drrr 長編

□savedata14
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――俺は勇者、 あいつは……――






昔の事を思い出していた。
いや、思い出すなんて生易しい感覚ではなく、血の臭いも傷の痛みも何もかもが生々しくに感じられる。
何より眼下に倒れ伏す弟の姿が、やけに鮮明に映って……。


――……夢……か?


目覚めたら日は頂上を通り過ぎていて、もう日暮れが近い頃合だった。

「あー……嫌な事思い出したな……」

城内はどこもかしこも浮き足立っていて落ち着かないからと、外の木陰で寝てしまったのが悪かったのだろうか。
非常に夢見が悪かった。
とうの昔に過ぎ去った忌ま忌ましい過去の出来事。
消したくても消せない、直したくても直せない、自分の罪。
あんなに鮮明に夢を見たのは久々で、背中にはじっとりと嫌な汗をかいていた。

「……あいつが変な事を言うからだ」


――過去からは逃げられない。


朝に出会った、妙なモンスターが言った台詞。
それが頭から離れなかったから夢を見たのかもしれない。
なんだか妙に頭が重く、身体の動きも鈍い。まさか風邪をひいたのだろうか?
それは有り得ないなと内心つっこみながら、鈍い身体に喝を入れるべく、勢いよく起き上がる。
すると背後から、あっという間抜けな声がした。

「あん?」

怪訝に思って振り返れば、異様に目立つ白衣の男が……一目散に走っている姿。
どう見ても、自分から逃げている。

「……オイオイ」




「痛い痛い痛い痛い!やめて!頭、頭はまずいか……らぁ!」

「五月蝿い」

「あぎゃー!ごめんごめんなさい逃げました許してください!」

「フン」

あっさり捕獲された男は見知った存在だった。
初対面の俺を解剖したいなどとほざいた事もある変態闇医者だ。
やかましく喚くから手を離してやれば、あぎゃっ!なんて奇声をあげながらそいつは地面に落下する。

「お前、なんで逃げんだ?つかここで何してた?」

「痛たたたっ……んもう酷いなあ。僕はセルティ以外からの暴力は受け付けてないってのに」

「なーんーでーにーげーたーのーかーなー?」

「えごあっ!ちょっぐ……!ぐびはやめてー!」

「ったく、こっちは唯でさえ気が立ってるんだってのに、俺を苛つかせてんじゃねえ」

「いやいやいやいや!君が勝手に追い掛けてきたんで……分かりましたすみません謝るから!握り拳をつくるのはやめて!」

「だったらいい加減、俺の前で減らず口を叩くのをやめろよ……新羅」

この闇医者――新羅はとにかく余計な一言が多い。
なんだかんだで医者として世話にもなっているし、嫌いでないから暴力をふるいたくはないのだが、こいつは会う度に俺を怒らせては殴られている。
いい加減、懲りてほしい。

「んで、なんでこんな所にいんだ?あんま外に出ないんじゃなかったけか?」

「薬草!薬草を採りに出てたんだよ!」

「薬草?」

特に草なんて持っていないし、いつもにも増して挙動不審が目立つのだから、正直信用ならない。
こいつは悪い奴ではない。
だが毎回俺に解剖させてほしいと迫り、隙を見せれば怪しい薬を飲まそうとする、ある意味モンスターより危険な存在だった。
それなのにこいつは今、明らかに俺から視線を逸らしている。
怪しいだろ。

「なんか隠してないか?」

「そんな滅相もない!これから入り用になるから、本当に薬草を採りに来てたんだって」

「勇者達が来るからか?」

「そうそ……え!?なんで知ってるんだい!」

薬草という単語にぴんと来て問えば、新羅は大げさなほど驚いた。

「なんでって、普通に聞いたんだよ……」

「うわぁ!君の耳には入れないように気をつけてたってのに!」

「は?なんだそれ?」

つまりは勇者達の事を俺に隠していたのか。
カチンときて胸倉を掴み上げると、新羅は慌てて弁解してきた。

「だって勇者達が来るなんて君が知ったら、大変な事になりそうじゃんか!」

「……ちっ」

こいつの言う大変がどういう意味の大変かは気になったが、実際その心配はもっともな事だった。
勇者が来ると知って俺は落ち着きを無くしていたし、認めたくはないがアイツに会っていなければモンスターの一匹か二匹、八つ当たりで潰していたかもしれない。
……つまりはモンスター側が大変になるって意味だよな。

「ごめんね、隠してて。とにかく君に負担は掛けないようにするから」

「…………」

本気で申し訳なさそうにする新羅に怒りは萎えていき、胸倉を掴んでいた腕も放してしまった。
同じ人間の新羅が頑張って準備に追われている中、確実に騒動の中心にいなければならない筈の自分が除け者にされている。
それはどう考えてもこれまでの自分の行いが悪いわけで、同時に新羅達の気遣いでもあるし、実際好き好んで協力はしたくはないのだが。
それでも、腑に落ちるわけがない。

「それじゃあ、私はそろそろ戻らないと」

実際に忙しいのだろう、新羅はそそくさと立ち去ろうとするのだが、俺はその背中を呼び止めた。

「なぁ――」

こんなに誰かを呼び止めたのも初めてだと、どこか他人事のように思った。






勇者達は今夜ここに辿り着いてしまうらしい。
さっきの闇医者の話ぶりからするに、俺が思っていたよりも事態は深刻らしかった。
数々の罠はあっさり躱され、勇者達の足取りさえ上手く掴めていないらしい。
唯でさえ奇襲じみた話だったのに、勇者達は予想よりも半日以上早く城に着いてしまうというので、城のモンスター共は上から下への大騒ぎだ。
自分は一応味方である筈なのだが、下級のモンスターは俺を恐れて近づかない。
話が通じる幹部達は、それぞれ隊形を組んだり罠を張ったりと忙しいらしいから話もできない。
だから城中大騒ぎだっていうのに、自分は夕日を見ながら一人ぼけっと煙草をふかしているのだ。
自分自身の微妙な立ち位置のせいだが、正直気に喰わねえ。

そんな事をぼやきながら、俺は城から僅かに離れた森の入り口にて――勇者一行が来るのを待っていた。




――えええええ!?きっ君が勇者達と闘う!?

――おう。ちょっと行って追い払ってくる。

――いやそんな軽く言われても困るよ!

――あ?駄目なのか?

――駄目というかなんというか、君が動くと、善くも悪くもモンスターに……というより城に被害が出るから、勘弁願いたいかなぁぁあああって!やめてぇえ!引っこ抜いた門灯を僕にかざすのは!その妙にスレンダーなシルエットはしかして振り下ろせば棍棒より遥かに破壊力があるがしてぇぇえええ!




本来なら俺は戦いに出てはいけなかったらしい。
周囲のモンスター共から信用されていないからだ。無理もない。
何より、俺が闘えば城が壊滅する恐れもある。
それは紛れもない事実だから、なんというか申し訳ないなと思う。
なのだが、結局俺は戦いに来てしまった。


――君を見張っておくよう頼まれた身としてはうんとは頷けないんだけど、まぁ止めても無駄だろうしね。諦めて君の武運を祈っておくよ。


最後には半泣きになりながら、くれぐれも城は壊さないでくれと懇願してきた新羅の姿が浮かぶ。

「ホントに信用ねえよな俺……」


先程も森で見回りをしていたモンスター共は、俺を見るなり走り去ってしまった。
どうせ邪魔だから追い払うつもりだったが、声を掛ける前に逃げられてしまい、いっそ虚しくなってきた。
確かに自分は危険人物だしモンスター共と馴れ合う気はないが、味方として人間と戦うと決めたのだから、もうちょっと何かないのかと思ったのが本音だ。


――それにしても、なんで君が?あんなに人間と戦うのに難色を示してたじゃないか。


とはいえ、確かに俺が自分から戦いに出るなんてらしくない。
新羅も俺の心変わりが信じられないようだった。

「なんで……だったんだろうな」

自分の事なのに、何度考えても明確な答えなんて出てこなかった。
今朝初めて会ったばかりの、失礼で胡散臭くて信用ならなくて会った瞬間から大嫌いになったモンスター。
そんな奴の為に、どうして自分は、本当に、何故、人間を裏切ろうとしたのだろうか。

――どうして、俺は……?

そんな事を考えているうちに、辺りはすっかり赤く染まっていった。

「そろそろ日が沈むな」

見上げた空は赤く、まるで忌まわしき炎のように俺の周囲を赤で囲む。
ここの夕焼けはあまり好きではなかった。
元々赤い空は苦手だ。赤、それは燃え盛る炎を思い出させる。
今ならそれが過去の出来事を彷彿とさせるからだと判るが、普段は何故そんなものを連想するのか、その炎の正体を思い出したいような思い出したくないようなあやふやで不安定な気持ちにさせられる。
それだけでも不快だっていうのに、ここの夕日はそんな感傷にひたる暇さえ与えてはくれない。
ここは周囲が山に囲まれているから、夕日は早く沈んでしまう。
赤く染まったと思えば、すぐに日は沈んで夜になる。
それがまるで、闇が迫って来るようで、妙に追い込まれるような感じがして嫌だった。
俺の葛藤も何もかもを闇が呑み込んで、抗えない大きな力に翻弄されてしまうような、変な錯覚を覚えてしまう。
だから俺は、ここの夕日があまり好きではない――嫌だった。


だというのに今、夕焼けに染まる世界は俺を優しく包み込んでいる。




――なぁ新羅……お前も俺と同じ国の出身だよな?

――そうだけど、それが何か?

――いや、ちょっと訊きてえ事があってよ。……イザヤってどんな漢字書くか知ってるか?

――イザヤ?……君、折原君に会ったの?そうか、それで…………まったく侮れないなぁ彼は。

――知り合いか?

――ちょっとね。あの反吐が出るほど嫌な奴でしょ?変わり者で有名だよ。彼はね……




夕焼けを眺めながら、新羅との会話を思い浮かべる。
今日は何故だか赤く染まる世界が嫌ではなかった。
妙に心が落ち着いている。
考え事が出来るくらい心は静かで、時がゆっくりと移ろいでいる気がする。
あんまり穏やかで、満たされていて、夕焼けをもっと見ていたいとさえ思う自分がいた。
何故だろうと考えながら、どんどんと深みを増す赤を眺めているうち、あの紅い双眸が脳裏に浮かんできた。

「嗚呼……あいつの眼と同じ色か」

――って何考えてるんだ俺は!

はっと我に返るも、一度浮かんだ紅の瞳は記憶から消す事は出来なくて、それどころかますます鮮明に輝きだした。
実際は赤茶色の瞳で罪歌みたいに真っ赤というわけではなかった。
しかし光を浴びて煌いた紅が、一瞬強い光を帯びていて、その眼に見つめられれば身動き出来ない程に見入らされてしまう。
その眼と対照的に全身が黒ずくめで、だからますます紅い双眸が印象的だった――

そこまで考え、ああそうかと納得する。

「俺の眼を見て話す奴、久しぶりだったな」

強すぎる力は忌み嫌われ、いつしか誰も俺と眼を合わせないようにしていた。
俺自身、人を避けていた。
最近まともに喋った人間なんて、あの変態闇医者しかいない。
その変態ときたら俺の異常な身体にばかり眼を向けるやがるし、さっきなどは隠し事をしていたからか、やはり眼を合わせなかった。
だから、俺も誰かの眼を見る事は久しぶりだった。

「あーなんだ……」

日が沈んだ。
相変わらず忙しない黄昏時は終わって、早々に夜が来る。

「こんなんでいいのかよ」

闇が来る。

「我ながら単純だな、オイ」

闇色、それはあいつの色だ。




――臨む者って意味で字を当てて、イザヤと読ませてるんだよ。ほら、こういう字さ。




「……臨也」


臨也。折原臨也。


覚えたばかりの名を口にすれば、妙にこそばゆい感触がした。
まるで黒い衣が世界を包むように、全ての境界線をあやふやにさせてしまうように、世界が穏やかで柔らかい。
ふわふわと感覚が鈍くなるようで、自分でも浮ついてるなと自覚している。
けれどそれが不快ではなくて、すごく、なんだか、妙に――あったかい。


「いっちょ、やってやっか」


俺は今日、久々に心の底から笑った。
自分の中にあったはずの躊躇も後悔も拍子抜けするほど消え失せてしまった。
瞼を閉じれば、人間が大好きだという変なモンスターの姿が浮かぶ。
人をおちょくったかと思えば急にまじめな話をして、かと思えばわざと人をキレさせた嫌な奴。
そいつは俺から眼を逸らさなかった。
それで、充分なんだ。
そんな簡単な理由でいいんだ。
自覚してしまえば気恥ずかしくて、けれどなんて楽なんだろう。


赤、それはあいつの紅の色と同じだ。
闇、それはあいつの存在そのものだ。

俺はその紅に見入って、闇に呑まれた。

だったら俺は、どこまでも――




「要は手前らを城に入れなきゃいいんだろ?」


正面に現れた数名の人間。
あれほど戦う事を躊躇していた筈の人間達を目の前にしても、俺の心は晴れやかだった。
知らず笑みが浮かぶ。


勇者の行く手を阻むなど、なんて悪役らしいのだろうか。
全ては自分で選んだ事だ。

だったら俺は、どこまでも――責任もって闇に堕ちてってやろう。







――闇に堕ちた先、あの胡散臭い紅と逢えればいいと願った。







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