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□素直になるまで2445日
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*『過ちに気付くまで〜』の二作目
折原臨也は嘘つきだ。
友人に対して、知人に対して、見知らぬ他人に対して。
自分自身に対しても――
「ドタチーン。膝貸して」
「そう呼ぶなって、何度言えば解るんだ」
放課後の人気がない屋上。俺がそこで読書をしていると、こいつは時折やって来て我が儘を言う。
俺はといえば、軽く文句を言いながらも黙って膝を貸してやる。
それが俺達の日常だ。
「ドタチンって優しいよね」
何でそんな優しいの?
人生損するよ。
そんな可愛くない事をこいつは言う。
「そうか?」
「そうだよ」
自分が優しいという自覚はない。だが時々とはいえ、同じ男に膝を貸してやるのだ、それなりに親切なのかもしれない。
別に俺達は特別に仲が良いわけではない。
岸谷みたいに、静雄と臨也の間に入るような命知らずでもない。
だから、こうして、わざわざ膝を貸してやる必要はないはずだ。
けれどもこいつは、たまにこうして近寄って来る。
妙に儚い佇まいで、何でもないような顔して、気まぐれのようにスキンシップを謀る様子は、どこか痛々しい。
きっと他の奴から見れば、臨也は普段通りの嫌な奴にしか見えないんだろうがな。
「今日も静雄と喧嘩したのか」
「喧嘩でないよ。シズちゃんが一方的に襲い掛かって来たんだ。酷くない?」
こいつはこうして、時折俺に懐きにくる。それは決まって、静雄と喧嘩した後だ。
なんとなく頭を撫でてやった。
男に何やってんだと、自分で自分が残念になるのだが、何となくそうしなければと感じる。
子供扱いするなとか散々文句を言いながら、それでも目を細めて大人しく撫でられているのだから、こいつも大概だ。
「ドタチンの手」
「あ?」
「ドタチンの手は気持ちいい」
「そうか?」
「うん。硬いし表面ざらついてるけど、あったかいし動きは繊細だもん。実は床上手だったりする?」
「バッ……!馬鹿言ってんな!」
「アハハ!顔赤いよ」
減らず口は相変わらずで、可愛いげはない。他人から見れば、奴は元気そのものなのかもしれない。
「やっぱり職人の息子だから?手はおっきくてしっかりしてるのに、繊細な動きするよね。もう修業とかしてたりするの?」
「まぁ、ままごと程度だがな」
「へぇーだから指先とか、硬くなってるんだ」
何て言うか、小さな子供にあちこちいじくられてるような感覚だ。
握った俺の手をマジマジと眺め、率直な感想を言う姿は、まるで小さな子供だ。
多少呆れてはしまうが、そんな光景を俺は嫌いではない。
「不思議だな。こんなに汚れてゴツい手なのに、物を作ったり直したりするんだよね」
「汚れてるとか言うな失礼だぞ。つうか、今の言い方だと左官屋でなく工芸系の職人みたいだから止めろ」
そう、俺は嫌でないんだ。
「シズちゃんと正反対だね」
――誰かと比べる為であっても。
「シズちゃんの手って、結構綺麗なんだよねー。むかつく事に」
「意外だな」
「だろう!よく見ると指長いし割りと細いし……まぁ元がでかいからゴツいんだけど。喧嘩ばかりのくせに、すぐ治るから指とか歪んでないんだな、きっと」
「そうか」
「あんなに化け物のくせに、綺麗な手しやがって……むかつくよ」
そう言って、腫れている片頬に握ったままの俺の手を押し当てた。
「それ、余計に痛くなんないか?」
「んーん」
「そうか」
「うん」
臨也は時折、こうして俺の前に無防備な姿を見せる。
その事を俺自身はどうとも思っていない。弱った奴を放っておく理由はない。ただそれだけだ。
「ドタチンの手、大好き」
ただ思うんだ。
「なぁ臨也」
「ん?なーに?」
「静雄の手って、俺みたいにあったかいのか?」
「知らないよ…………知りたくもない」
眼を逸らしながら、臨也は俺の手を握り締めた。
臨也は時折、こうして俺に甘えて来る。
だからって、奴にとって自分が特別なんだと自惚れる気はない。
知っているんだ。
こいつの嘘を。
だから、思う。
「…………素直になれよ」
「何か言った?」
「いや」
俺の呟きはこいつに聞こえなかったようだ。それでいい。
聞こえていたら、こいつは俺の前で無防備に寝る事はなくなるんだろう。そういう奴だ。
「なぁ臨也」
だから、言う。
「ん?」
素直でない、嘘つきのお前だから。
「手を繋ぎたいんなら、素直に言え」
言って、臨也の手を握ってやった。
「アハハッ」
こいつは俺の事について言われたと思ったんだろう。
笑いながら「ドタチンと手ー繋ぎたい!」と上機嫌で言った。
お前本当に男か?
同い年なのか?
臨也の調子にげんなりしつつも、俺はその手を握り返してやった。
「ドタチン大好き」
「……その呼び方はやめろ」
そんな俺達の光景が、他人に見られたら恥ずかしいものだとは理解していたが。
まさか件の綺麗な手の主に見られていたなんて。
もちろん俺は知らなかった。
果たしてこいつが素直になる日が来るか分からないが。
どうしようもなく嘘つきのこいつが、案外綺麗らしい手を掴む日が来ればと、俺は勝手に思う事にした。
こいつが素直になるまで、あと――
END
2445日=6年8ヶ月13日+1日です。
企画3作目&シリーズ2話目
(2011/02/11)