drrr 長編
□savedata13
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「なぁ、もしかしてよ。……もしかして、手前の魔法なら、勇者達を眠らすとか遠くに吹き飛ばすとか、闘う前にどうにか出来たりしねえか?」
思いつきで発した筈の言葉は、俺の期待をどんどん膨らませていく。
――もしかしたら、人間との戦争を避けられるかもしれない。
こいつを引き止める為の方便ではなく、こいつの魔法を見てから、無意識に抱いてしまっていた期待だった。
「出来ないよ」
間髪入れずに返ってきた答えは、思いのほか真面目な声。
「魔法は決して万能じゃない。君は魔法に疎いから解らないだろうけど、俺程度の魔法なんて、トップクラスの魔道士だか魔術師だかがいれば、簡単に防がれちゃうさ」
「……そっか……悪りぃ、変な事訊いちまったな」
淡い期待は打ち砕かれた。
元からそんな甘い幻想、期待してはいけなかったというのに。思いのほか気分が重くなった。
「人間と戦うのが嫌なの?」
「…………」
人間との戦争。
それを否と言うのは、俺の立場上許されない事。
いや、立場の問題でなく、俺自身が選んだ道を否定なんて今更できない。
だからずっと、言葉にはしなかった。誰にも自分の思いは告げず、そんな思いすら抱かないようにと自分で殺してきた。
でも殺しきれずに、腹ん中のドロドロした鬱憤と憤りだけが高まって、爆発するのを抑えるので精一杯だった。
けれど、それは。
「ああ」
こいつと喋っているうちに吹き飛んでいた。
どこまでも馬鹿正直に自分を晒せば、俺の答えに眼の前の男は眼を見開き、そして眉を寄せていた。
そんな顔など見ていたくなくて、視線を逸らした。
「……悪りーかよ」
モンスター側にいる俺がこんな事を言うのだ。
いくら人間が好きなどとふざけた事を言うこいつでも、呆れたのかもしれない。
それは承知の上での発言だったが、少し寂しく思った。
誰にも言った事のなかった自分の本心。弱音。
僅かにでも晒した自分の弱い心。それを否定されるのは、正直堪えた。
「んーん。驚いただけ」
けれどこいつは、どこまでも俺の考えを裏切る。
「俺とおんなじだから」
ハッとして顔を上げれば、こいつは悪戯っぽく笑って俺を見ていた。
「ホントやんなっちゃうよ!俺は多勢に無勢だってのに、しかも相手が愛すべき人間とか、いっそ拷問だよねコレ。闘いたくないなー」
「……そうかよ」
こいつは散々俺の期待を打ち壊しておいて、さらに俺の予想をぶち壊す。
悪くも……良くも、だ。
否定される事を恐れていた筈の俺は、明らかにそりが合わない男から、大嫌いな筈のモンスターから受け入れられた。
簡単に。あっさりと。
あまりの簡単さに、いっそ笑いたくなった。
ここ最近の俺の鬱憤が馬鹿みたいで、一気に肩の力が抜けた。
こいつのムカつく声まで心地よく聞こえるほどだ。
「なに笑ってんのさ?」
「別に」
「ふーん。人が折角アドバイスあげてたってのに、聞いてなかったんでしょ?」
「あ?なんか言ってたのか、悪い」
「……やっぱり君も充分失礼だよね。まあいいや、とにかくひとつ忠告してあげる。君は魔法に耐性がないんだから、勇者達に遭ったら魔法使いには気をつけなね。パーティーに一人はいるだろうから。俺みたいに真っ黒なローブを着た人間は、問答無用で潰しちゃいな」
「人間と闘う気なんてねえ」
「そうだけど、流石に城に攻め込まれたら、闘わないといけないでしょ」
「……それは、そうだけどよ」
――それでも人間と闘いたくない。
一度認めてしまえば、案外精神なんて脆いもんらしい。
人間の敵である魔王の居城にいながら、戦争の当事者でありながら、いまだに人間と闘う覚悟が決まらない。
自分でも歯がゆく思うが、それでも闘うと決めればいよいよ人間を裏切ってしまうようで、頷く事が出来ないでいる。
「なら逃げちゃえば?」
「……逃げるとかも、ありえねえな」
「もーどうするってんの?まあ、奥にいれば大丈夫だろうけど。せめて退治されないように気をつけてよね」
軽く言い放ったこいつに少しむっとしたが、案外気は緩んだ。
殺伐とした状況にいる筈なのに、こいつには緊張感がない。
きっと実際には闘わないからなのだろうが、勇者達との戦いから離れた存在というのは、今の俺にはありがたかった。
だからつい、余計な軽口をたたいてしまっていた。
「それは手前もだろうが。つか手前こそ奥にすっこんでろ。んで毛布にくるまって震え死ね」
「あっは!その発想ウケるね。でも駄目、俺は闘うから」
「なに?」
「俺は人間と闘うよ」
「――!」
――嘘だろ!
また戯れ言かと思ったが、こいつは静かな眼をしていて、嘘や冗談には思えない。
「手前こそ逃げりゃあいいだろ。そんな、敵わないってわかってんならよ!」
――俺程度の魔法では敵わない。
さっき自分で言っていたのだ。
いくら俺の力を防ぐほどの腕前でも、多勢に無勢。魔法が効かないのなら、こいつに勝ち目なんてないんだ。
みすみす退治されに征くようなものだ。
「逃げろよ!」
「駄目だよ。魔王様を守らないといけないもん」
さらりと。こいつはまたしても、青空みたいに爽やかな声で言った。
「…………」
唖然として声も出なかった。
「お前は魔王と会った事はあんのか?」
「いいや。ないよ」
「だったら……なんで、そんなに好きな人間と戦ってまで魔王を守ろうとすんだ!」
俺の叫びに、こいつはくるりと背を向けて呟いた。
「……一方的に仲間意識持ってるんだよね」
「なに?」
俺の問いかけには答えず、こいつは俺の方に向き直り口を開いた。
顔だけは笑顔のまま、
「……知ってる?魔王がモンスターを嫌ってるのは、人間に肩入れしてるからって噂」
「……魔王の話なんて聞いた事もねえよ」
「呆れた。自分の主の事くらい関心持とうよ」
「ほっとけ」
魔王。そんなものを自分の主だなんて思う筈もない。
もちろんその理由をこいつに話す気も必要もなかったので黙っていたが。
こいつは心底呆れたらしく、やたら文句を言っていた。全て聞き流したが。
「まぁいいや。とにかく我らが魔王様は何故だかモンスターがお嫌いなんだ。彼に潰されたモンスターは星の数ほど。今でこそ魔王として全モンスターを従えているといっても、元を正せばモンスター間での抗争に勝って力づくで魔王の座についた猛者だ。今でも魔王様に恨みを持った奴らはたくさんいる。モンスターに忌み嫌われる魔王。その一方で、一部の幹部達からは熱烈の支持を受けているというのも不思議だと思わない?秘密主義なのか、詳しい経歴は解らないってのがまた面白い」
どうやらこいつは、勇者だけでなく魔王についても調べて回っていたようだ。
だからこそ、理解できない。
お世辞にも良い王とは言えない存在の為に、どうしてこの男が闘おうというのかまったく理解できなかった。
ましてや、こいつは魔王と会った事はないんだ。
「噂話なんてアテになんねえだろーが」
「そうかもね。でも時に噂は嘘と真実を織り交ぜ、現実と成り得る。馬鹿にできないもんさ」
こいつにはこいつの考えがあるようだが、やっぱり理解なんてできない。
そんな噂話でしか知らない存在の為に、歪んでいるとはいえ愛している人間と闘おうとするなんて、どう考えてもおかしかった。
「とにかく魔王様は魔王のくせに人間が好きらしい。実際彼は、宿敵であるはずの勇者を受け入れた。どんなつもりなのか気にならないかい?」
「くだらない」
いい加減吐き気がしてきた。
正直魔王の話なんて、聞きたくもないっていうのにこいつの口はとどまる事を知らない。
「そう?俺は興味があるよ。魔王と元勇者が実際に逢ったらどうなるのか、興味がある」
俺は吐き気がするっていうのに、こいつは胡散臭い爽やかさを失うほど、熱のこもった声で魔王を語る。
「……よっぽどそいつらに興味があるんだな」
「そうさ!……だから、守るよ」
「――ッ!」
「あまりに敵が多すぎて、城の中でも孤立している、そんな寂しい存在。それが魔王」
「…………」
「そして今、城にはもう一人孤独な存在。勇者がいる。人間を裏切って魔王軍に降って、でももちろんモンスターから信用されずに表舞台に出てこれない、そんな孤独な存在がいる。……せっかく魔王様に仲間……みたいな存在が出来たんだ。逢わせてやりたい」
「どうして……そこまで魔王に肩入れするんだ!」
表情は笑みを貼り付けたまま。
けれどどこか悲しげで、寂しげで。
あの嫌らしさが霞んでしまいそうなほど、儚い笑みを貼り付けてまで無理をしている。
そんなこいつが許せなくて、認めたくなくて、俺は我慢できずにこいつの胸元を掴んで叫んでいた。
至近距離で睨み付けたこいつの顔は、困ったように眉を寄せていて。
それでも口元は笑ったまま、まっすぐ俺を見上げていた。
「俺も魔王様に……一方的に仲間意識持ってるから」
ポツリ、先程と同じ答えを繰り返した。
「俺も人が大好きで大好きで大好きだから……独りなんだ」
寂しそうに笑った。
「俺、嫌われ者だからねー」
俺は皆の事ラブってるのに、そう言ってこいつは笑った。
ひどく寂しそうに。
「………………」
「だから、戦いたくないけど闘うよ」
手で制され、俺の手は奴の胸倉から離れた。
人ひとり分ほどの距離が空く。
俺を真っ直ぐに見上げる紅い眼は静かで、なんの表情もない。
ただ強い光が瞳に宿っていた。
その覚悟のこもった眼に射ぬかれながら、気が付けば俺は口を開いていた。
「手前が戦う必要はねえ」
不思議なほど、心の中は静かだった。
「俺が戦う」
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