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□のどあめころころ
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仕事で来た池袋の帰り。
今日は何があってもシズちゃんにだけは会いたくなかった。




だって―――…




「いーざーやーくーん!池袋くんなって何回言やぁ……あ?」


「ゲホッゴホッ!やッあ、シズちゃっうん!」






――俺、風邪ひいてるし。






【のどあめころころ】






嗚呼もう!風邪なんてひくもんじゃない!
咳が酷くて、返事さえも碌に出来ない。


「てめぇ……どうしたんだ?」


あ、シズちゃんが面食らってる。


「何って……ゴホッ!風邪ひいたッカッん!」


「……お前みたいなノミ蟲でも、人間らしく風邪ひいたりするんだな」


何その、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔。
シズちゃん顔だけは良いのに、まぬけくさいよそれ。
ああそっか、シズちゃんの前で風邪ひいた姿見せた事ないもんね。
というか見せたくなかったよ。シズちゃんにだけは。
こんな、弱り切った無様な姿なんてね。


「ゴホッゴッハァッば、化け物のシズちゃんと違って……ガハッ!俺は人間だかっひゃね」


「ああ!何だとてめぇ!誰が化け物だコラ!」


うわーシズちゃん、また標識に手を掛けてるし。今の俺じゃあ避けれる自信がないってのに。


「ノミ蟲がブクロ来てんじゃねえ!」


「仕事だよ仕事!」


「そんな咳してて仕事出来んのか!?」


お?
珍しい。シズちゃんの手が止まった。
そんなに不思議なのかい?
嗚呼そっか!シズちゃん単細胞だから、風邪がどれくらい苦しいのか判らないんだね!
流石だシズちゃん。死ね。
というか風邪ひいたからって、易々と休めないんだよ社会人は。すぐにキレてクビになってたシズちゃんには理解できないだろうけどね!


それに心配無用だよシズちゃん。俺の優秀な横隔膜は、根性入れれば5分くらい咳とめられるからね!
もっとも、取引先でのその反動で、今これだけ咳が酷くなってるんだけどさ。


「俺はが、ッ頑張ればゲホッゴッ5」


と、どれだけ俺が内心で思っていようと、話せなければ意味はない。
くそう!これじゃあシズちゃんに嫌味のひとつも言えやしない!


「手前、いつもに増してうぜぇ!!咳くらい止めちまぇえ!」


「ゴッだひゃらっ痛!」


あ、舌かんじゃった。
みっともなくて仕方がない。


「っうぁあああうぜぇえうぜぇうぜぇうぜぇえぁあああッ!!!」


ついに我慢がならなくなったのか、シズちゃんは盛大に叫びだす。
ヤバッ!
今攻撃されたら、本気でヤバい。頭も体もフラフラとするし、咳き込んだら避ける事もできない。


「ちょっまッ」


キレて殴り掛かってくるかと思いきや、いきなりシズちゃんはくるり、と背を向けた。


「え?」


そしてクソォォーと叫びながら、何故だかシズちゃんは走り出した。


……何あれ?
え、え?俺が風邪ひいてるから逃げたとか?風邪うつされるの嫌とか?
それとも襲うにも値しないって言うの?
ハァ?何それ、すっごいムカつくんですけど。
シズちゃんみたいな馬鹿が風邪ひくわけないし!
ああ、風邪ひいた事ないから怖いとか?
うつるの怖いとかウケるんですけど。


シズちゃんの弱虫!




……なんだよ、構ってくれたっていいじゃん。
例え雨の日も雪の日も、バイトや会社の面接の日だって、俺を見つけたら全力で追い掛けてきたくせに。
初めて会った時なんて、トラックに轢かれても尚、俺を殺そうと躍起になってたじゃないか!


あの頃の猪突猛進、単細胞かつ後先考えれない可哀相で残念な脳みそ筋肉人間の君が!
つまりはただの馬鹿が何故か怪力無双だったっていう、最低最悪にチートバカの君が!
ひたすら馬鹿の君が!
永遠に思春期な残念な君が!


言葉にすればどれも同じ、要は残念馬鹿の一言に尽きる君が……どうして俺を追って来ないんだよ?
あの頃の君はもういないっていうのかよ。


君なんて大嫌いで大嫌いで大嫌いで大嫌いで殺したいほど大嫌いで死ねばいいのにって死んでって、いっつも思ってるけど。


でも俺を一心不乱に追って来るひたむきさ、もとい一途さ、もとい純粋さ……でなくて単純馬鹿なとこ!


嗚呼まったく、熱で頭が働かないから、危うくシズちゃんを褒めるとこだった。危ない危ない。


とにかくだ、君のその単純さだけは認めてたっていうのに。
裏切られた気分だ。


……いや別に!シズちゃんと喧嘩したかったわけじゃないからいーんだけどね!


どうあってもシズちゃんが馬鹿なことは揺らぎようなき事実だしさ。




…………。


……あークソ!
シズちゃんからも相手にされないとか!
自信なくすじゃないかシズちゃんの馬鹿ァッ!
お前なんか風邪ひいた事ないから、どんくらい心細いか知らないんだろ!


自販機投げられたらマズいけど、せめて標識振り回して迫って来てくれたっていいじゃないかよ……






あれ?なんだろ。
さっきまで暑くて仕方がなかったのに、なんだか寒くなってきた。
頭は熱くなってるのに、おかしいなぁ。


……心細いから、なんて認めないよ。




「……ゲホッ!ッか、えろ」




熱のせいで涙腺が緩みだしたみたいだ。
潤む視界に何やら金色の物体が見える。
あはっどんだけ熱あるんだろ。
シズちゃんの幻覚が見えるなんて、世も末だ。
でも顔が見れて、うれ……しくなんてな……


「いーざーやー!!」





…………。



――ッ本物!?


嘘!マジでシズちゃん戻ってきてるし!

うわっ!
怒ってるよ青筋だらけだよ顔が!青筋立てるのはいつものことだけどさ、顔だけはいいくせに勿体ないっつーのー!



嘘だよ嘘!
君の顔なんか一生見なくていいから!
クソッ……駄目だ、足が動かない!


うっ腕!腕振りかぶってるぅぅううう!?


「いーざーやー!!」


「――――!」


――駄目だ、避けきれない!
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