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□過ちに気付くまで58659時間
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平和島静雄は大きな勘違いをしている。その事に気付いたのはいつだったろう。
気付いたのは些細なキッカケ――
「また臨也と喧嘩したの?」
「……うっせえ」
「君達もよく飽きないねえ」
今日も二人は喧嘩をしたようだ。あちこち切り傷を負った静雄君の手当てをしながら、俺は溜め息をつく。
毎度毎度の事ながら、懲りずに喧嘩を繰り返す二人には心底呆れてしまう。どれだけ学習能力ないんだろう。
そんな事を言ったら、静雄君に頭を握り潰されるから言わないけど。実際、昨日似たような事言って、千切れるほど耳をひっぱられたばかりだしね。
「喧嘩をするのはいいんだけど、俺を巻き込むのは止めてほしいよ」
放課後の貴重なセルティとの時間を邪魔してくれて、正直迷惑だなぁなんて、思ってるよもちろん。
でも、臨也の治療だってちゃんとするつもりだ。何だかんだ言って、友達だからね。
それに静雄君にこれだけナイフを突き付けたんだ、アイツだって結構やられてるはずだ。
そんな事を考えていると、文句も言わず無言のままだった静雄君が、ぽつりと呟いた。
「……爪」
「え?」
「いや……」
「何?手なんか見つめちゃって。爪でも剥がれたのかい?」
心配になって覗いた静雄君の指は、傷ひとつ付いていなかった。
何でもねーよ、そう言って手を振り払いながら、静雄君はなおも自分の指先を見つめている。
そして何度か言いどもりながら、そっと口を開いた。
「爪ってよぉ……割れたら痛えよな」
「そりゃそうでしょう。生爪を剥がす拷問があるくらいだ。痛いさ」
もっとも、刃物も刺さらないような身体をしてたら解らないか。
――ん、まてよ?
「そういえば静雄君って、皮膚だけじゃなく爪も硬かったりするの?いやしかし、それだと爪も切れないし……」
これは盲点だったと私が本格的に考え始めていると突然、静雄君は立ち上がる。
「おい」
「何?」
「屋上行くぞ」
「せっかくもう少しで手当ても終わるのに、何で移動するのさ」
突然屋上に行くと言い出した静雄君について、結局は僕も屋上に向かっている。
愛しのセルティとの貴重な時間を割いて、放課後なのに付き合ってあげていたというのに、この仕打ち!
「いいから来いっつってんだ」
乱暴に言い放ちながら、静雄君は屋上の扉を開けた。
けれど彼は前には進まず、黙って視線を横へ向けている。
「どうしたんだい?」
「…………」
何を見ているのかと視線を向ければ、黒ズボンを穿いた脚が投げ出されているのが見えた。
コンクリの壁の陰で脚しか見えないが、黒い学ランとなれば、そこにいるのはたぶん臨也だ。
「あッ」
これはまずいと思い、慌てて静雄君の顔色を窺った。
しかし予想に反して静雄君はキレていない。そして驚く様子も見せないまま、やはり無言で歩き出した。
「……静雄君」
普段ならばありえない光景。唖然としながら、もしかしてと思った。
静雄君は臨也に近づく。
臨也は静雄君に気付かない。
そして、静雄君が口を開きかけた時。
「ドタチン大好き」
静かな声だった。
飄々としていて、軽い響きの、それでいて弱々しい声。
静雄君の歩みが止まった。
臨也は門田君の膝に頭を乗せ、無防備な姿で寝そべっていた。表情は見えないが、臨也はまっすぐに門田君の目を見つめている。
そして何より、彼らは手を握り合っていて。
その手を、臨也はまるで慈しむかのように頬に寄せていた。
――まるで恋人に甘えるように。
静雄君が踵を返す。
歪んだ顔が、噛み締めた唇が、僕の目の前から一瞬で遠ざかる。
あっという間に走り去ってしまう。
私は彼を呼び止められなかった。
「ん?」
物音に反応してか、壁に背を預けていたらしい門田君がこちらを向く。
「あれ?新羅来てたの?」
「あ、うん」
つられてこちらを振り返る臨也の声は能天気そのもの。門田君の膝の上で、すっかりくつろいでいたらしい。
二人は男子高校生同士にしては気色悪いくらいにくっついている。
けれど二人とも飄々としていて、少々異様なスキンシップも自然に見えてくる。
そして彼らにとってこの触れ合いが、恋仲だとか特別な意味を持たない事を僕は知っていた。
「うわー気が利くなぁ。よく俺がここにいるって判ったね」
臨也は僕が手に持つ救急箱を見て、目を丸くする。
「まぁ……」
――静雄が連れて来てくれたからね。
そう素直に言えなかった。
「ちょうど良いね。治療してよ」
「…………臨也、それ」
門田君と握り合っている指先が赤い事を目に留め、尋ねた。
「これ?シズちゃんにやられちゃった」
割れた爪を臨也は苦々しく見つめた。
「そう……」
――嗚呼、馬鹿だね静雄。
自分の手を見つめていた静雄君。
割れてしまった指先。
向かった屋上。
――馬鹿だよ、本当に。
平和島静雄は大きな勘違いをしている。
そして他にも沢山の勘違いをしている。
大きな事から、ほんの些細な事まで。
それは、あるいは、無意識に自分に嘘をついているのか。
だから目を逸らすのか。
今日のように。
沢山の過ち。
それらに気付く機会を、自分から逃してしまった馬鹿な友人。
ねぇ静雄。
君はいつになったら気付くかな?
いつになれば、過ちに気付くかな?
俺は言わないよ。
だって、俺が言ったら壊れてしまいそうだ。
まるで爪が割れるように。
だから静雄、気付いて。
目を逸らさないで。
そう思うも何一つ言えない自分もまた、まだまだ素直になれない子供だったのだろう。
僕だって愛しい女に秘め事を抱いて、素直になりきれていなかったんだから。
平和島静雄が過ちに気付くまで、あと――
END
静雄が過ちに気付くまで58659時間=6年8ヶ月13日と3時間。
企画提出作品2作目&「〜まで」シリーズ1話目。
(2011/02/11)