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□池袋ピューリッツァー賞
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折原臨也は傍迷惑な人間だ。
人間を愛してるなどと言いながら、人を騙す、嵌める、陥れる。
それを見てせせら笑う、実に歪んだ人間だ。






平和島静雄は傍迷惑な人間だ。
平和が好きだなどと言いながら、人を殴る、蹴る、投げ飛ばす。
そんな状況に苛立つ、実に短気な人間だ。






折原臨也は非日常を愛している。
根っからの黒幕気質の男は、策略まみれの歪んだ非日常がお気に入りだ。
そのためなら、愛する人間をいくらでも駒として踊らせる――より人間を愛するために。
日常なんて捨て去って、ひたすら非日常を愛している。


だから今日も池袋へ向かう。






平和島静雄は日常を愛している。
名前の通り平和主義の男は、平穏な日常を気に入っている。
実際は平穏な日常を持ち前の短気で、華麗に投げ棄てながらも。
それでも、日常を――幻のごとき平穏な日常を愛している。


だから今日も池袋にいる。






さて、今日は池袋でとある若手陶芸家の作品展が催されていた。
この陶芸家の腕前は天才だと称されるほどで、若手ながら近年非常に人気のある人物だ。
こう煽り文句を並べると、彼が何か特別な人間のように感じられるがそうじゃない。
彼は池袋に沢山――腐るほどいるだろう哀れな男の一人だった。

要は折原臨也に騙された挙げ句、平和島静雄の暴力の被害にあった不運な男の一人だ。
ほら、ありきたりだろう?

彼は数年前、まだ高校生だった折原臨也に破滅させられた。
今の奴の手口に比べれば、まだ可愛いげのあるレベルだったが、それでも彼を追い詰めるには充分だった。
それで折原臨也を殺して自分も死のうとした彼は、不幸にも――よりにもよって折原臨也が平和島静雄と喧嘩をしている時に押し入ってしまったのだ。
まぁそれで、人生初の空中飛行に成功したわけだ。

破滅させられた上に化け物に襲われるという、なかなかに壮絶な体験が、彼の心境に何を及ぼしたかは解らない。
だが彼は数年後、陶芸家として成功し、この度めでたく池袋に帰ってきたわけだ!

おめでとう!
何にせよ、街は彼の帰還を歓迎する!




さて、そんな陶芸家の展示会初日。





折原臨也は陶芸家の事を知っていた。
といっても、かつて自分が陥れた人物として認識しているかどうかは定かでない。
奴は人間を愛しているなどとほざくからか、人間が創り上げた芸術とやらにも興味津々だ。
あるいは芸術を目の前にした人間の感動・落胆・動揺・自分の高尚さをアピールする演技、これらの様子を観察してほくそ笑んでいたのか。
何にせよ折原臨也は展示会を満喫して、機嫌よく出口から出た。






平和島静雄は陶芸家の事を知らなかった。
かつて不当に殴り飛ばした男の事など、覚えているはずもなかった。
彼は元々、芸術といった存在には疎いし興味もない。
そんな事よりかは、一度もキレずに済んだ午前中の仕事や、昼の献立に思いを馳せていた。
上司である田中トム氏と共に、それなりに機嫌良く、展示会が催されているビルの前を通った。




そしてもちろん、二人は見事に遭遇したわけだ。




そして始まるのが二人のチェイス。
だだいつもと違って、折原臨也は池袋の通りを走らなかった。
奴は自分が開けて、まだ閉じてない自動ドアにUターンしたんだよ。
そしてエレベーターに乗り込むと、何の躊躇もなく最上階のボタンを押した。
それを見た静雄はというと、もう一つのエレベーターを待つなんてまどろっこしい事はせず、階段を全力で登りだしたさ。

男らしいな。


その様子を予想していた折原臨也は、途中の階でエレベーターを乗り換えて、逆に一階へ降る算段をしていたというのに。
ちなみにエスカレーターは工事中で止まっている。
奴はそれを見越して、このビルに逃げ込んだのだろう。

嫌らしいな。






さて、ここで話を陶芸家の方へ戻そう。
何?
そんなつまらない話はいらないって?
まあそう言わずに。
面白いのは、ここからだ。





その陶芸家にはかつて恋人がいた。
数年前に彼が破滅した際、うやむやのうちに別れた恋人がね。
陶芸家の方は全てを捨てて、一心不乱に修業に明け暮れていたから、今の今まで恋人の存在を忘れていた。
しかして恋人の方はというと、そうはいかなかった。
何の事情も知らされないまま彼氏が行方知れずになったのだから、まあ当然だろう。
そんな二人は展示会会場で再会したのだが、上手くはまとまらなかった。
感情が高ぶっていた彼女は口論の末、思い余って驚くべき行動に出た。
あろうことか展示会一の目玉である、彼渾身の茶碗を持ち出してしまったのさ。

――私なんかよりこんなものが大事なのね!

こんなセリフを遺して。

これには陶芸家も肝が冷えたろう。
しかも困った事に、警備員をも振り切って彼女が向かったのはエレベーターだ。
最悪の予感がしないか?
間が悪い事に、エレベーターはちょうど止まった所だ。
陶芸家も必死の形相で追い掛けたが間に合わなかった。
嫌な予感通り、彼女が上へ向かったものだからさあ大変。
蒼白になりながら、彼も急いで上を目指したさ。
その際にすれ違った男が、かつて自分を嵌めた存在だと気づかないほどに、慌ててな。






折原臨也は適当な階でエレベーターを乗り換える気だった。
そんな折、展示会が催されている階にてエレベーターは止まった。
奴としては、ちょうどエレベーターを降りようとしていたから具合が良かった。
意気揚々と降りようとすると、降りる人優先のマナーを無視して、女が一人乗り込んで来た。
切羽詰まった様子で何故か茶碗を抱える女に、さしもの情報屋もぎょっとしたようだ。
上階へ向かう女を見送りながら思案していると、今度は切羽詰まった様子で男が走ってくる。
それは先程、自分が覗いた展示会の主役なのだから折原臨也もびっくりしたらしい。
それによって事情はだいたい理解できたのだが、時既に遅し。
声を掛ける前に、陶芸家も残った片方のエレベーターに乗り込み、上へと向かってしまった。


折原臨也にとって何より問題だったのは、エレベーターに乗れなくなってしまった事。
これで一気に脱出が困難になった。
だが、折原臨也は慌てない。
奴は焦った風もなくそのフロアの男子トイレに入り、奥にあった窓の鍵を開けた。
そして窓枠に足を掛けると、人目を忍びながらも大胆に、窓から飛び出した。


折原臨也は知っていた。
勢いよく飛び降りた先に、隣りのビルの屋上がある事を。
ほぼ並列した高さにある屋上へ、自慢の脚力で跳躍し、奴はすぐさま駆け出した。
そして屋上に設置された扉をこじ開けようとした時、奴はある事に気付く。
それはこのまま無視してしまうには勿体ない見世物。
僅かに迷いながらも、奴はしばし見物する事を決め、逃げずに物陰へと隠れた。


宿敵が来ない事を祈りながら。






平和島静雄はというと、折原臨也の算段など全く予想せず、律儀に上を目指していた。
バーテン服の男が階段を全力で駆け上がる姿は、だいぶシュールだ。
彼はエレベーターが途中の階で止まった事に気づきもしない。
ただひたすら、一心不乱に上を目指して駆け上がった。
そんな純粋な彼は、現在折原臨也が同じフロアの男子トイレの窓に足を掛けているなど気付くはずもなかった。
なのだが、やはり野生の勘とやらは健在だった。
何の確証もないというのに、違和感を感じたのだ。


このまま上に向かっても臨也はいないってな。


平和島静雄にとって不可解だったのは、エレベーターが二つ共、今も上に向かっている事実。
いや、今しがた最上階に止まった所だ。
早くしなければノミ蟲に逃げられる!そんな理性がなかった訳ではない。
なれど彼は、確信を持って階段から足を離した。


そして多少迷いながらも、彼は極自然に男子トイレまでたどり着き、開けっ放しの窓に気付いてしまう。
それはもう理屈ではなく。


彼は躊躇せず、僅かに下方に見える隣ビルの屋上に飛び込む。
一見する所、屋上には宿敵の姿は見えず、扉だって開いてないみたいだ。
それでもどこか確証を持ちながら、彼はそろりと一歩踏み出した。




折原臨也を追う平和島静雄。
平和島静雄から隠れる折原臨也。
池袋の非日常な日常。




そんな殺伐とした状況にある、とあるビルのとある屋上。
そのその隣りに位置し、より上層にある先程のビルの屋上では、池袋でよくある恋の物語が人知れず進んでいた。


歪んでいない、日常的な恋の。















なんだ、その。







所謂、修羅場ってやつが。



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