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□魔法の時間
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それは魔法のような15秒――
















場所は池袋。
時は深夜。
人気のない路地裏にて。



池袋の自動喧嘩人形と新宿の情報屋の、殺し合いの喧嘩が行われている。


いや、行われていた。







「ぐぁッ」






小さな呻き声をあげ、新宿の情報屋は膝をつく。

そのまま上体を傾け、冷たい路地裏のコンクリートへと倒れ伏した。







「臨也」






今しがた彼を殴り飛ばした男は、そっと彼の名を呼ぶ。







「臨也……」






男が靴底で肩を揺さぶるも、彼はぴくりとも動かない。

完全に気を失っているようだ。













「…………」







そう、ここからが魔法の時間。


倒れ伏す情報屋に池袋最強の男は手を伸ばす。


男の指先が黒い艶やかな髪に触れる。


普段の男ならば、このまま髪を掴み上げ、さらなる暴行を加えるのだろう。


けれど、その手は魔法のように。


優しく髪に絡ませるだけ。



その手は緩やかに情報屋の頬を伝い、そのまま意識のない肩へと回される。

もう片方の腕で背中を支え、わざわざ自身が膝をつき、倒れた体を抱き起こす。




その全ての動作が、あまりに優しく。


あまりに淋しげで。





そして池袋最強である男は、天敵であるはずの情報屋を抱きしめた。




ほんの少し体を震わせながら、情報屋の肩口に顔を埋め、制止する事15秒。





それは魔法のような時間。





場所は池袋の路地裏。
時は深夜。

けして他者が入り込めぬ魔法のような時間。




15秒後、男はそっと手を離す。



名残惜しさを微塵も感じさせない動作で、けれどもあくまで丁寧に、意識のない情報屋の体を壁に寄り掛からせる。



そして男は踵を返す。


トドメも刺さずに、ただ立ち去る。



魔法は解けたのだからと、言い聞かせて。


















「――――意気地無し」




だから男は気付かない。


男が情報屋を抱きしめている間、彼の睫が震えている事にも。


魔法が過ぎ去った後、独り残された彼が悪態をつく事も。


その声が淋しげで、泣き出しそうな表情である事も気付かない。






それは魔法のような時間。




過ぎ去った幻のような温もりを、彼はただ独りで抱き留める。

男が触れた部位にキスを落とし、独り瞼を震わせる。



まるで祈るように。




そんな魔法のような15秒――









「殴ればいいのに」





――そしたらナイフを刺してやれたのに。

普段の彼らのように、殺し合いの喧嘩を再開出来たのに。










「……もっと」









――もっと抱きしめてくれたら。











――1秒でも長く抱きしめてくれたら。














「キスしてやるのに」








魔法が解けるキスを。












男は気付かない。


――魔法にかかっているから。








彼は気付かせない。


――魔法を解きたくないから。






それは魔法のような時間。



魔法のような15秒――





魔法を解くキスは出来ぬまま、情報屋も立ち去る。






魔法は解けないまま。






二人は擦れ違ったまま、ただ魔法のような15秒を繰り返す。





それは魔法のような時間。










場所は池袋の路地裏。
時は深夜。


魔法が解けるまで、何度も繰り返される15秒――













魔法の時間








END



企画提出1作目


(2011/02/11)

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