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□いぜん 屋上  2月14日
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「捨てんのか」




パラパラと落ちていくカラフルな物体。


ガランとした空間にそれだけが鮮やかで、落ちる音が耳に刺さって。



勿体なかった。




だからなんだ。


大嫌いな奴だったのに、声なんか掛けたのは――





【以前 屋上 2月14日】






夕方になると、まだまだ外は寒いな。
なんて関係ないけど正直なことを思いつつ、でもやっぱり現実逃避なんてできやしなかった。


「シズちゃーん、俺もう疲れた」


なんだか空しくなって、そっとため息をついた。



世の中には不思議な出来事がたくさんある。
なんの間違いが俺は今、臨也と一緒にチョコレートを食べていた。


「ちゃんと食えよ」


目の前には赤、青、金銀、白と色とりどりのラッピングで、中身は全てチョコだ。
この抱えきれないチョコレートの山は、臨也が女子から贈られたものだった。


「食べてるじゃん。一口ずつ」


言って臨也は文字通り一口だけチョコをかじり、残りを俺に寄越した。


「てめぇな」


生意気な態度にカチンとくる。
もちろん怒鳴ろうとしたが、臨也がチョコレートを俺の口に突っ込んでできなかった。
美味かった。けど……酒臭くて、少し苦かった。


「一口でも食えって言ったのはシズちゃんだろ」

「………」


確かに言ったが、だからって本当に一口だけ食う奴があるか。
こんな奴に贈られたチョコがつくづく気の毒だった。
もちろん、糞ノミ蟲の本性を知らずに惚れてしまった女子が一番可哀相だ。


「でもシズちゃんて律儀だよね。顔も知らない女の子達のために、大っ嫌いな俺と一緒にいるなんて」


沢山入ったトリュフを一つだけ取り、残りは箱ごと俺に寄越しながら臨也はぼやいた。


「てめぇがちゃんと食ってるか見張るためだ。いいから黙って食え」


「ハイハイ。そんでもってチョコが勿体ないからと、俺のお下がりをぜーんぶ食べてくれる、チョコを一個も貰えなかった寂しい男子高校生のおせっかい!胸に染みるなー」


惨めだねと言ってケラケラ笑う臨也に、何故か俺はキレなかった。
怒りとか不満とか腹の中に溜まってんのに、不思議と爆発はしない。


「……食い物は粗末にすんなって教わらなかったのかよ」


「その説教は聞き飽きたよ。俺だって悪いと思ってるから、こうしてノルマは果たしてるんじゃん」


返事はしなかった。
臨也に構ってやる必要はない。
だから、やっぱり外は寒いな、などとまた無駄なことを考えた。
できるだけ臨也の方を見ないで、臨也の声を聞かないで、ただ無心にチョコを食う。
それが難しくて困った。


「あーあ、俺って最高に可哀相!シズちゃんなんかに捕まって、こうして放課後の大切な時間をシズちゃんと過ごさなくちゃいけないなんて!泣きたいよ!」


臨也を無視したい。存在ごと消したい。
でもそれが難しくて悔しい。
だって俺は、臨也と向かい合ってんだ。
そんなの無理に決まってる。


「可哀相な俺」


――そうかもな。
ぼんやりと、無意識に口にしてしまいそうで内心焦った。
やっぱり、俺はどうかしてしまったんだ。
あんまり変で、不思議で、現実味のないものを見てしまったからだ。
あんな顔を、見てしまったから――











放課後の中途半端な時間だった。
臨也のせいで壊しちまった備品の反省文を書いていて、気づけば俺ひとりが残されて。
部活がない奴はとっくに帰ってて、部活のある奴はまだ活動中の、中途半端な時間帯。

無人に見えた下駄箱の前で、あの光景を見てしまった。


パラパラと落ちていく、カラフルな物体。
箱、袋、リボン――色とりどりのラッピング。
無人だと思った空間に広がる空虚な音が耳に残って、カラフルなそれらが目に飛び込んできて。
同時に映った、大嫌いな奴の姿がその光景とは合わなくて。
その表情があまりにも、らしくなくて。



ぜんぶ、現実味がなかった。




「捨てんのか」


ほとんど無意識だった。
気づいたら声を掛けていた。


「そうだよ」


静かな声だった。
俺に見られたのに焦ったくせに、表情にも声にも出さないで。
でも目は正直で、少し揺れていた。


「モテないシズちゃんと違って、俺は持ち切れないほど貰えるからね。ありすぎて困っちゃうんだよ。女子の真心?手作り?こういうの面倒だよねぇ、まったく。だからポイッてね」


口を開いた瞬間にはいつものムカつく顔つきで、さぁ怒れと言わんばかりに俺を挑発しだした。
口は相変わらずよく回って、聞き流すにもうるさい。


「ふざけんな。食べ物を粗末にすんじゃねえ」


けれど俺は、普段なら込み上げてくるはずの怒りは雲隠れしたまま。
キレるんじゃなくて、怒鳴るんじゃなくて、言い聞かせるみたいに正論を口にしていた。
それからは互いにキレないまま、まるで普通の学生同士みたいな口喧嘩をして。
臨也が捨てたチョコを俺が拾って、臨也に押し付ければ、臨也がそれを押し返す。
そんな馬鹿みたいなやり取りをした。
あんまり俺が引かないからか、あいつは嫌気がさしたみたいで、ついには変なことを言い出した。


「だったらさ……」


俺も嫌になっていた。
現実味もなかった。


「一緒に食べない?」



だからなんだ。
冗談みたいな申し出に頷いてしまったのは。










「俺はいらないって言ってるでしょ。そんなに言うんなら、シズちゃんに全部あげるってのに」


「だからそれじゃあ意味がねえっつの。これはお前が貰ったもんなんだ」


「………」


こんな不毛なやり取りを何回繰り返したのか。
それでも俺達は、一度も喧嘩をしないまま、気持ち悪いくらい静かにしていた。
人目がつかない場所だからと二月なのに屋上に来る羽目になって。
臨也が貰ったチョコを一口ずつ食べ、残りは俺が食べる。
なんとも珍妙な仕組みができてしまった。
俺は甘党だからチョコを食べること自体は苦でない。
だが、流石に全部は食い切れないだろう。
最悪、臨也が一口ずつ食い終わったら俺が残りを持ち帰ることになるのか。
俺って馬鹿だな。
つくづくそう思う。


「可哀相だね」


ふと、臨也が呟いた。


「あ?」


「シズちゃんがさ」


静かな声だった。


「俺はこれだけ貰ったのにシズは貰えない。シズちゃんは顔だけはいいのに、可哀相だよ。俺なんかより、甘いもの大好きなシズちゃんが貰った方がチョコレートも本望だろうにね。……まぁシズちゃんは化け物だから当たり前だけど」


「………」


「バレンタインが二月なんかでなく、そうだね四月とかだったら良かったのに。そうしたら、君が化け物だって知らない可愛い新入生がチョコをくれただろうに……本当に可哀相なシズちゃん」

「……うるせぇ」


――それはお前じゃないか。

言いかけた言葉はすんでの所で押し込めた。
馬鹿らしい。
本当に、らしくない。


俺も、臨也も。




「黙って……食え」




でも、やっぱり、俺は臨也に同情したのかもしれない。




だってあいつは……ごみ箱にチョコレートを無造作に落としながら、酷い顔をしていた。
泣きそうで、悲しそうで、悔しそうで淋しそうでつまらなさそうな、無表情。
いっつも人形みたいな嘘の顔ばかりしている臨也が、みっともない能面みたいな面してやがって。
目だけが熱くて――すごく人間らしかった。

あんな顔、見たくなかった。


例えば、どれだけ沢山の女子から想いを寄せられても、本命からチョコを貰えなければ嬉しくないのかもしれない。
期待していたものが手に入らなければ、悔しいのかもしれない。
淋しくてつまらなくなるのかもしれない。
泣きたくなるくらい、好きな人がいたのなら。


なんて贅沢なんだ。


愛されて、それでも足りないなんて。
ガキじゃないか。
愛されて、しかも愛せてるんだろ?
だったら、まるで小さいガキみたいな、拗ねた顔なんてするなよ。



小さい頃の俺と同じ顔を、するんじゃねぇよ。




「――まぁ俺はシズちゃんみたいに甘い物を馬鹿食いなんてできないし?シズちゃんはなんでもいいからお菓子が食べたかった。利害は一致した訳だ。化け物の君におこぼれをあげるなんて俺の流儀に反するけれど、これで化け物のシズちゃんが愛をちょっとでも味わえるというのなら、まぁ俺も悪い気はしないよ……で、どう?美味しい?」


「……あ?」


「シズちゃーん、人の話は聞こうよ。それ、美味しい?って訊いたの。シズちゃんが普段食べてるような安いチョコとはひと味違うでしょ?」


こいつが甘いものが好きなのか嫌いなのかなんて知らないし、興味もない。
だが臨也の見た目のイメージのせいか、女子からのチョコレートはどれも甘さが控えめだった。
甘いことは甘いのだが、洋酒が入っていたり混ぜ物がしていたりと、俺が食ったことがない味ばかりでしっくりこない。
きっとこういうものが凝ったお菓子で、高級なんだろう。
中には本当に有名ブランドのもあって、もしかしたら学生だけでなく、女の教師からも貰ったのかもしれない。
なんか面白くねえ。


「甘いけど、にげぇ」


何にせよ、俺には食い慣れないだけの、よく分からない味だった。
あたり前だ。
だってこれは全て臨也のためのチョコレートで、臨也に喜んでもらいたいからと、女子が一生懸命に用意したものなんだ。
ラッピングにも味にもこだわった、とっておきの本命チョコだ。


「フーン……子供舌のシズちゃんには合わなかったか」


ならこれは?
妙にはしゃいだ様子で、臨也は次のチョコを勧める。
楽しそうに、笑って。
嘘くさい。なのに、その笑顔からいつもの胡散臭さはない。
ただ、無理している。それだけの、作り笑いだ。


「よく……わかんねぇ」


沢山の女子の本命チョコ。
どれもこれも華やかで、俺には縁のないものだ。
だけどそれは、臨也が欲しかったものではなくて。
臨也は欲しくないものを食べて、俺は関係ないのに食べてる。

よく、わかんねぇよ。






俺も食べ疲れたみたいだ。
もう夕日が沈みかかっているし、そろそろやめた方がいいだろう。
チョコレートの山はあとどれだけ残ってるのか、視線を伸ばした時、ふとひとつの包みが目に止まった。


「ん?」


気合いが入りまくったラッピングの中、それは地味だった。
小さなヒヨコがプリントされた透明な袋で、水色のリボンで口を縛っただけのシンプルなものだ。
女の子らしい、というよりは子供っぽい包みだ。

ノミ蟲にはあまり似合わない。

気になったから開けてみると、中身もシンプルで、ハート型のアルミホイル二つにチョコレートが入っているだけだった。


「なーにそれ、ただチョコレートを溶かして固めただけの超手抜きじゃん。トッピングもチョコスプレーをのせただけ。こんなの高校生にもなって作るとか馬鹿みたい」


「うるせぇ。早くこれも食え!」


臨也の言いようにカチンときて、チョコの片方を臨也に押し付ける。
しかし臨也は意気地になって口を開けない。

「嫌だよ。そんな安っぽいの俺の口には合わないって!」


「文句言うな。作ってくれた奴に失礼だろ」


「……シズちゃんも無理に食べなくていいよ。食べたって、美味しくないんでしょ?」


「………」




贈られた恋心。
俺だって男だからバレンタインチョコは欲しいし憧れる。
でも俺はお前みたいに、貰いたい奴なんていないから。
バレンタインなんて化け物の俺には関係ないから。


「無理しても、食え」



貰えたのに満たされないお前の気持ちなんて、わからないから。


勿体ないから。



「俺は食う」



――捨てさせないだけだ。





ガブリと噛みつくと、板チョコより少し固くて舌触りは悪かった。
でも甘くて、食べ慣れたチョコレートの甘味が広がる。


「美味い」


少し、安心した。
チョコレートばっかり食ってて舌がおかしくなったのかと思っていたが、ちゃんと美味いと感じられる。
なんの加工もしていない、チョコレートの素朴な味が心地好かった。


「ホント?」


バリバリとチョコを食い切った俺を、臨也は何故か真顔で見ていた。


「ああ?普通に美味いぜ?」


お前も食えよ。
言っても臨也は食べないで、また馬鹿なことを言っている。


「どうみても市販の板チョコを固め直しただけの、小学生でも作れるような安物だよ?手作りと言えない手抜きだなんて、俺は食べる気もしない。こんなのが好きなんて、シズちゃんは本当に子供だね。本当に美味しいの?」


「だーから文句言ってねえで食え!食えばわかるだろうが!これもお前なんかのために、誰かが一生懸命作ったもんなんだよ!」


これを作った女子は不器用だっんだろうが、それでもきっと、頑張ってこれを贈ったのだろう。
だって俺は、これを食ったらホッとした。
優しい味だった。


「……本当に手抜きだったら?もしかしたら小さい妹とかにせがまれて、嫌々作ったチョコの余りなのかもしれないよ?形だっていびつだし、ラッピングも手抜きで……こんなの喜ぶ奴なんて普通はいないだろうし。いくら君がチョコレートならなんでもいいって味覚音痴でも、それでも」


「お前、本当は作った奴知ってんのか?」


「そっそんなわけないさ!俺への贈り物としては最低ランク以下だし、こんなの作るような女子なんか見当もつかないね!」


妙に慌てたような臨也の様子がおかしくて、なんだか腑に落ちない。


「そんでも」



甘い甘いチョコレート。
安っぽくて、いびつで。
本当に手抜きなのだとしても、それでも。





「俺はこれが一番好きだ」








「あ?なんかテメー、顔赤くないか?」


「ゆっ夕日だよ!」









――スイートミルクチョコレート
(Cacao42% 甘い甘い恋の味)




女子の想いも、臨也の想いもみんな尊重したい、恋愛に疎いシズちゃん。
本命からチョコを貰いたいんじゃなく、本命にチョコをあげたい臨也。

こんなベタな青春。

ちなみに臨也が、シズちゃんにチョコを捨てている所を見られたのは、偶然か作戦かはご想像にお任せいたします。



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