もちろん誰にも言えやしない。
「――で、今日はどうしたんだ?」
部屋に入ってもフードを外さない情報屋――折原臨也が落ち着くのを見計らい尋ねる。
約一月ぶりに会う折原は、寒い外でずっと待っていたのか、単に泣いていたからか(本人全否定だったが)目も鼻も赤いままだ。
――こんな無防備な姿、俺に見せてていいんか?
静雄と喧嘩する時の色んな意味で危ない姿を見ているから、今のこの姿とのギャップに面食らう。
俺が出したインスタントのコーヒーに文句も言わず(以前事務所で出した時はインスタントなんてと文句を言ってた)ふぅふぅ冷ましながら啜る姿、どうしよう子供っぽい。
男なのに可愛いとか、トムさん錯覚しちまいそうだよ止めてくれ。
「…………」
そんな折原は俯いたまま無言だ。
これも珍しい。
普段はよく回る口だと呆れるほどなんだが。
「……泊まってくか?」
だがまあ、無理もないんだ。
こいつは新年早々、かなり大変な目にあっちまった。
この一月どうしてたか知らないが、きっと本当に傷付いたんだろう。
だから言いたくないなら言わなくていい……というより聞きたくない。すんごい面倒事の臭いする。
避けられる面倒は避ける、俺は自分が一番大事です。
その代わりになるかは知らないが、せめて今夜はゆっくり休んでいけ。
言外にそう伝えて、俺はこっそり静雄に謝った。
折原臨也を――しかも自宅に――匿うなんて、俺もヤキが回ったもんだ。
――同情、しちまったかな。
「俺は頑張った」
「は?」
「俺は頑張った。一月も」
「お、おう」
ぼうっと考え込んでいると、いきなり折原が口を開いた。
しかも頑張った?何をだ。
……いや待て、展開予想できたから聞きたくな……
「アメリカには飛んだし粟楠会の人脈もこっそり勝手に使ったし新羅にも森厳にも押しかけたし波江さんの失笑にも耐えて仕事はしたし人間観察そっちのけで情報集めまくった!運び屋に撫で回されて新羅には解剖されかけて、それでも駄目だから死ぬ覚悟でネブラの研究所にも行った。なのに、なのにだ」
突然の息継ぎ無しマシンガントーク。
流石だ。その美声を余すことなく発揮した早口は、所々――というより全体的に――物騒な内容だったにもかかわらず、俺の耳に心地好く響いて、ツッコミを放置させる。
予感は的中、きっとさよなら、日常。
「なのに……なのに!」
折原が叫んだ拍子にフードがはらりと落ちる。
あっと思ったが間に合わない。
「ウサ耳は治らなかった!!」
現れたのは、もちろんウサ耳。
こんにちは、非日常。
「……そう、だな」
うわー言っちまった。
俺が敢えて見ないふりして、敢えて言わないで、敢えて聞かなかった元凶を自分で言っちまった。
言わなくてもお前が俺の所に来る理由なんて他にないっつの。
……なんだ?自分で言ってて妙に寂しいな。
気のせいか?
「頑張ったよ。お前は本当によく頑張ったって」
折原の迫力に気圧されながら、俺はなだめようと努めて落ち着いた声を出す。
が、何かのメーターを振り切った折原は止まらない。
「明日は何の日?」
いきなり意味不明な質問をされてしまった。
脈略なさすぎるんだがとツッコミたい。
が、たぶん質問に答えないと俺にとばっちりが来る。
そう判断して、俺は自分のわりと優秀な危機管理能力に従った。
あと数分で日付が変わるこの時間帯で明日をいつととるかは微妙なとこだが、折原が持参したビニール袋の中身を見て、俺は答える。
「明日は2月3日の節分だよな」
「違う!」
「ええ!?」
違う?!
ではその手に持つ恵方巻と節分セットはなんだ!?
我ながら察し良く答えたつもりだったのに!
「明日は、旧暦の一月一日。正月だ!」
「旧……暦?」
それはまた随分と懐かしい。農家でなければ使わないような、今時の若い子は存在さえ知らないかもしれないモノを出してきたべ。
「旧暦は別名太陰暦。太陽でなく月の満ち欠けで読む暦。兎と言えば月、月と言えば兎。というか俺がウサ耳になったのは兎年の正月。だったら……戻るのも正月だ!」
「オォー」
折原の迫力に思わず拍手しちまった。
なんて無理くさいへ理屈だ。涙ぐましい。
と、ここまで来て俺も折原の考えを理解した。
つまり折原はヤケクソになってんだ。
いや、ヤケクソとは言えないか。
情報屋としてアングラな情報網を駆使して、それでも治らなかったファンシーなウサ耳。
オカルトだファンタジーだが相手なら、神頼みだろうが願掛けだろうが、藁にもすがるしかないんだろう。
「つーか折原……」
なんで俺んとこに来たんだ?なんて訊きかけた馬鹿な質問は、緊張と興奮で揺れるウサ耳を見てやめた。
ぶっちゃけ元の姿に戻るのに、わざわざ俺の家まで押しかける意味なんてない。
そんでも来たということは。
「…………」
例えば他に頼りになる相手がいなくて、そもそも状況を知っている人間は限られている訳だし、特に俺である必要なんてなかったんだとしても。
ウサ耳姿でタックルかましてくるくらいには、俺は頼られたってことだ。
少なくとも、心細いこの時に、一緒にいたいと思われるくらいには。
「俺は……藁か」
「は?」
「いーや、なんでもねぇべ」
馬鹿にされたと思ったのか不機嫌顔の折原に、俺はにやける頬を緩める事ができなかった。
藁、上等だ。
そして――……
「あー……とりあえず、恵方巻でも食おうか?」
時刻は2月3日の午前0時11分。
ふるふる震えるウサ耳を生やしながらソファーで泣き崩れる折原に、俺はそっとハンカチを渡した。
うさぎとの縁は続きそうだ。
END
↓せっかくなので次回予告だけ貼り付けてみました。
〜3月うさや〜
旧暦元旦を過ぎてもウサ耳だった臨也、いやうさや。
嘆くうさやにトムはとある提案をし、二人は交流を深めていく。
臨也は一連の礼として露西亜寿司でご馳走をするのだが、そこに偶然門田達が来て――
どこまで続く!?うさやの苦難!
次回、3月うさや【三月うさぎは人気者?】
約2年ぶりに書きました(苦笑)
2月うさやは書きかけのおまけがあるのですが、更新速度を考えて省きました。
いつか載せたいです。