drrr 小
□新年あけまして、うさやさん
1ページ/3ページ
俺は人間が好きだ。愛してる!
人間の様々な姿が見られるのだから、非日常が集まる池袋なんて、俺の最高の遊び場だ。
そう、俺は非日常を愛している。
非日常は人生のスパイス。
人間の極限の本性をさらけ出してくれる、美味しいスパイスだ。
だから俺は非日常を愛している。
人間を愛してるからこそ、非日常を欲するんだ。
……だからさ、俺が非日常になっちゃったら意味ないのさ。
そこ、理解してほしいんだけど。
理解できてる?
できてないよね?
ていうか俺は誰に話し掛けてんだ!?それこそ理解できないから!
嗚呼もう!
なんで……なんで俺の頭から毛皮の塊が!しかも二つも生えてるのかなぁぁああああー?!
ど う し て こ う な っ た !!
【新年あけまして、うさやさん】
目覚めたら、耳が生えてました。
はい、うさぎ耳です。
あれかな、卯年だからかな。
ははは……
「ははははははっ……笑えねぇぇえええー!!」
大事な事だからもう一度。
俺が非日常になったら意味ないんだよ。
目覚めたらウサ耳とか、なんの面白みもないんだよ!!
俺は大概の非日常には対処できる自信がある。
運び屋に首がなくったって驚かなかったし、いきなり空から自販機が降って来ても軽く躱せる。
妖刀で斬り掛かられても、愉快なままだったさ。
でもだ、朝起きて頭から二つのふさぺらな毛皮が生えてたら、流石の俺もパニクるさ。
あたり前だと思う。
てか驚くよね。うん。
――どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう!
というわけで、俺の優秀な頭脳はただ今絶賛パニクってます。
言葉遣いがオカシイのは当たり前です。
思考凍結。
機能停止。
フリーズ。
フリーズ!
フリーズ!
「って!パニクってる場合じゃない」
よし深呼吸だ。
まずは落ち着け自分。
――そうだ、こういう時は。
「シズちゃんのバカシズちゃんのアホシズちゃんの単細胞シズちゃんの童貞シズちゃんのチェリー帝人君もチェリー正臣君はヘタレシズちゃんもヘタレシズ……」
それから延々シズちゃんの悪口を言っていると、みるみるうちに心が落ち着いていく。
「ふぅ」
呟き疲れた喉も、どこか清々しい。
やっぱりシズちゃんを無心に罵るとホッとするよね。
「シズちゃんもたまには役に立つもんだ」
さてと、では素敵で無敵な情報屋さんらしく、状況を整理しようか――
今日は一月一日。
清々しい元旦の朝だ。
そしてここは池袋の人気がない路地裏。
耳を隠しながら、ひとまず走って逃げてました。誰も追い掛けてないのにね。畜生。
で、なんで逃げたかといえば、何故かいきなりありえない耳が生えてたからに他ならず。
寝て、起きたら耳が生えてました。
なんでウサ耳が生えたかは、未だ不明のまま。
うわっ状況が悲惨なままだ!
心当たりといえば、数時間前にいきなり襲った睡魔だけ。
おかしいとは思ったんだよ。
人間大好きな俺が、年越しに寝るとかありえない。
人間が動き回る楽しい行事で、俺が寝るわけないでしょ?
何かしら企んで、愛しい人間達が右往左往するのを眺めつつ初日の出を拝むのが、俺の毎年恒例の年越しライフなのに!
それが昨夜はふと、急に耐え切れない睡魔に襲われた。
あまつ頭痛さえしてきたもんだから、流石にどうしようもなかった。
新宿に帰る余裕さえなくて、ちょうど目に留まったネカフェに避難し、仕方なく仮眠を取ったのが大晦日の23:58だ。
一時間だけ寝る気だったのに、きっちり六時間も寝てしまった。それならちゃんとホテルに行けばよかった。
そんで、起きたら耳が生えてた。
色々おかしい。色々おかしいが特に最後が壊滅的。
言っておくけど、おかしなものは口にしていないよ。
うさぎ肉だって食べてないんだ。
初夢なんて見たか定かでないが、うさぎなんて覚えてない。
あと何故か確信がある。鷹も富士山も茄子も見てない。
つまり、うさぎの呪いみたいなオチもなし!
「あははははは……」
もう乾いた笑いしか出ないね。
これが壮大な夢ならいいのに、忌ま忌ましいことに、今も耳が震える感覚がある。
頭から生えてるこの物体は、確かに俺と繋がっている。
しかも結構敏感、というか繊細らしい。
思いっきり引っ張ったら、もげるんじゃないかってほど痛かった。なんというか、あそこの次くらいに。
あ、ちょっと下品?失礼。
初めは目の錯覚だと思ったよ。
パソコンのディスプレイに鈍く映った自分の姿。その頭上に、細長いシルエットがにょっきり映ってたなんて、もはやコントだ。
しかも黒でした。
鏡に映ってたのは黒々としたウサ耳でした。
何?地毛に忠実なの?
ホントに、人に見られなかったことが唯一の救いだ。
確認せずに外に出ていたらと思うと、ぞっとするね。
でもだ、流石に冷静ではいられなくて、逃げるようにネカフェから出てしまってた。
いっそ延長して立て篭もるなり、タクシーを呼ぶなりすれば良かったものを。
俺の慌てん坊め。
おかげで超危険地帯の池袋に足止めだ
そして現在に至る、まる。
結論。
「救いようがない……!」
がっくし膝をついた反動で、ひょろい耳が揺れるのがまた憎い!
しかも流石はうさぎの耳だ。
以前より聴覚は増したらしく、離れているはずの街の喧騒が身近に聞こえた。
今は路地裏にいるというのに、雑踏がクリアに聞こえてしまう。
足音を耳にして、思わず震えてしまう。
――こんな姿、間違っても人に見せられない。
だって痛い、痛すぎる。
こんなん、本物だって言っても誰も信じてくれないだろう。
見られたら最後、折原臨也の地位は地に落ちる。いや堕ちる。
普段からブルマやらネコ耳パーカー着用な愚妹達よりも痛い存在に成り下がる。
なまじ名が知られているだけに、噂が立てばもう止められない。
向こう十年、変態のレッテルを貼られてしまう。
「マジ勘弁だよ……」
逆にこれが本物だと知られたら知られたらで、かなり面倒な事になる。
それこそ岸谷森厳あたりに拉致、実験解剖されたっておかしくない。
新羅ならなんとかしてくれるかもと考えたが、少なくとも正月を過ぎなければ役に立たない。
あいつは「セルティとの大事な正月ライフを邪魔するなんて許さないよ」なんて言って取り合わない。うん、間違いないね。
いや、下手したらセルティへの貢ぎ物にされる。
自分も都市伝説のくせに、オカルト大好きだからなぁ。うさぎ耳に飛び付きかねない。うん、せめて今はやめとこ。
波江さんも駄目だね。
彼女も新羅と同じ人種だ。
正月を弟と過ごすのだと躍起になってる彼女のことだ、電話すら繋がらないだろう。
そもそも彼女の絶対零度の視線を、今の豆腐並にやわい俺の精神が耐え切れる自信がない。
ドタチンに電話しようか、そんな甘い誘惑もあったが即座に否定する。
確かにドタチン本人は親切だし肝も据わってるし、口も堅いから利用もされない。
どころか親身になって守ってくれるよ。
でもさ、取り巻きの二人がヤバい。ヤバ過ぎる。
波江さんとは真逆の、タチの悪過ぎる熱い視線が目に浮かぶね。
たぶん、俺の人間としての尊厳が粉々に砕かれる!
新年早々、萌えキャラの烙印を押される気はないさ!
畜生!どうしてこう、俺の周りには使える人間がいないんだ?
言っとくけど、俺に全く人望がない訳ではないよ。
それこそ、俺が意のままに操れて口も堅い信者はごまんといる。
だからってこんな姿、信者には見せられないってだけ。
うさぎ耳なんて見たら、俺に対する信仰心が急下降。
リーマンショックも裸足で逃げ出す大暴落だ。
同上で帝人君も駄目。
そうだ正臣君!
正臣君はなんだかんだと俺に弱い。
面倒見もよいし、彼は元々俺が嫌いだから、今以上俺の評価も下げようがないだろう。
てか正臣君になら、どんだけ馬鹿にされても言い返せる自信ある。
「よーし、正臣君に電話……」
とケータイを取り出した時、ある事に気づいた。
「……おつかい中だった」
彼には、電波も繋がらない雪山に出張に行ってもらってるんだった。
もちろん、嫌がらせ半分に俺が指示しました。
――俺の馬鹿ァ!
今度こそ地に両手をつき、がっくしうなだれました。
もう立ち直れないかもしんない。
――結局、頼る人間なんていないんだ。
知ってたさ。俺ぼっちだからね!
孤独が何さ!寂しくなんてないよ。
寂しくなんか……
さみし……
「……うさぎって寂しいと死ぬんだっけ?」
答える声なんてもちろん皆無で。
ただ妙に、ビル風が身に凍みた。
「帰ろ」
寒さに身を縮こませて、俯いたまま立ち上がる。
酷く惨めだった。
新年早々、なんだこれは。
てか耳が潰されて微妙に痛い。
フード程度の重みでも、長さのわりにぺらい皮膚では窮屈に感じた。
毛皮っていっても、やっぱり耳では厚みが足りないよ。
以外に寒さに弱い耳に悪態つきながら、適当に路地裏をさ迷う。
帰るつもりなのに、さ迷った。
だって、
――だって耳が折れて痛いんだ。
だからだ、視界が霞むのは。
でなかったら、この俺が、こんな!
でも絶対にフードを取るもんか。
痛くても緩めてなんてやらない。
俺を苦しませる耳なんて、痛ければいい。
――早いとこタクシーを拾って、ひとまず新宿に戻ろう。
このまま池袋にいれば、シズちゃんに見つかって問答無用で追いかけっこの始まりだ。
こんな姿、もちろんシズちゃんには見せたくない。
ああ、でも。
――人に見つかりたくない。
――でも誰かに逢いたい。
こんな俺でも、普段通りに接してくれる人に会いたい。
騒がないで、馬鹿にしないで、萌えないで、普段通りに。
だったらいっそ、シズちゃんに見つかりたいな。
きっとシズちゃんなら、俺にウサ耳が生えてようといまいと、関係なく追い掛けてくる。
なんて思っても、シズちゃんを呼ぶほど馬鹿じゃない。
シズちゃんと追いかけっこなんかしたら、きっとフードが外れて人に見つかる。
野次馬になんて、見られたくない。
今だって人目に付く大通りに向かう勇気がなくて、こそこそと路地裏を進んでるんだから。
これではいつまで経ってもタクシーを拾えないのにと、ジレンマに駆られる。
だがあと少しで大通り、という所で尻込みしてしまうんだ。
――俺、以外と小心者だったんだ。
情けないと思うが、だって本当に怖いんだ。
あれ程非日常を愛しているのに、自分が怪物扱いされたらと思うと、本気で恐怖を感じる。
でもウサ耳なあたりで、高いプライドが違う意味で傷ついている。
だから神経過敏になっているのか。
普段より大きな足音、声をひとつひとつ不必要に拾ってしまい、余計ストレスがたまる。
そんな知りたくなかった自分の一面にがっかりしつつ、しかしいつまでもそうしてはいられないと覚悟を決める。
――よし!
大通りに向かうべく、顔を上げた。
「あれ」
「っ!」
その瞬間、正面の通りを歩いていたらしき男が声を上げる。
明らかに俺に反応した――その時点で俺の思考回路は目茶苦茶になった。
――気付かれた!?
冷静に考えれば耳は隠してるのだから、それはない。
ただ俺が折原臨也だと知っている誰かなのだろう。
誰だか知らないが、シズちゃん以外ならそう慌てる必要はないんだ。
けれど俺は焦ってしまった。
らしくなく慌てて、思考は停止したままで、瞬間的に踵を返してた。
――あっ。
そして、こけた。
もう、盛大にこけたよ。こけましたよ!
ええ、転びましたとも!
折原臨也ともあろう者が、人前ですっ転びましたさ!
死にたい。いっそ死にたい!
「大丈夫か?」
支離滅裂な思考回路に感情。流石に瞳の表面張力も限界で、波打つ水分がこぼれてしまいそうだ。
だからさ、だから不安定で。心細くて。
駆け寄ってくる声の方を、咄嗟に振り向いてしまった。
「――あ」
「――――あ、」
そして目と目がばっちし合ってしまった。