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□手を伸ばすまで138分
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*「あ」←文字の大きさ
*三作目
「静雄は勘違いしてるよ」
その言葉の意味をまったく理解出来なかった。
できなかったんだ―――
いつもの喧嘩だった。
俺は自販機やらポストやらを投げて、臨也はナイフを振り回した。そんないつもの喧嘩だった。
俺がナイフをもぎ取ろうとして振り上げた腕が、その指先が、あいつの指先に触れて。
あいつの爪が割れるまでは。
指先に伝わる感触が妙に生々しくて、脆くて、どうにも気に喰わなかった。
だから、無我夢中で、あいつの顔なんて見ずに、ただ勢いで殴りつけた。
片手にはどっかの店の看板。
それであいつを殴り飛ばした。
いつもの喧嘩だった。
普段のノミ蟲なら、あっさり避けるはずだった。
傷なんてつくはずもないんだ。
なのに、あいつは、何故だか無抵抗で――
疼くまったっきり動かなくなったあいつを見て、何故だか叫びたくなった。
叫び声なんて出なかったが。
気付けば俺は新羅に電話をしていて、どう受け答えをしたのかさえ定かでないまま新羅のマンションに連れて来られた。
どれだけの時間が経ったかなんて覚えていない。
ずっとソファーに座り込んでいたら、いつの間にか新羅が正面に立っていた。
「命に別状はないよ」
「命……?」
言っている意味が解らなかった。
「骨折打撲、出血多量。酷いもんだ。幸い脳に異常はないから、思ったよりは早く目を覚ますはずだけどね」
骨折。
出血。
脳に異常の有無。
なんだそれ?
茫然と立ち尽くす俺を見て、新羅は何故か顔をしかめた。
何故だが哀しそうな、悔しそうな、そんな顔で俺を見ていた。
「本当はね、君が自力で気付くまで言いたくなかったんだけど……僕は君の、そして臨也の友人で医者だから」
言わせてもらうよ。
そう新羅は告げた。
真顔で、正面から。
聞きたくない、そう思った。
「静雄は勘違いしてるよ」
「……勘違い?」
「臨也の事、勘違いしてるんだ」
何が?
俺が、何を、ノミ蟲について何を勘違いするっていうんだ?
「臨也はね、壊れるんだ」
言っている意味が解らなかった。
「君達は高校の頃から何度も殺し合いみたいな喧嘩をしてきたね。君はさ、いつも臨也に逃げられて出し抜かれてばかりで、気付いてないみたいだけど」
解らねーよ。
「臨也は簡単に壊れるんだ」
解りたくもない。
だから、もう。
「君と臨也は対等ではない。臨也に勝てない、勝った事がないって君は思っているかもしれない。でも本当は、どれだけ臨也が悪知恵を働かせたとしても、臨也は君に勝てないんだ。勝てないのは、臨也の方なんだよ」
――もう止めてくれ。
「ふざけるな!!」
力任せに壁をぶったたく。
もうそんな戯れ事は聞きたくなかった。
「ふざけるなッふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!」
壁は簡単に砕けた。
「あいつは!臨也はッ!ノミ蟲はッ!」
壊れない、壊れないんだ。
高校の頃から、何度も本気で殺そうとした。
何度も殺そうとして、でもあいつは嗤って、俺を嗤いながら、あっさりと逃げて行く。
どれだけ俺が全力で追い掛けても、あいつだけは壊せなかった。
壊せなかったんだ。
「あいつだけは……」
砕けた壁の破片が落ちてくる。
「壊れるよ」
新羅の声が聞いた事がないほど堅かったから、もしかして俺の耳がイカレちまったのかと思った。
ああ、そうか破片だ。
駄目だ新羅。
破片が五月蝿いんだ。
「静雄はさ、臨也が君と喧嘩して傷つく姿を、いつも無意識に拒絶していたよね。目を逸らして、いっつも逃げてたんだよ」
破片がパラパラ落ちて、幽から貰った服が汚れちまう。
「頼むよ静雄」
頼むよ新羅。
「ありのままの臨也と向き合ってくれ」
破片が落ちてくるんだ。
「素直になってくれ」
もう黙ってくれ。
「君と臨也が培ってきた数年間は、けして脆くないはずだ」
「ハッ」
思わず笑っちまった。
俺と臨也との関係?
培ってきた数年間?
なんだそれは!
「なんだよそれ!」
笑いが止まらない。
俺とあいつの数年間は喧嘩だけだろ。
そうだ、俺とあいつは憎み合っていて、いつも殺し合いの喧嘩をしていて。
「ハハハハハハッ」
それだけしかなくて。
それだけしかないから。
俺は、俺は――……
「あ、……なんで俺」
破片が入ったのか?
「泣いてるんだ?」