drrr 長編

□bugdata
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――懐かしいな……。

不思議な光景だった。
もしかしなくても、走馬灯というやつだろうか。
セルティ達と出会ってからこれまでの、様々な出来事が目の前を横切っていく。
過去なんて辛くて、苦しくて、罪悪感に苛まれるだけだからと振り返る事なんてなかった。
けれどこの思い出は、セルティ達との出逢いは俺にとっての希望で、拠り所で、光だった。
だからなんだろうか、目の前が明るい。
蛍の光のように微かに、水中から見上げる太陽のようにやわらかく。
深い闇の中に、ほのかな光が差し込んでいる――気がする。
瞼は開いているのか、閉じているのか。見ているのか、見ていないのか。
解らない。けれど、確かに明るいんだ。

――懐かしいな。

俺は今、一体どこにいるのか。
体はあるのか、無いのか、それさえも定かでない。
感覚は不確かで、現実味がない。
まるで夢をみているように朧げで、深い深い水の中にいるような静けさと、微かな浮遊感。
そんな中、脳裏に浮かぶ仲間達の姿だけが、眩しい。

――あれが始まりだったんだ。

何故今まで忘れていたのか。
セルティ達との出逢いが、差し出された手が、どんなに俺を救ってくれたのか。
淡い記憶の渦に漂ったまま、俺は記憶に浸った――。



『一緒にモンスターと人間が共存できる世界を創ろう』

セルティから力を貸してほしいと言われて、俺は、変わろうとした。
あの頃は差し出された手に、与えられた希望にただ縋ってた。
セルティと新羅の姿に、期待してしまった。
この世界を変えられると、過去を変えられると、自分自身を変えられると。
そのために俺の力はあったんだと、違うと解ってたのに思い込もうとしていた。
モンスターへの憎悪も、それ以上に強く胸を締め付ける自分自身への怒りも、全ては消えてくれなかったが。
それでも僅かな希望と誇りを持って、俺は力をふるったんだ。


「テメェらがここのボスか」

『静雄、気をつけろ』

「心配すんな。一度言ってみたかったんだよな……俺に任せて、お前は行け!ってよ」

『まったく、ふざけるな』

「ちょっと!僕を除け者にして二人で何うわぁぁあああ!」


仲間に背中を預けて、モンスターを退治し続けた。
少しずつだが仲間も増えて、何かが変わっていって。
もしかしたらもしかしたらと、そんな甘い考えのまま、どこか夢心地のまま戦った。
けれど。


「化物……ばけものぉぉぉおおお!」

「お前が人間の筈はない!なっ何者なんだ?」

「……俺は人間だ!」


でも現実は甘くはない。
モンスターと人間の共存は、そもそも仲間内でも上手くはいかなかった。
本当に人間とモンスターの共存を願って集まった仲間はともかく、俺の暴力に屈して傘下に入ったモンスターや、罪歌やルリの虜になった人間達はいがみ合ったまま。
そんな現実を、俺は直視しなかった。
だから夢をみたまま、理想を他人事のように理想にしたまま、俺は変わらなかった。
変わろうとしなかった。
だから。


「貴方が平和島静雄さんですか。お噂はかねがね……お会いできて光栄ですよ。我らが、魔王様?」


力では解決しない、そんな綺麗事は皆知っていた。
けれど現実では、人間達がモンスターに襲われていて、見捨てられなくて。
とにかくモンスターを制圧するしかないと、力任せに突き進んだ。
それだけではいけないと解っていたから、皆は悩んで、考えて、だからこそ仲間も増えたし減った。
そんな中、俺だけは違った。
俺は独りになりたくなくて、これ以上苦しみたくない一心で、ただ、ただ、力をふるった。
セルティ達の邪魔をするモンスターを倒して、攻撃してくるモンスター共を倒して、裏切った輩も潰して。
考える事を放棄して、それが自分の役目なのだと言い逃れをして、力をふるい続けた。
だから、俺は、変われなかった。


「俺は……人間っだ……人間、なんだよ……」


モンスターと人間が共存。
どこか他人事のように感じていた理想。
初めはきっと、信じていた。
セルティと新羅の姿を見て、モンスターと人間が愛し合う姿に希望を重ねた。
力を貸してほしいと告げられて、俺の存在理由ができたと喜んだ。
俺の力は無駄ではないのだと、俺は強くてもいいんだと。
その甘い幻想は罪歌と出会った事で深まった。
世界で一番強い人間だから愛してると、強いから好きなんだと罪歌から言われた時、俺は嬉しかったんだ。
存在が許されたような、もう自分を愛しても許されるんじゃないかって、期待した。
でも。


「人間……だよ……な」


でも駄目だった。
俺は俺を愛する事ができなかった。
俺は人間で、けれど化物だった。
俺は化物を愛せなかった。

だから理想は理想のまま。他人事のように遠くに感じていた。
人間と化物は愛し合えない――だから、どれだけ仲間達が俺に背中を預けてくれても、俺を見ようとしてくれても、俺には届かなかった。


――違う。

違う。届かなかったんじゃない。
届く前に、俺が逃げたんだ。
諦めていたんだ。
叶わないって。許されないって。愛されないって。

ああそうだ、眼を逸らしていたのは――俺だったんだ。


『静雄は人間なのに、失礼な奴らだ!』

「彼らも自分のプライドを守るのに必死なんだよ。人間に勝てないだなんて認めたくないのさ。だから静雄君を自分達の王だとか予言だとか、ある事ない事言いふらしてるんだ」

『こんな事、気にする必要はないぞ』


セルティも新羅も優しかった。
優しくて、いつも気遣ってくれて……その仲間達を、俺は拒絶したんだ。


「いい」

『いいって何がだ?』

「魔王って呼んでくれ」

『ハ?』

「人前では……いや俺の前でも、もう俺の名前は言わないでくれ」

「何を言ってるんだい?」

「向こうが先に俺を化物扱いしたんだ。だったら、もう遠慮しなくていいだろ?望み通り魔王になってやるさ」


セルティも新羅も俺を心配してくれたし、それは違うと諌めようとした。
けれども俺は頑なで、そして、卑怯だった。


「ホントの事言ったらよ……身元がばれて、これ以上家族に迷惑かけちまったらって……怖いんだ」


怖かった。恐ろしかった。
家族に、弟に迷惑を掛けるのは。これ以上傷つけるのだけは嫌だった。
それは本心で、俺の弱音で……けれど言い訳でもあった。


『……解った』


家族の話をすればセルティ達も折れると、解っていた。
自分で自分の事を卑怯だと思いながら、俺は逃げたんだ。

全てを――俺の力の事も、弟を傷つけた罪の意識や人間達への罪悪感も――全てを魔王のせいにした。
自分が魔王だから悪いのだと、魔王だからこんな化物に生まれてしまったのだと、魔王だから人間と対立してモンスターの仲間になって、その仲間達をも不安にさせてしまって。
そんな馬鹿みたいな言い訳をして、ガキみたいに駄々をこねた。
声に出さずに、文句を言って、罵って。
そして逃げた。
故郷を出た時と同じく。


――そうだった。逃げたのは、眼を逸らしたのは俺だった。


「あの……静雄さん」

「その名前を呼ぶな!」

「ヒッ」

「……悪ぃ。俺に近づかないでくれ」


今思えば、本当に悪い事をしてしまった。
魔王なんかの仲間になってくれた奴らは、人間とモンスターとの対立で傷ついた者ばかりだ。
皆、何かしら悩んでいるみたいだった。
特にルリという娘は、俺の力を怖がっているにも関わらず、俺に何か伝えようとしてた。
話くらい聞いてやればよかったのに、俺は冷たくあたって余計に怖がらせちまった。


――馬鹿だな……本当に、馬鹿だ。


俺は何度仲間を傷つけたんだろう。
仲間は、何度も俺を救ってくれたのに。
そうだ、罪歌が愛してると言ってくれた時も、結局は吹っ切れる事ができなかった。
もしかしたら、弟を傷つけていなければ……俺は変われたのかもしれない。
けれどそんな仮定の話は意味がない。
だって俺は、俺を愛せなかったんだから。
俺は俺を信じられなくて、倒れた弟の姿は何度も蘇って俺を責めた。
俺は化物で、俺は力を制御できなくて、俺は誰も愛せない。
だから俺は誰かに愛してもらう資格がない。


――これ以上現実を見ないために、弟の事を思い出さなくて済むように諦めたんだ。


――諦めて、絶望して、自分を憐れんでさえいれば……誰も俺を責めないから。


誰よりも臆病で誰よりも自分が大事だから、俺が大事な人を傷つける事がないように仲間からも逃げた。
敵の声も仲間の声も、聞きたくないと耳を塞いだ。
罪歌が仲間になって、その宿主の娘が仲間になっても。
半人半妖のルリが仲間になって、俺を殺しにきた筈のヴァローナや茜が仲間になっても、俺は仲間達に向き合えなかった。
傷つけたくないからと言い訳をして、俺が傷つかないように独りになろうとしたんだ。


――戻らなきゃ……。


なんで、今まで気づかなかった。
俺は、俺はまだ終わっちゃいけない。


――仲間を、守らなきゃ。


――今度は、ちゃんと、眼を逸らさずに。


だけど……ここは何処だ?
俺はなんで此処にいる?
戻らないとならないんだ。
早く、速く、仲間のとこへ。
危ないんだ。たぶん、俺がいないと駄目だ。
あそこは、城はおかしかったんだ。何かが、何かが。


――そうだ、何度も感じた。


おかしな予感はこれまでも感じた。何度も、何度も。
例えば罠に嵌められる時、例えば傘下のモンスターから裏切られた時。
そしてそんな予感は当たって、当たって、当たるだけ。
予想外の事が起こっても、俺達は負けなかった。
勢力は拡大して、敵は倒れ味方が増えた。
不自然な程。


――嫌な予感は、何度も……


まるで初めから、初めから俺達の運命は決まっているように。
俺は魔王になる事が決まり切っていたように。
錯覚してしまう程に、大きな流れは止まらなかった。
俺は諦めてしまって、おかしいと感じていたのに流れに任せてしまって。
仲間がいたのに。
仲間がいるのに。


――その結果がこれかよ!


自分の愚かさ具合に本気で怒りながら、俺は周囲を見渡した。
そうだ、こんな所にいる暇はない。
どこだ、どこへ行けばいい?俺はどうすれば戻れる?
どうすれば……

そこで、ふと気付いたのはさっきの淡い光だった。
温かくて、やわらかい光。
優しくて、仲間を思い出させてくれた光だ。
自分が沈んでいるのか浮上しているのか、そんな事も解らないが、俺はゆっくりと光に向かっていく。
もがいても遅々として進まない自身に苛立ちながら、少しずつ少しずつ光に近づく。
変えるんだ、帰るんだと。


――仲間を守るんだ!
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