drrr 長編

□savedata13
4ページ/8ページ

 




それは俺にとって最高に胸クソ悪くて、腹立たしくて、なのに何故か手放し難いひと時だった。
こいつはやっぱりウソ臭くて、妙な違和感を始終感じた。
でも、ざわざわとした悪寒のような何かを感じながらも、こいつを馬鹿にして、暴力を奮って、……時折互いに笑って。
他愛もないやり取りが、不思議と心地よかった。
こいつは俺にとって、きっとどうしようもなく相容れない存在なんだろう。
それでも、俺達は、確かに一時笑い合った。

――笑い合ったんだ。



けれど、その時間を不用意に現実に戻すのもまた、こいつ。

「あーもー意地悪だなあ君は!いっそ勇者に退治されて来れば?なんだったら、元勇者殿にお目通りしてみたらどうかな。敵だったよしみで、心よく退治してくれるかもよ」

勇者。

忘れていた言葉。
これまで自分ではあまり気にしてはこなかった、けれど自分と切っても切り離せなかった言葉。
そして今は耳にするだけで胸がずしりと重くなる言葉だった。
勇者――今もここに向かっている人間達の存在を、自分の選択の結果を思い出した。
思い出さずには、いられなかった。

「あれ?どーしたの黙りこくって。ああ……もしかして以前勇者と闘ったり、恨みまくってたりするのかな」

勇者。
俺はそんな存在と闘った事なんて唯の一度もなかった。
その称号を、存在を恨んだ事もなかった。

「そんなんじゃねーよ」

「そう?でも浮かない顔してる。まっこの城で勇者に好意的な存在なんているわけないしね」

俺は勇者なんかと闘った事なんて唯の一度もなかった。
人間と闘った事なんて、唯の一度もないんだ。
むしろ勇者なんて称号に憧れていた時期もあった。
だから、決して、勇者を恨んだ事はなかった。
でも今は、決して好きにもなれない。
きっと、相容れる事はない。

俺は一度空を仰ぐ。
どこまでも透き通る空の下、今も現在の勇者がここに向かってるのかと考えた。
人間が、モンスターと戦いにやって来る。
そんな緊迫とした状況なのに空は変わらず、ただ青かった。

「……手前もモンスターなんだったら、勇者が憎くてたまんねぇんじゃないのか」

そう問うたのは半ば皮肉。
自分自身で選び取っておきながら、人間と戦う覚悟も出来ていなかった自分への皮肉だ。

そうだ、どれだけ理想を口にしたって現実は決して甘くはない。
例え一部のモンスターと人間が愛し合っていようとも、そんなのお構いないに戦争は続く。
モンスターは人間を、人間はモンスターを憎んで、それはきっと永遠に変わらないんだ。
だって、俺もまたモンスターを憎んでいるのだから。

自嘲ぎみに笑いながら、俺は黒衣のモンスターに視線を戻す。
こいつはぺらぺらと勇者や人間に対して辛辣な事を言うのだろう。
そんな予想をしながら、こいつを見た。
だが予想に反して、こいつの顔は憎しみなんて浮かんではおらず、飄々としたまま笑っていた。

「別に?俺は結構好きだよ勇者。なんかカッコいいし」

そしてしれっとしたまま、モンスターとしてありえない事を言った。

「……お前ふざけてんのか」

「まさか。俺はいつだって本気だよ」

どこが本気なのかさっぱり分からない口調のまま、こいつはぺらぺらと勇者の話をしだした。

「まあ元は敵だし、いきなり寝返ったってのも信用ならないのは確かだよね。会うのは勘弁かな。なんだかんだで実力はあるみたいだし、危ない橋は渡りたくない。でも興味はあるよ。もしかしたら人間側のスパイか。スパイだとしても、何故よりにもよって勇者なのか。なんて考え出したら止まらない!もっとも、今は幽閉されているのかどうなのか。彼は表舞台にさっぱり出てこないから、どんな人間なのか解らないんだけど。だから今も、頑張って情報集めてるところさ」

あんまりすらすら喋るから、どこで息継ぎをしているのかさっぱり分からなかった。
だがこいつが勇者について興味津々なのだと、それが本心だとは十分わかった。

「手前は……なんでそんなに勇者に興味があんだ。普通、お前らは勇者なんて……人間なんて」

モンスターは勇者など、人間などに興味は抱かない。


「大嫌いだろ」


モンスターにとって、人間はただの敵でしかない筈だ。






「人間を愛してるから」






返ってきたのは、やたら爽やかな声だった。

「は?」

こいつがさらりと言った内容はあまりに突拍子もなさすぎて、思わず間抜けな声を上げてしまった。
軽やかな、けれどいっそ厳かだとも感じられる声音。
そして俺を見遣る眼差しも穏やかで、嘘を言っているようには思えなかった。
けれど、ありえない。
人間をアイシテイル。
そんな筈はないんだ。
これは聞き間違いだと、脳が今しがた聞いた言葉の受け取りを拒絶した。
モンスターが人間を好むなんてそもそも考えられない。
稀に人間と友好的なモンスターもいるが、言った本人はこんな性悪だ。
さっきまでの非道で腹黒い態度や性格からいって、どう間違っても愛なんて言葉は浮かんでこない。
だがこいつは困惑する俺などお構いなしで、恍惚とした表情を浮かべて言い放った。


「俺はね、人間が好きで好きで堪らないのさ!」

「……!」

「人間は興味深い。ひ弱なくせに誰かを守ろうとしたり、かと思えば裏切ってみたり……。人間がつくる世界は滅茶苦茶で矛盾だらけ。モンスターなんかと違って、予想外の行動ばかりでほんっとうに目が離せないよ!こんなに面白い存在、他にはないね。人間ってサイコー!俺は人間が好きだ!愛してる!」


よくよく考えれば褒めてるんだか貶してるんだか分からないような発言だ。
それにどう考えても、世間一般の愛から捻じれまくった感情。
それでもこいつは、さっきまでのどこか胡散臭い気配を吹き飛ばすほど、楽しそうに、楽しそうに。
まるで子供みたいに瞳を輝かせながら、人間が好きだと言った。


「人間の事、俺は知りたくて知りたくて仕方がないんだ」


無邪気に言い放たれた言葉に、次第に俺の鼓動が高鳴っていく。
喉が渇いて、何度も何度も唾を飲み込んでも落ち着かない。
なんでこんなに動揺しているのか、自分でも不思議だった。


「だから俺は勇者も愛してる」


違う、これは動揺しているんじゃない。
無意識に、期待してしまったんだ。


掲げながら、どこか他人事のように思っていた理想。
この立場を選択した日に微かに望んで、けれど内心では諦めていた願望。
仮に理想が叶ったとしても、自分には当てはまりようもないと感じていた。

けれど、もしかしたら。こんなに相性の悪い相手だとしても。
もしかしたら――。
そんな漠然とした、言葉にもならない期待。
それでも遂に沸き上がった衝動のまま、俺は目の前の男に声を掛けようとした。
口を開く。
息を吸う。
そして――……


「だって人間のくせに人間を裏切った勇者なんて、格好の観察対象じゃん」


沸き上がる何かが言葉となる前に、目の前の男が言葉を紡いだ。
それを聞いて俺の心臓は一際大きく鼓動し、そして、止まった。
比喩ではなく、一瞬全てが制止した。
まばたきが、呼吸が、鼓動が。
音が、風が、大気が。
思考が、感情が。
警鐘を鳴らし続けていた本能さえもが。
全てが等しく制止し、一瞬全てが消えた。


「人間であるはずの彼が、しかも勇者が、単身で魔王軍に寝返った!人間が人間を裏切る!どんな心理だったか知りたくて知りたくて仕方がないよ」


空気さえも音さえも止まった世界の中、動いていたのは目の前の男だけ。

興奮した表情。高ぶった声。
楽しそうに、愉快そうに、笑うこいつの唇。
それが、酷く歪んだ弧を描いている。


脳がそれを認識した瞬間、俺はこいつに殴りかかっていた。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ