drrr 小

□さよならダブルベッド
1ページ/1ページ









俺の理想はシズちゃんが死ぬ事。




そうすれば全人類を愛せるから。









折原臨也らしく、平和島静雄以外の全ての人間を愛する。





それが俺の理想。








……だった筈なのに。
















俺は不覚にも彼を愛してしまった。











――これが理想と現実の違い。




































愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。





他の人間よりはずっと回る筈の口。



けれど彼を目の前にすると、俺は馬鹿のひとつ覚えみたいに同じ言葉しか紡げなくなる。






だって堪らなくて、我慢できなくて、気が狂いそうなほど愛してるんだ。






思考が追いつかない。
思考なんて存在しない。
視界が、身体が、心が全て、全てが彼で埋まってしまう。








でもどれだけ愛してると囁いても、愛してると叫んでも、愛してると泣いても。







シズちゃんは俺を愛してはくれない。












俺とシズちゃんが付き合うようになって、一体何ヶ月経つのか。



でも時間なんて意味はなくて。








どれだけの時間が経とうとも、俺の心は潤わない。




どれだけ身体を重ねても、俺の飢えは満たされない。




どれだけ愛の言葉を口にしても、俺の顔は笑みなんて浮かんでこない。










ずっと飢え続けている。











シズちゃんに暴言を吐かなくなった。




シズちゃんに嫌がらせをしなくなった。




シズちゃんに迷惑がかからないよう、趣味の悪巧みだってやめたんだ。








大好きで大好きで、愛しくて恋しくて、とってもとってもシズちゃんに飢えてるって、素直に言葉で伝えるようになった。











でも、シズちゃんは何も言わない。







俺が愛してると告白しても、シズちゃんは何も言わない。






少し困った顔して、眼を合わせてさえくれない。








優しくて義理堅いシズちゃんは、決して『恋人』に乱暴はしない。








セックスの時だって、ありえないくらいに優しい。





もどかしいほど優しく触れてくれる手は、本気で力を込めたら俺が壊れるからって、いざとなったら俺から離れてしまって。





代わりにシズちゃんはベッドの柵を掴んで、白いシーツを引きちぎって、まるでベッドを抱いてるみたいに俺と繋がる。







そんな理性的な優しさが、一層俺を惨めにするというのに。









どこまでもシズちゃんは優しい。









俺が求めれば抱きしめてくれて、望むだけ傍にいてくれる。






池袋で出会ったとしても、決して自販機なんて投げつけない。











でも自分からは何もしない。









絶対に、求めてはくれない。










だから俺達の情事はぎこちなくて。





もどかしい距離が空いたまま。





どうあっても、俺達はひとつになれない。










シズちゃんの考えなんて出逢った時からさっぱり読めないから、どうして彼が俺と付き合ってくれているのか解らないけど。






確かな事はただひとつ。







シズちゃんは俺を愛してはいない。







彼は善い恋人を演じてくれている。






ただそれだけ。


















俺は人間だけを愛していた。



人間だけを愛して、愛して、愛し尽くすのが俺の理想の愛だった。





俺の理想を邪魔するから、シズちゃんが嫌いだったのに。







その筈だったのに――。











叶わぬ理想を掲げても、自分の心がそれを裏切って。





人間を愛してるはずの俺が、化け物のシズちゃんに恋をしたなんてふざけてる。



でも理性がどろどろに溶けてなくなってしまうほどに。






シズちゃんが愛しくて切なくて恋しくて、堪らない。






ついに堪え切れずに告白して、シズちゃんと付き合うようになってもその気持ちは変わらなくて。









愛しすぎて、飢え続けている。









そんな自分が滑稽で、惨めで、憐れで。






それでも俺は、偽りの恋人関係を手放せないから。








だから、今日もダブルベッドのシーツに縋り付く。








だってシズちゃんに縋ってしまえば、いよいよ取り返しがつかなくなるから。





逞しい背中に手を回してしまえば、自分から無口な唇を塞いでしまえば、きっと俺は耐えられなくなる。









返されない愛に堪え切れなくなる。







だから、せめて、シズちゃんに縋らなくても済むように。











力一杯シーツを握りしめた。



















嗚呼、もどかしい。





シズちゃんと寝るために買ったダブルベッド。











嗚呼、もどかしい。





悲鳴を上げながらも、男二人の重みをしっかりと受け止めるスプリング。











嗚呼、嗚呼――……










どれだけ身体を重ねても隙間だらけで。





どれだけ俺が余裕を無くしても、ベッドに余裕はあって。





シズちゃんを求めても求めても、俺が縋り付けるのは白いシーツで。








どうやっても、俺達はひとつになれない。












なんて苦しくて切なくて。







もどかしいのだろう。














「ァッ……シズちゃッあっ……愛して……る……」





それでも俺はこの関係を手放せなくて、馬鹿みたいに愛してると叫び続ける。






喘ぎながら、泣きながら。






そんな俺を揺さぶるシズちゃんの手が、俺に触れる事はなくとも。









俺はこの時を手放せない。









だから、ずっと、ずっと――――……


























バキッ























何かが折れる音がした。
















「悪ィ」



少し慌てた顔をしたシズちゃんが俺を見下ろす。





「折れちまった」





シズちゃんが掴んでいたベッドの柵。





それが、折れた。













――折れた。














俺の中で、何かが折れてしまった。












「……嫌だ」







俺の中で、何かが折れてしまった。









「愛されないのは……もう嫌だ」



「……臨也?」









俺の微かな呟きはシズちゃんの耳には入らなかったよ。






嗚呼またしても、もどかしい距離が空いている。











だから、もう無理だった。











「アハハハッ」









こぼれ落ちたのは乾いた笑い。









「アハハハハハハハハ!」












折れてしまった。




折れてはならない、何かが。






だからもう、堪えきれない。












「もう無理だ」










もう、この切なくてもどかしくて満たされない想いは嫌だ。






滑稽で惨めで憐れな自分が嫌だ。










俺の理想とした愛は、人類全てに対する愛情は、楽しくて愉しくて。





与えても与えても尽きる事はなく。





そして見返りを欲する必要はなかった筈だ。











人間も俺を愛するべき――そう言いながらも、心の底から見返りを求めていたわけじゃない。






時折淋しさを感じても、俺は満たされていた。







愛されなくても、人間がいるだけで俺は満たされた。








だから、そう。











俺の愛は自分勝手に、一方的に与えるだけの傍迷惑な愛。










――それが理想。













でも現実は違う。









俺はシズちゃんを愛して、愛して、愛しているのに満たされない。






飢えて、渇いて、苦しくて。







シズちゃんが握りしめるベッドにすら嫉妬して。









どこまでも満たされない。










シズちゃんに愛されないから、満たされない。











そうだ、俺が現実で飢えたのは――身勝手な願望のせい。







愛されたいと望んで、願って、渇望してしまったせい。










だから、そう、このベッドがいけないんだ。











シズちゃんと付き合うようになって購入したダブルベッド。






理想の愛に熱を上げていた俺には必要のなかった存在。








シズちゃんと愛し合いたい――そんな俺のみっともない願望がつまったベッド。






シズちゃんと俺を繋ぎ合わせる、捨て切れない望みの結晶。












こんな無機物なんぞに、俺は縋り付いていた――……









でも、折れたんだ。








もう、縋れない。













俺の中で、何かが折れてしまった。














「別れよう」






思いの外さらりと回った俺の口。








「シズちゃんは俺を愛してないのに」









愛してる。









「付き合ってくれて感謝してる」










愛してる。









「でも、もういいから」










愛してる。




















「もう終わりにしよう」














愛してるよ、シズちゃん――。
























再び回りだした俺の口が、何を言ったかなんて覚えていない。




ただ怒り狂ったシズちゃんがベッドを持ち上げるのを、他人事のように見ていた。












愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。











――ベッドを担いだシズちゃんが俺に迫る。








俺が縋り付いていたダブルベッド。








俺を苦しめたダブルベッド。










振り下ろされたそれが、俺に迫る――――……













縋れないなら。










もう、いらない。















だから――
















――さよなら俺の身勝手な願望。




















さよならダブルベッド
(――これが理想と現実の違い)

















END


企画7作目


(2011/02/11)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ