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□いつか
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桜が満開だった。

場違いに明るい東京の夜でも夜桜はどこか幻想的で、散りいく花びらがゴチャゴチャした街を彩っていく。


「もし全てをリセットできるんなら俺は……」


もしかしたら桜には魔法の力があるのかもしれない。
花見客の喧騒が妙に遠く聞こえた。


「俺は……」


囁くように微かであったのに、その声は何故か俺に届いた。
そして――



桜が舞う。ひらひらと。

ひらりひらり、ひらひらと。

むせ返るほどの花の香に包まれながら。

桜は舞う。


愛しの人を連れ去って。








【Reset −いつか桜の下で−】





臨也が池袋から消えた。

池袋どころか新宿からもいなくなって、誰も消息を知らない。
生死不明のままもう何か月も経ってしまった。
最後に会ったのはちょうど桜が散る頃で、このままではすぐに丸一年が経ってしまう。
桜の枝を見上げながら、ふとそんな事を思って馬鹿らしくなった。

もしかしたら焦っているのかと考えて、いいや柄でもないと否定する。
どれだけ時間が経ったかなんて考えるだけくだらない。
あいつが俺を待たせて、ずっと捜させてる事には変わりがないんだからな。
俺はあいつが見つかるまで追う、それだけだ。


「どこだ……」

今日も俺は臨也を捜して歩く。
臨也の臭いを追って、何日も何日も。
俺にこんな面倒をかけさせたんだ、あいつはもう許してやれない。
姿を見つけたらどうしてやろうか、考えただけで胸が熱くなる。

「どこにいやがる」

忌々しい。
俺から隠れても無駄だと、どうしてあいつは分からないんだ。
俺には分かっている、あいつは消えたわけじゃない、遠くに行ったんじゃないって。
現に今、お前の臭いが俺を挑発してるだろ。
無駄だというのに逃げやがって、本気で忌々しい奴だ。
ぶつぶつと呟きながら、俺は臨也の匂いを追う。
そうして、今日もこの公園の、この桜並木にたどり着く。






正確に言えば、あいつは確かに一度姿を消した。
少なくとも東京に半年以上は戻らなかったようだ。
俺はあいつの匂いが分かる。
単に体臭ってわけではないみたいだが、あいつの糞ムカつく悪巧み含めあいつの気配は嗅ぎ分けられるんだ。
だから無駄だぜ臨也君よぉ。


「お前は俺の」


――俺のものだ。
お前の髪も瞳も睫毛も喉も指も鎖骨も胸も腰も、へそから内臓、太ももから踵に爪先まで全部が俺のもんだ。
あいつの生ゴミみたいな腐りかかった甘い臭いも、無駄に爽やかで耳障りな声も、歪んで捻じれて修復不能な思考回路の一本に至るまで、全部俺のものなんだ。

それが勝手にいなくなって、そして戻ってきながら俺に挨拶もないなどふざけてる。
だから今度見つけたらただじゃおかない。
もう許してなんかやらない。
今までみたいにくせえ臭いを公共の場にまき散らすのも、嘘くせえ戯言を他の奴らに聞かせるのも、ましてや笑顔なんて見せるのも、もう我慢ならない。
人間愛だかなんだか知らないが、もう他の奴に触れさせはしないぜ。
捕まえて、閉じ込めて、朝から晩まで俺が喰らってやるんだ。
そして散々泣かせて、俺に落とし前をつけさせたら……



「愛してやる」



愛してると囁いて、全身くまなくキスをして、抱きしめながら一緒に眠ってやる。
俺の怒りを何度も受け止めて、唯一人俺から逃げなかった大事な人。
俺が愛してやまない、憎くて嫌いで愛おしい臨也。
見つけたら、力一杯抱きしめてやる。
骨の一本や二本は覚悟しておけ。
俺の愛を、受け止めろ。




あいつが隠れてしまうまで俺は自分の気持ちを自覚してなかった。
たった一人に心が奪われて、夜も眠れなくなることが自分にもあるのだと知ったのは、あいつがいなくなってから。
その衝動の理由に気付いた時にはあいつはいない。
俺の世界は一気に灰色になったさ。
俺の本気の怒りを受け止められたのはあいつだけ、だから俺の愛を受け止められるのもあいつだけだ。
精神的にも肉体的にも、俺が手加減なしで触れられるのは折原臨也唯一人なんだ。
あいつがいなければ、俺は誰を愛せる?

俺をそんなどん底に追いやったのがあいつなら、俺の世界を染め直したのもあいつだった。
姿を隠したあいつの気配が戻ってきた時、全身を駆け巡った歓喜に血が沸騰しそうだった。
花は彩りを取り戻して、空は青だ。
そして今、桜の香りに目がくらみそうだ!


「愛してるぜ臨也」


これからは、愛して愛して愛してやる。
それはきっと、あいつの願いでもある筈だ。
だってあいつは姿を消す直前、あの桜の木の下で囁いた。
あいつはただ囁いただけで、約束したわけではない。
でも俺はそんな一方的な囁きに、一方的に約束してやる。

だから、俺は、お前を――







この公園からあいつの匂いがする。
というより、ここの桜のせいであいつの匂いが紛れて歪んでしまう。
桜の香りとあいつの悪臭とが混ざり合って、眩暈がするくらいに甘い匂いが俺を襲う。
桜並木全体から匂いが漂うせいで、あいつを特定できなくて面倒だ。


「桜の花で隠れようったってそうはいかねえぞ」


ノミ蟲のくせに隠れ蓑とは、本気で俺を馬鹿にしているみてえだな。
だが今日こそ捕まえてやる。




あいつの臭いを感じたのは一ヶ月前。
初めは微かすぎて場所を特定できなかった。
臭いも前と何か変わった気がするし、何よりあいつが戻ってきているというのに街に変化がなかった。
まだ悪巧みの準備段階で地下に潜っているとでもいうのか。
だが俺から隠れ通せると思っているのが生意気だ。

「ここにいんだろ?」

散々東京中を捜し回って、あいつの臭いの跡を辿れるようになったのは最近の事だ。
あいつはどうも夜しか動かないらしい。
日中はどうやっても臨也の匂いはつかめないし、あいつを見たって話も聞かない。
本気で隠れているって事だ。
例えばあいつが裏の連中を敵に回し、外国にでも逃げてんなら無理もないんだろうが……


「俺から逃げられるわけねぇんだよ」

臨也の事情など知ったこっちゃないと無視し、臨也の匂いがこの桜並木に集まるのだと気付いてからは毎晩ここに来ている。
ここに臨也が毎晩来ているのは確かなんだ。
ただあいつは隠れていて、匂いも特定できないからいっつも逃げられてて……まだ姿も見れていない。
だから今日こそ、そうだ邪魔な桜を根こそぎ抜いてでも捜し出すって覚悟をしてきた。

というか抜けばいいんだな。

なんで今まで我慢していたのか。
自然は破壊したくないが、俺の臨也を隠す桜が悪い。邪魔だ。

「よし抜くか」

と、手ごろな木に手をかけたところで人の声がした。
この間も臨也を捜していて、なんでか悲鳴をあげられて騒ぎになった事を思いだし、俺は木の影に隠れた。








「誠二と夜のデートだなんて感激!」

「ああ。でもここでいいのか?道が悪いし明かりも少ない」

「んもう!だから二人っきりになれていいんですよー。それにここ、去年二人でお花見した桜並木ですよ」

「そうか?気付かなかった」



どうやら若い男女のようだ。
なんだか聞き覚えのある声だった気もするが、どうでもいい。
早く臨也を捜さなくては。



「そういえばここ、この桜並木に毎晩幽霊が出るって噂があるんですよ」

「幽霊?」

「そう!しかも男の幽霊で、死んだ恋人を捜して彷徨ってるらしいんです。死んだ後も捜してもらえるなんて、愛されてて羨ましいなあ。でも私なら誠二が……」


――くだらない。
幽霊だかなんだか知らないが、俺の邪魔だからさっさといなくなってくれ。
隠れている間も臨也の甘い臭いは嗅ぎとれて、細胞の一つ一つが騒いで仕方がない。
早く、早く臨也を捕まえて抱きしめたい。
そんな俺の願いが叶って、カップルはそのまま歩いていく。
ただ、



「でもなんでここなんだ?恋人はここで死んだのか?」

「んーそこまでは分かりません。でもよく言いますよね」




「桜の木の下には死体が埋まってるって」



くだらない会話は延々と続いていた。














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