drrr 小

□竜ヶ峰帝人の悪い男仕立て
1ページ/2ページ


メニュー
【竜ヶ峰帝人の悪い男仕立て】





 竜ヶ峰帝人は折原臨也に想いを寄せている。
 憧れや敬愛だけではない、れっきとした思慕の念である。
 帝人はダラーズの不良共を粛正すべく毎日忙しく駆け回っているというのに、あの男から連絡が入ればすぐに駆けてゆくのだ。帝人も不用意に情報を洩らすような馬鹿ではないから黙認しているが、戻ってくる度に臨也さん臨也さんと自分が嫌っている男の名前を連呼されるのが正直疎ましい。
 どうせ連絡がついても二三会話をして終了。碌に会えもしないのに帝人はいつも喜んでいた。
 曰く、覚えていてくれるだけでも嬉しいそうだ。いじらしくて泣きたくなる。そして延々と臨也の魅力を語るのだから、聞かせられる青葉からすればたまったものではなかった。
 なんにせよ青葉には理解できない感情だった。同姓に恋をするというのもそうだが、何より相手が折原臨也である時点で青葉の理解の範疇を越えていた。
一体あの気味の悪い男のどこがいいのだろうか。自身が持つ折原臨也への嫌悪感がいわゆる同族嫌悪である事はこの際無視して、青葉は帝人の趣味の悪さには呆れ果てていた。
臨也も初めは帝人の前で猫を被っていたようだが、最近は二人で平然ときな臭い会話もしている。あの男の質の悪い本質を知らない訳はないのに、帝人は惹かれているのだ。
いや、本質を知ったからこそ、以前より一層憧れを抱いてしまったので救いようがない。

 だから帝人が折原臨也の誘いを断った時は驚いた。
 青葉にとってその日は忘れられない日となった。
 かつて味わった事のない、そう――普通の高校生では食す機会もないような、至高だとか究極だとか謳われる美味だろうが珍味にしか見えない最高級の一皿を、食せもしないのに眼前に晒されてしまったかのような日だった。





 それは帝人と待ち合わせをしている時だった。
 帝人から着信が入ったため電話にでてみれば、返事がない。あちらから掛けてきたというのに何事かと思っていると、あの忘れられない無駄に爽やかな声が機械越しに聞こえた。
 間違いなく折原臨也だ。

「ごめんね、電話の途中だった?」
「いいえ、ちょうど今終わったところです」

 がさごそと音がして、少し音が聞き取りにくくなった。
 どうやら帝人が携帯電話をしまったらしい。だが通話は繋がったままだ。
 そんなそぶりを見せぬまま、帝人は何食わぬ顔で臨也と会話を続ける。
 勿論実際に帝人の様子が見えるわけもないのだが、察しのいい青葉は声を出さなかった。
 要は自分に会話を聞かせたいらしい。
 青葉からすれば帝人と臨也の両方を監視できるため問題はないが、帝人が何故自分に盗み聞きをさせるのかは分からなかった。
 会話は世間話の域を出ず、それが一層帝人の行動の不審さを煽る。
 そしてその時はきた。
 珍しく折原臨也が帝人を食事に誘ったのだ。
 今日は青葉と約束があるとはいえ、所詮は日々行っているミーティングだ。当然帝人は懸想する男からの誘いを優先するだろうと思っていた。

「すみません、今日は無理です」

 だが帝人はあっさりと誘いを断った。
 唖然として携帯電話越しに耳をそばだてる。
帝人からの訂正の言葉はない。自分の聞き間違いかとも思ったが、臨也が返事をしたからそれも否定される。

「そっか、今から青葉君とかって後輩君と会うんだもんね。毎日毎日忙しくって大変だね。いいねー今度は隠し事をしなくて済むお友達かぁ。青春ってカンジがして羨ましいよ」

 気分を害したのか彼にしては露骨な挑発だった。お前の動向など把握しているぞと主張する。

「ああでも、青葉君は俺の愚妹達のクラスメイトだから俺も知ってるんだ。彼さえ良かったら二人まとめてご馳走するけど?」
「いえ、青葉君とは一緒ですが、今日は別件で。最近親しくなった方とお話しするんですが……たぶん臨也さんも会った事ない人だと思います」

それに対しそっけない程冷静に返した帝人の言葉に、青葉は今度こそ驚く。
 嘘だ。そんな予定はない。
あれだけ臨也を慕う帝人が断ったのも意外だが、そのために嘘をついた事が驚きだった。
帝人は青葉と違い、意味なく嘘はつかない。だいたい今の状況で臨也に嘘をついてまで誘いを断る必要もあるとは思えなかった。

「……そっか、それは残念だなぁ」

 驚いたのは臨也も同じらしく、珍しく言いよどんでいる。
 別に、問題はない筈だった。片思いの相手からの誘いを断る――奥手な男子高校生の行動としてはありふれたものだろう。
 だがしかし、何故こんなにも違和感があるのだろうか。

「こうして臨也さんとお会いする機会はなかなかないのに、すみません。では青葉君を待たせてあるので」

 そうして会話は帝人の方から切り上げられた。
 冷たいと言ってもいいような、普段の帝人からすればあまりに素っ気ない態度だった。
 これもおかしかった。いつも一方的に会話を終了させるのは臨也の方だった。
 これでは帝人が、もう折原臨也への興味を失ったとしか思えない。
 まさかあれだけ臨也に執着していた筈の彼が、急に冷めたりなどするのだろうか。
青葉の知らぬ間に他に気になる相手でも出来たのかとも考えたが、それにしたって急すぎる。
 考えても考えても疑問は止まらず、携帯電話から流れる通話終了の機会音を聞きながら、青葉はしばらく立ち尽くしていた。

  
 
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ