drrr 長編

□savedata13
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不思議なほど心の中は静かだった。
その言葉の意味を理解していたのか、自分でも定かでない。
ただ、嫌だった。
理屈ではなく、嫌なんだ。


「俺が戦う」


こいつが、人間を大好きだと言うこいつが人間と闘うのは嫌だった。
あれだけ過去に囚われていた自分が、意気地なまでに人間と戦う踏ん切りがつかなかった筈の自分が、気付けば自然に答えを出していた。
納得したわけではない。けれど、てめぇの腹よりも何よりも、このモンスターが人間と戦うのだけは納得がいかない。
ましてや、その理由が魔王を守るためだとしたら、絶対に嫌だった。
理屈でない、餓鬼みたいな衝動だ。


「手前が戦うくらいなら」


でも馬鹿で愚かな選択なのだとしても、こいつが勇者に退治されるよりかは、ずっとマシだった。


「俺がやる」





「戦えるの?君が……」


覚悟をこめて言い放てば、奴は無表情のまま口を開く。
その一言は、俺にとって致命傷となった。







「人間の君が」


「――ッ!」


言われた瞬間、驚愕に息を呑んだ。
そのくせ息が吸えなくて、口が回らない。
俺にとって最大の秘密。
けして知られてはならない禁忌だ。
絶対にバレないように、自分の素性は言わなかったというのに!

――なんで、なんで知ってるんだ!

あまりの事態にいよいよ俺の脳はまったく働かなくなる。
そんな俺などお構いなしで、眼の前のモンスターは勝手に語りだす。
今度は少し、笑いながら。

「判るよ。君は人間らしいから」

「なっ」

「言っただろ、俺は人間が大好きだって。伊達に人間観察してきたわけじゃない」

「…………」


――人間らしい?

――俺……が?


さらに襲った驚愕。もはや開いた口が塞がらない気がする。
自分が人間だとバレていたというだけでも大問題なのに、こいつは俺を人間らしいと言う。
そんな事、生まれて初めて言われた。
むしろ化け物と罵られるばかりで、俺を人間扱いしてくれたやつなんて、数える程しかいなかったというのに。
あまりに予想外で、しかも慣れない事態に俺は相当混乱していたんだろう。
何か言わなければならなかったんだろうが、金魚みたいに口をぱくつかせているしか出来なかった。

「それとも、自分が人間だって事は隠してた?まだまだ数は少ないけど、この城にだって人間はいるんだし、あんまり気にしなくていいと思うよ。まぁ大半が何かの傀儡か虜だったりするんだけどね。もしかして君も例のハリウッド――聖辺ルリの虜だったりするのかな?それなら恥ずかしくて言いたくないのも、まぁ解らなくもないな」

固まったままの俺を放っておいて、奴は好き勝手に見当違いな事を言っている。
その様子に、怒りが湧くどころかほっとしてしまった。
少なくとも、こいつは俺の正体にまでは気付いていないと。


「歪みきったこのご時世。勇者までもが人間を裏切って魔王側に降った」

「ッ!?」

と思ったのも束の間。
例の単語を出されて、またドキリとする。
狙っているのか偶然なのか、とにかくこいつは何を言い出すか知れなくて心臓に悪い。

――いっそ問答無用で口を封じるか……

さっきから苛立ちと驚きの連続で、いい加減自分の中に溜まった力の衝動は出たがっていた。
無意識の内に拳を握り締めていて、こいつを殴ろうかと思い悩む。
たとえこいつが魔法で防ぐとしても、俺が本気で攻撃を仕掛ければこの会話は止まる。
もうこいつのふざけた戯れ言を耳にしなくて済むし、苛々させられる事もなくなる。
そうだ、こいつのお喋りは耳障りで、不快で心臓に悪くて好きじゃない。
けれど、

「だから、君がここにいたっておかしくはないさ。ある意味、人間とモンスターの橋渡しとして調度いいんでないの?」

――橋、渡し……?

こいつは嘘みたいにありえない事を、思わず縋りたくなるような心地よい言葉も吐くんだ。
橋渡し――そんな風に考えた事もなかった。
自分の存在に、そんな耳障りの良い役目があり得るのだとしたら……そんな希望が湧いてくる。
こいつの吐く胡散臭い希望を捨てきれず、だから心臓に悪いこいつの語りを止められない。
まるでこいつから踊らされているようで釈然としないが、ぐっと握り拳を抑えた。

「少なくとも、俺の観察対象としては一級品だ」

「……趣味悪りーな」

そんな葛藤の果てにやっと返せたのは、単純な感想のみ。
他にもっと問いたださなければならない事は山程あるっていうのに、情けない話だ。

「そう?俺はこの趣味が気にいってる。だから俺は君に声を掛けたのさ。人間を裏切った君に興味があったから」

「俺は人間を裏切ったつもりはねえんだよ!」

「そうかなー。君や勇者の行為って、世間一般には裏切り行為に相当するよ」

「……ぐッ」

再び湧き上がった怒りの衝動は、またしてもこいつの一言に封じられ、俺の胸を焼いた。
俺の葛藤など知ってか知らずか、眼の前の男はくるくると回りながら上機嫌に笑う。
自分が今、危険な状態にあるという自覚はないんだろうか。わざとらしく俺の顔を見るこいつは、にやにやと笑ったままだ。
本当に――腹立だしい。


「別に認めなくてもいいけどさ。ただ……否定したところで、過去からは逃げられない」


過去からは逃げられない。
その言葉に、一瞬ギクリとする。


「人間好きの魔王と、闇に堕ちた勇者。二人が出逢ったら、どうなるのか……俺は知りたかった」


――違う、こいつは俺の過去を知っているわけでない。

自分が人間である事よりも、自分の正体よりも知られてはならない、口にしてはならない過去の出来事。
それを問いただされれば、きっと俺は、今度こそ間違いなくこいつを殺してしまう。
けれどこいつは話を魔王と勇者に戻して、俺については追求してこなかった。
だから、大丈夫だ。こいつは俺の正体を知らない、俺の過去を知らない。
他人事のままだ。
そう安心して、警戒心が緩んでいった。
いつの間にか心配の理由がすり替わっている事にも気付かずに、いつの間にかこいつを傷つける事を恐れていると気付かないままに、最悪の事態が免れたと安堵してしまった。
だから俺は、その間こいつがずっと、俺の顔を見つめていた事に気付かなかった。
芝居かかった動作をした裏で、俺を探るような眼で見ていた事に、ついに気付けなかった。



「知ったところでどうにもなんねーだろ」

だから安堵して、他人事として適当に言い返す。
すると奴は何故か眼を見張って、一瞬だけ眼を細めた。


「俺さ、もしかしたら勇者が魔王様と似てるのかなって思ったんっだけど……案外君の方が勇者に似てるのかもね」


「はあ?」


何故だかこいつは笑って、そんな世迷い事を言った。


「何ふざけた事言ってんだ?意味わかんねえぞ」


言い返しながら、あんまりおかしくて笑いそうになった。
俺が勇者に似ている。
そして、魔王と勇者が似ている。
……噂話は真実と嘘を織り交ぜるだかなんだか言っていたが、案外的を得た表現なのかもしれない。
こいつの推測が真実とはかけ離れているとしても、ある意味、正解に近かった。
だから、おかしかった。


「ただの思い付きさ。あっそうだ!君、人間だったら今の勇者パーティーを知ってる?」

「知らねえ」

「えー?勇者って言ったら人間の英雄だろう。噂とかないの?」

「興味ない」

「ちぇっ全然情報が集まらなくて困ってるのに。まぁ今の勇者になってから急いで組んだパーティーらしいから、仕方ないんだけど」

「……なんで知りたいんだ?」

「俺の趣味は人間観察だから」

「お前やっぱムカつく」


「俺は君が好きだよ」


「……っざけんな!」


またしても悪戯っぽく笑うこいつに、カッとなって手を伸ばす。
軽く叩いてやろうとしたが、寸での所で逃げられ、さっきよりも距離が空く。
その距離を埋めようと一歩俺が出れば、奴は一歩後ろに下がりながら言った。

「さて、俺はそろそろ行かなくちゃ」

これでも忙しくてね。そう言ってこいつは、またしてもあっさりと背を向けた。

「おい」

咄嗟に呼び止めてしまったものの、別に意味なんてなかった。
ただ呼び止めなければ、こいつは本当にあっさりと居なくなってしまうんだろうと思うと、なんとなく名残惜しいような気がした。
でもそれはきっと気のせいだと思い直す。さっきも似たような状況になった気がしたが、きっとそれも思い違いだ。
こいつなんて、早く居なくなればいいんだ。

「今度はなぁに?」

「あーなんだ?その……」

でも、振り返った奴の顔を見たら自然に言葉が出ていた。
普段は無口な方なのに、今日は不思議なくらい言葉が出てくる。


「名前、教えろよ」


俺がそう言えば奴は一瞬きょとんとして、けれど笑って口を開く。


「人の名前を訊くならまずは自分からでしょ?」


小首を傾げ、挑発するように俺を見上げる。
虚をつかれ、一瞬呼吸をするのも忘れてしまった。呼吸が止まったのも何度目だろう。
名前。自分の名前。
その切り替えしには正直悩んだ。


「…………」


けれど、悩んだのも一瞬だけ。


「静雄。平和島静雄だ」


こいつは、俺の事を詳しくは知らない。
俺の名前を知らないなら、言っても問題はない。
よしんば、俺の正体に気付かれたとしても、それがどうしたというのか。
興味があると言っていたのはこいつの方だ。
精々驚いて、間抜けな面を拝ませてくれれば面白い。
そう期待を込めて名乗り上げれば、眼の前の男は驚いたように眼を見開いていた。


「なんか文句あんのか?」


考えてみれば、こいつが俺の言葉に驚いて眼を見張るのも何度目だろうか。
そんなにおかしな事を言った気はしないが、随分面食らっていたような気がする。


「いや……その苗字を先に名乗る言い方、君も東方の出身なのかって驚いただけ。君は綺麗な金髪だから」


どうやら俺の名に聞き覚えはなかったようだ。
ほっとしつつも、少しだけ残念に思う。
もしかしたら、俺は俺の正体に気付いて欲しかったのかもしれない。……馬鹿げた考えだ。



「俺はイザヤ。折原臨也」



丸くしていた眼を三日月型に細め、こいつもそっと名乗った。


「……イザヤ」

イザヤ。
同じ東の出身にしては聞き慣れない響き。
イザヤ。
けれど、すとんと耳を浸透していって、ああこいつに似合うなと、不思議と納得する。


「じゃあ、そろそろ行くよ。シズちゃん」

――?

今なんて言った?


「ちょっと待て!今なんつったお前」

「え?なーにシズちゃん?」

「それだ!まさか俺の事じゃねえだろうな」

「そうだけど?静雄ならシズちゃんじゃん」

「ふざけんな!」

「ハハッ似合ってるよ」

「てめっ」

またしてもおちょくられた。
怒った俺はこいつのフードを掴もうとしたが、あっさり避けられてしまう。
その時やっと気付いたが、いつの間にかさっきよりも距離が空いていた。


「平和島静雄。穏やかで良い名前だ」


「そうか?」


「うん。優しい君にピッタリだね」


「――ッ」


笑いながら言ったこいつは、そのままくるりと背を向けてしまう。
結局こいつは、どうあっても一定の距離を絶やさなかった。
このまま立ち去る気だろう。


「…………」


名前が似合うなど今まで一度も言われた事がなくて、だから、きっと、それはこいつお得意の冗談なのだろうが、それでも。


「待てよ」


やっぱり離れがたく感じてしまった。
思い違いでなく、本気で、離れたくないと。


咄嗟に手を伸ばした。
だが奴の周囲に強い風が覆いだし、届かない。



「また逢えるよ」



最後に奴は俺を振り返る。






「だって君は――で」




風が巻き上がり、もう奴の声も俺の耳には届かない。








「俺は――だから」




イザヤはもう一度こちらを振り返りながら、何かを言った。
その表情さえ竜巻に包まれて俺に届かないまま、あいつは風と共に消えた。








――闇ちし 孤独と出











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