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□シングルベッドで眠れ
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*さよならダブルベッドの続き




















ノミ蟲が愛しくてたまらない。




――死ね、殺す。クソノミ蟲野郎!




そうやって憎んでいたのに、憎もうとしたのに――。







口では罵声を上げつつ、いつしか俺はあいつを殴れなくなっていた。







気がつけば俺は、臨也を愛していた。












――これが言葉と行動の違い。





















突然切羽詰まった様子の臨也が俺を好きだと言った時、俺は嬉しかったんだ。




こいつの事だから、また俺を利用するための嘘なんだろう。



そうさ、こいつの言葉なんて信じられる筈もなかった。




何度騙され、何度嵌められた事か。











――でも。







嘘でもいい。







臨也が欲しかった。









喜びと羞恥と、怒りと疑念。




自分の醜い感情が後ろめたくて、俺を好きだと告白してきたあいつと、眼を合わせられなかった。






ただ、頷くので精一杯だった――。














恋人になったとはいえ、どうすればいいかなんて解らない。




確かに俺は臨也が好きだ。




けれど、臨也が嫌いだ。




あいつを見れば無意識に暴力を奮いたくなるし。




あいつを見れば無意識に抱きしめて、目茶苦茶にしてしまいたくなる。




矛盾した感情はどちらも本物で、どっちにしろ俺はあいつを傷つけちまう。









それだけは嫌だったから。




だから、せめて、『恋人』として。




暴力だけは奮わないと、自分に誓った。








だから俺はあいつに暴力を奮わなくなった。




あいつを見ても自販機を投げなくて済むよう、池袋中の自販機を壊してまわった。




あいつと会って溜まったフラストレーションは、悪いがそこいらのチンピラで晴らすようになった。









自分から触れては、それを許しては、歯止めが利かなくなるから。



全ての神経を総動員して、自分からあいつに触れるのも我慢した。












俺はあいつが好きで好きで、愛しくて恋しくて。


あいつが欲しくて堪らない。






でも絶対に壊したくないから。


一緒にいるだけで幸せ。




――そう思おうとしたんだ。











それでも愛しさは込み上げて、積もって、堪えきれなくなりそうで。




抱きしめて。キスして。傍にいて――。




そんなあいつの言葉にのって、これ幸いとばかりにあいつに触れた。









一分でも一秒でも、あいつの傍にいたい。




触れ合いたい。




愛してる愛してると、自分の仕種の全てで訴えかけた。














でも臨也は、やっぱり俺みたいな化け物を愛してはくれない。




どれだけ口では愛してるなんて言ってても、笑ってくれない。




告白してきた時から辛そうで、何かに耐えてるみたいに切羽詰まってた。




それは今も変わらず。







口だけは愛の言葉を紡ぐ。







でも、それだけ。










臨也は決して俺に触れてこない。




臨也は俺を愛していないんだ。








だから、俺は、今もこいつを抱きしめられずに。


馬鹿みたいにベッドを掴む。









ダブルベッドを抱くみたいに柵を掴んで、



八つ当たりみたいにシーツを引き裂いて、苛立ち全てをぶち込んだ。







行為に及んでる時、どれだけ力を制御してるっていっても、俺の力では臨也を壊してしまいそうで怖いんだ。







だから、ずっとずっと我慢してきた。






せめて臨也はよくしてやりたいから、精一杯我慢して、もどかしいような愛撫を繰り返した。





でもたぶん、満足させてやれてない。





大体俺はたいした経験もないのに、ある意味高度な事をやらかしてるんだ。




だから、無理なんだ。






どうやっても、埋められないものが存在して。









もしこいつが、俺を抱きしめ返してくれたら。



俺の背に縋り付いて、爪を立ててくれたら。



そんな淡くて、愚かで、ありえない事を。




こいつを抱くたびに思ってしまう。









でもこいつは、絶対に俺に触れてこない。



決して俺に縋り付かない。





だから、俺達の行為はぎこちないまま。



どうやっても、俺達はひとつにはなれない。













嗚呼苛立つ。




どれだけ俺が見つめても、臨也はシーツに顔を埋めて俺を見ない。











嗚呼苛立つ。




どれだけ激しく体が波打っても、臨也はベッドに縋って耐えてしまう。










嗚呼、嗚呼――……













俺達は互いにベッドに縋り付いて。



もどかしい距離が空いたまま。



どうあっても、俺達はひとつになれない。







愛してるなんて嘘をつくお前が大嫌いで大好きで、お前が縋り付くベッドが憎い。



そんな矛盾した感情を持て余す自分が滑稽だ。



でも、それでも俺はお前を手放せないから。



こんな無機物なんぞに縋り付く。








ずっと、ずっと――……








俺の怒りに耐え切れなくなったベッドが壊れたのは、そのすぐ後。















「別れよう」






臨也が急に別れを切り出しても、俺はあんまり驚かなかった。



混乱だとか落胆だとか怒りとか、そんな感情はまだ出なくて。



ついにその日が来たか。そんな実感だけが身を侵食していった。



自分の力を制御できない自分が悪い、そんな殊勝な事すら思ってた。








でも、











「シズちゃんは俺を愛してない」









その言葉を聞いた時、












――――プチッ











何かが折れた音がした。






いや違う。







切れた。








俺の中の何かがキレた。
















俺がどれだけ我慢していたのか。



どんな葛藤を抱えながら、こいつの傍にいたのか。





精一杯の良心と気遣いで、こいつに触れるのを我慢した。



精一杯の愛情と理性で、自分が気持ち良くなるなんて二の次にして、こいつに尽くしてきた。





そこまで苦しみながら、なんでこいつを抱いていたのか。







臨也は何ひとつ理解していなかったんだ。




何ひとつ伝わらなかったんだ――……




その失望が、怒りが、俺の中の何かを切った。






――人はそれを、堪忍袋の尾という。











急に饒舌になったこいつが何を言ったかなんて、定かでない。



というより聞いていない。







ただ俺の感情が、葛藤が、何ひとつ伝わっていなかった事実に怒りが沸く。




何も聞こえないほど頭に血が上り、視界は忌ま忌ましいほど白いシーツで一杯になって。



未だに臨也の手がそのシーツを握りしめているのを見てしまえば、もう我慢なんてできなかった。









「痛ッ!」







みしりと骨が鳴る程強く臨也の腕を掴み、強引にベッドから引きずり落とす。



臨也はまったくの無抵抗で、ただ泣いている。









「…………」








言葉なんて出てこない。
この衝動を、言葉なんぞで表せられない。






だから、ただ、衝動のままに。




俺は怒りに任せて忌ま忌ましいベッドを持ち上げる。







臨也はただ俺を見つめる。



俺はそれを、投げた。














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