drrr 長編
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彼は普通の少年だった。
けして王様の子供でも騎士団長の子供でもなく、かといって冒険の出発点と成り得る辺鄙な農村の出身というわけでもなく、小国の中ではそれなりに発展した町に生まれ住む、なんの特徴もない少年だった。
強いてあげれば生まれつき少々力が強いが、それも異常な程ではなかった。
優しい両親と利発な弟に囲まれ、彼は特に不自由なく穏やかに生活していた。
彼は争い事が嫌いで、家の手伝いを好んでするような心根の優しい少年だった。
たとえば勇者となるべき存在がいたとして、そんな存在とはなんの接点もないまま、町民BかCとして話を掛けられるかもしれない、そんなモブキャラにしかなりようがない少年だった。
「俺が勇者やるんだ!」
「僕がやる」
きっかけは些細な喧嘩だった。
どちらが勇者役をやるか、そんな可愛らしい内容から始まった口論。
普段なら良い役は兄に譲る弟が、珍しく引かなかった事。
そんな些細な理由がきっかけで、彼の異常な力は発動した。
結果として弟に危害は及ばなかったが、彼自身は自らが持ち上げた重量物の重みに耐え切れず大怪我をした。
その時持ち上げたのは、丸々と太った豚。
まだ笑い話で済んだ。
だが彼の力はその後、留まる事を知らず。
豚はやがて馬になり馬車になり、大木になり。
ついには物見矢倉までも持ち上げるようになった。
その異様な怪力が原因で、彼は徐々に周囲から疎まれるようになる。
周囲からの奇異の目に少年の心は何度も傷ついた。
それでも町は変わらず発展し続け平穏で、彼は優しい家族のおかげで変に捻くれる事はなく成長した。
「俺、町を出る」
彼が弟に告げたのは18歳の時。
「田舎に行って開墾作業をするわ。それだと俺の力は重宝されるし、結構な稼ぎにもなる」
それは確かに事実であった。
厳しい開墾作業は力仕事が必須で、試しに手伝いに行った際、彼の怪力は重宝された。
「でもモンスターに襲われるかもしれない」
それもまた事実。
近年益々凶暴化したモンスターは、辺境の人間をよく襲っていて、開墾作業は危険と隣り合わせでもあった。
「俺はモンスターなんかにやられないって知ってるだろ?心配すんなって」
自分を心配してくれる優しき弟に、彼は照れ臭そうに笑いかける。
「……そう」
弟は彼がモンスターに倒される事を心配しているのではない。
彼がモンスターと闘う事でより力が強くなり、その結果から彼が一層人間と距離を取ろうとするだろう事を危惧していたのだが、彼は気付かない。
「そういやお前、今度はついに主役なんだろ?どんな役なんだ?」
「吸血忍者カーミラ才蔵」
「なんだそれ?」
劇団員になった弟の邪魔をしたくない、それが彼の願いでもあった。
それ故に人から離れて生活しようと決心していた。
「せっかくの主役だってのに変な役だなオイ。もっとよぉ、王子様とか勇者とか、カッコイイ役にしろってのに!」
「……そういうのなら、兄さんの方が似合うと思う」
「ハハッ俺の柄でないな」
彼は心底そう思って言った。
「……でも兄さんは俺にとって勇者だよ」
「…………」
弟もまた、心の底からそう言った。
彼は野心を抱かず、自分の力を試そうともせず、けれど見知らぬ人間を救おうとも考えず、ただひそやかに生きてゆく筈だった。
町民Bが村人に変わるか、あるいは木こりか猟師に変わるか。
結局はモブキャラとして、当たり障りのない人生を歩む筈だったのだ。
彼らが住む町が、モンスターに襲われるまでは――……
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彼の眼の前に広がるのは、見渡す限りの赤、赤、赤。
それは彼の周囲を囲む朱い炎であり、それは彼の足元に広がる怪物共の赤い血反吐であり、それは彼の視界を覆う彼自身の紅い血液であった。
けれど今現在、彼の眼は視界を埋め尽くす筈の赤は入らず、ただ一点――ただ一人しか映らない。
「……幽」
彼の弟が倒れている。
弟の幽が倒れている。
「幽……幽……!」
木材の下敷きになって、地面に倒れ伏す弟の姿。
その周囲には彼によって倒されたモンスターの群れ。
モンスターはもういない、なのに弟は倒れている。
「ごめんなさい……ごめんな……さい」
弟の傍らには、啜り泣きながら謝る少女の姿。
見知らぬ少女を庇って、弟は押し潰されたのだ。
崩れ落ちた木材はモンスターの仕業ではない。
「ぁ……あ、ぁ……あああ」
弟が血を流して倒れているのは、モンスターのせいではない。
「ああああああああああーー!!」
彼の暴力によって、弟は倒れた。
彼の故郷は彼の手によって守られた。
けれど化け物の魔の手以上に、彼の手が破壊した。
この後、彼は人知れず町を出て放浪の身となる。
逃げるように、逃げるように。
そして彼は人を襲う怪物共を倒して回り、何度も何度も何度も何度もその手を血で染める事となる。
時に人から救世主と謳われ、それ以上に異端として恐れ疎まれながら。
それでも彼はモンスターを追い続け、ただ孤独な存在として闘い続けた。
そんな彼の背に、黒い影が――……
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ピーー!
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「……残念、もう起きちゃった」
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「さて……ラストステージを始めようか?」
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「シズちゃん」
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