drrr 長編

□savedata13
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それは魔術師がよく着ている黒いローブだった。


「ああ間違えた」


軽い響きのその声は高いが男のものだ。
黒いローブを着た男が俺の眼の前にいた。


「もう朝だから」


フードを目深にかぶっているため表情は見えない。
そう思った時、一陣の風が吹いた。

パサッ

フードが外れて現れたのは、紅い眼。


「――――ッ!」


ぞくりと背に何か電流のようなものが走る。


「おはよう」


朝日を浴びながら、そいつはおどけた調子で笑った。





見た事のない男だった。
魔王のエリアにいるということは、間違いなく人間ではないのだろう。
現にこの男から感じる魔力は人間離れしている。
モンスターは千差万別。俺が会ったことのないモンスターなどまだまだいるだろうから、見知らぬ相手だからって問題はない筈だ。
だがモンスター相手に警戒心を持つ必要はもうないのに、俺の本能は警戒音を鳴らす。

直感。
予感。
確信。

この男は敵だと。
天敵、宿敵、そんなどうしようもないまでに敵なのだと認識する。
そう、眼の前にいる男はワルイモノだ。
吐き気をもよおすような嫌悪感が、その考えを後押しする。
本来ならば直感で殴り飛ばしていなければならない筈、いや普段の自分ならとっくにそうしていた。
けれど体が動かない。
警戒音が鳴りっぱなしなのに、眼の前の男から眼が離せない。
本能さえ忘れてしまうほどに、ひたすら男を見つめていた。


ただ、純粋に、見とれていた。


紅い眼から目が離せない。
血の色のように禍々しい紅が光を全て吸い込むように輝いている。
夜の闇がそのまま融けだしたみたいに黒い髪、色白の肌、弧を描く唇。
まるで人形みたいに整った顔は、朝日を受けて輪郭線が浮き彫りになる。
白い光が煌めいて、まるでこの男自体が光っているようだ。
おはよう、そう言った声が頭から離れない。

おかしい。

異常だ。

危険なのに、胸クソ悪いのに、何故だか眼が離せない。

俺は何か魔法でも掛けられたんだろうか?
そういえば、相手を魅了して生気を奪う性質の悪い魔族がいた筈だ。


「お前、淫魔か?」


俺はあくまで真面目に言ったんだ。
なのに、こいつは。


「それ、口説き文句?」


やたら甘い声で馬鹿にしやがった。

「――なッ!?」

「あれ?照れた?ホモのくせに意外と純情なんだね」

「ホッ!?――誰がホモだてんめぇぇえええ!!」

あまりの暴言に、俺は手近にあった腰くらいまである大岩をそいつに投げつけた。
一瞬やばっと思ったのだが、そいつは軽々と岩を避けた。
そうか見た目はひ弱でも、モンスターなのだから遠慮はいらなかったかと少し後悔する。

「だって男の君から見ても俺に色気があったって事でしょ?そーゆーつもりで見たってことじゃん」

「気持ちワリー事言ってんじゃねえ!んなわけあるか!」

「あー違うんだ良かった!俺戦闘タイプでないから、君みたいな野獣に押し倒されたらどうしようかと思ったぁ。でもそーゆうつもりで言ったんでないなら、初対面でヒトを淫魔扱いするって失礼だよねぇ」

「手前こそ会って早々人をホモ呼ばわりしただろうが!」

「あっは。じゃあ、おあいこって事で」

ね、とこいつは男のくせに小首をかしげてニタリと笑った。


な ん だ こ い つ !


今だかつて、こんなに苛立つ相手がいただろうか。いやいない。
さっきから人を小馬鹿にした態度で、嫌味ったらしい物言いばかりだ。
ああそうか、俺の本能はこれを警戒したのか。
このしょうも無い相手を無視しろと言ってくれていたのか俺の本能!
悪かった。無視して悪かった俺の本能。
悪いついでに頼む、こいつに一瞬でも見とれたりした記憶も無くしてくれ。一生の恥だ!

「だいたい手前はなんでここにいんだ!さっさと消えろ」

「ひどいなー」

奴は憎たらしく唇を尖らせながらも、ひょいっと俺の眼の前までやって来た。








「俺はね、君に逢いに来たんだよ」



上目遣いで俺の顔を覗き込みながら、真顔でそんな事を言った。


「なッ」


予想外の言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
いきなり整った顔がどアップで迫ってきた事にも動揺してしまった。
いや、別にこいつの顔の形はどうでもいいんだが、人の顔が近づいたらドキッとするのは当たり前な訳で。
やっぱり人形みたいな顔だな……でなくて!俺に逢いに来たとか一体……

「なーんちゃって」

「は?」

唖然とする俺に対し、こいつはさっきの真面目な顔を一転させる。

「あれ?本気にした?」

「だっ誰が本気にするか!」

「顔赤いけど?」

「ッ!」

こいつ、絶対に悪魔かなんかの類いだ。
それこそ教会で賛美歌でも歌っているのが似合うような笑顔と声のくせに、人を馬鹿にしたように顔を歪めてこいつはせせら笑っていた。

「ムカつく」

「アハハ。よく言われる。……実際は暇を持て余してて、ちょっと散歩に来ただけさ。こんな非常時に外をうろつく奴が、俺以外にいるなんて思わなかったよ」

「非常時?」

「知らないの?今さ、勇者が攻めてくるからって城中大騒ぎだよ」

「……」

「あっ知っててサボってるのか。別にいいけど、後で持ち場に戻ったら大変だよ。勝手に前線に回されちゃってるかもしれないね」

「興味ねえ。つーか手前もさっさと帰れ。本気でうざい」

「うわっ会って早々嫌われちゃった。君みたいな乱暴者と仲良くなりたくないから良いけど」

「あ゛あ゛?別に俺だって好き好んで暴力ふるってるわけじゃねーぞコラァア!」

「うっそだー!?さっき俺に岩投げつけたじゃん」

「手前がうざい事言うからだろーが!俺は平和主義者だ!」

「いやいや、岩投げつけるとか非常識すぎるし。どう考えてもダンジョンを徘徊してる、冒険者にとって邪魔な戦闘狂でしょ君」

「マジうぜぇえー。やっぱ殺す、めらっと殺す」

極力モンスターと騒ぎを起こさないようにと我慢していたが、流石にもう限界だった。
俺は脇に生えてた木を引っこ抜いて、いざ投げようと構える。

「ほんっとに馬鹿力だなー。見たとこ細身でパワータイプでないのに。君ってどの種族なの一体?それとも階級訊いた方がいい?」

「…………」

「あっ言いたくなかったか。ごめんごめん、ただの興味本位だから。モンスターって結構秘密主義者が多いから、気にしないさ」

微妙に全て上から目線の発言にイラッとしながらも、俺は木から手を離した。
俺の力を見て怯まなかったこいつに驚いたのもあるが、何よりも現実に戻されるような問いで興ざめしてしまっていた。

そうなのだ、俺は本当はこんな奴に構っている場合ではなかった筈だ。
なのに、こんな馬鹿みたいな奴に気を取られて一時でも自分の状況を忘れていたなんて信じられない。

けれど、

――さっきはどうやっても気が晴れなかったっていうのに、いつの間にか吹っ飛んでたな。

正直不快ではなかった。


忘れていた事実はどこか後ろめたく、それを誤魔化すつもりではないが、その元凶に俺も問う。


「そういう手前はどうなんだよ」

「俺?俺の仕事はねー……人を誑かす事?」

「はぁ?」

「君が言ったんだろう。俺は淫魔だって」

「うっぐぅぅ……」

さっき俺が言った事を根に持ちやがって。嫌味な奴だ。

「いいねー淫魔!色目使って舌先三寸、甘い嘘で相手を誘導。美味しい商売だ」

手をぱちぱち鳴らしながら本気で楽しそうに、最低最悪な発言を連発しやがった。

「手前もう黙れ。マジで殺したくなる」

俺が半ば本気で睨みつけるも、こいつは怯みもしない。
それどころか、小首を傾げながら再び俺の顔を覗き込んできた。

「そのわりに君、結構我慢してるけど?」

「……」

「俺の事嫌いなのに、頑張って我慢するんだ?ちょっと意外だなぁ」

「黙れ」

「フフ……平和主義ってのは本当らしいね。それとも、立場上喧嘩は不味いってだけかな」

「……」

「まっ君に襲われないなら何よりだ。実際戦えって言われても困るし」

「ならさっさと消えろ。俺の気が変わらないうちにな」

「あっひどーい、俺に逃げろって言うの。そんな臆病者じゃあないんだけどなぁ。そりゃあ戦闘タイプって訳ではないけど、これでも魔法使えて便利なんだよ俺。五大元素は基より回復・治癒・強化・幻覚なんかはお手の物」


「……そんだけ魔法が使えるってスゲーな」

これには本気で凄いと感じて、ついうっかり反応してしまった。
俺自身は魔法はからきしだし、知り合いも特殊能力は持っててもあんま魔法らしい魔法に縁のない奴らばっかだったから、どうしても魔法使いには興味ってもんがあった。

「君使えないの?」

「うっせ」

「ガチで体力勝負か。戦闘になったらバランス悪いよぉ。あっなんだったらパーティー組む?」

「手前みたいに胡散臭い奴はいらねえ、一人で闘って退治されろ。……つーか、そういう手前もバランス悪そうだぞ」

「残念でしたー。俺は嫌われ者だから、今回の戦いでも皆からひっこんでろって言われちゃったんで戦いません。だからバランス悪くても問題なし!」

「それ自慢になんねえだろ」

「うっふっふ。ぼっちの君に何言われても気にならないよ」

「……でもバランス悪い自覚はあんだな」

「……」

「使い勝手悪いから仲間はずれにされたと」

「うっ」

「ざまぁねえな」

悪態をつきながら、つい笑ってしまった。

「きっ君だって、一人寂しくこんな所にいたくせに!」

「ほっとけ!」




その後もしばらく戯れ言ばかり言うこいつにキレて、暴れて、その繰り返し。

何度キレても、こいつのマシンガントークは止まらなかったからマジでむかつく。
死ねばいいのに。つか殺してえ。


……でもそうやって起こって叫んでおきながらも、時折墓穴を掘って顔を赤くするこいつを見れば、胸がすっとした。
こんだけ苛立ったのは初めてなのに、なんでだ、あんま嫌でなかった。

それにこいつが戦いに参加しないと思うとホッとしている自分がいた。




またしても自分が立場だとか状況を忘れていたという事にも気づかずに、いつの間にか俺はこいつとの会話――というか喧嘩に夢中になっていたんだ。





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