drrr 長編

□savedata13
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「……なんで、無事なんだ」

無意識で呟いたのは警戒でも、怒りでも、疑念でもなく。
純粋な疑問の声。
これまで対峙した事のない異常な存在、異常な現象に対する、純粋な疑問。
こいつの答えに注意を傾けながら、俺は今だかつて経験した事がないほど緊張していた。
暴れて瞬間的に沸騰した血液は冷える反面、緊張により自分の心臓の音が大きくなっているのを感じながら、俺はこいつの答えを待つ。
そして緊張する俺の前で、こいつは口を開いた。

「なんでって失礼だね。見ての通り魔法さ。ていうか、俺が魔法使えなかったら死んでたと思うんだけど、どうなの?君、俺を殺す気だったわけ?ていうか殺す気だったよね確実に。だってまだ腕が痺れてるんですけど。俺には電流来ない筈なのに痺れてるって可笑しいよね。どんな馬鹿力だよ!……んで、実際どうなんだい。返答次第によっては、俺もブチギレるんだけど」

相も変わらずのマシンガントーク。
妙にむかつく顔と軽やかな声。
失礼で唐突で嫌味ったらしく、胡散臭いままの言葉。
緊張していたのが馬鹿らしくなるほど、さっきと何も変わらない相手。
それを認識した瞬間、俺は居ても立ってもいられなくなった。

「痛い!」

とっくに痺れのなくなった腕を相手に伸ばして、奴の腕を掴んでいた。

「何すん……」

「ホントに怪我ないんだな!?」

警戒し、俺を睨むこいつなんて無視して、俺はこいつの体をあちこち見て怪我がないか確かめる。

「え?え?」

俺の行動に面食らったのか、奴は目を丸くしたまま呆然と立ち尽くしていた。
だがそんなのは俺には関係がなかった。
俺より一回りは細い身体に触れる。
ほとんどが厚いローブで包まれていて解らないが、見たところ傷はない。
その様子に安堵し、俺はほっとして息を吐いた。

変わらないこいつの姿。幻のような存在が確かに奴だと認識した瞬間、今度はそれが実体かと確かめずにはいられなかった。
俺が殴り飛ばした筈の存在が飄々と立っている。
怪我ひとつないまま、何ひとつ変わらず俺の眼の前にいる。
それが現実だと、やっと認識した時、頭ん中を駆け巡っていた不快な感情は吹き飛んでいた。
警戒、怒り、疑念。
そんなくだらないものは吹き飛んでいた。
そんなものは吹き飛んで、疑問さえも吹き飛ばしてこみ上げてきたのは、陽光にも似たあったかい感触。
もしこの感触に名前を付けるなら、きっとこれは感情。
喜びっていう感情だ。歓喜だった。
認めたくはないが、たぶん俺は喜んでしまっていた。
眼の前の男が無事だと知って、嬉しかったんだ。

「良かった……」






「てい」


ドゴッ

そんな気の緩んだ俺に、目の前の男はあろう事か棒(杖なのかもしれない)で脳天を叩きつけた。
粗末な棒のくせに、やたら重い衝撃が走った。

「っ痛!何すんだよ!」

「それはこっちの台詞!いきなり殴りかかってきた上に今度は全身まさぐってキモイんだよ変態!やっぱり君ホモ?あんまり俺が魅力的だからって盛ったりしたのかよ単細胞が!」

「はあー!!なぁにふざけた事ほざいてんだテメー!手前みたいな気色悪い奴相手に、うなっつ……さか……とか」

「言ってるそばから顔赤くなんなよ童貞か。なに恥ずかしがってんの」

「んな!?なななっ……!ぶ……ぶっ殺す!」

「すでに俺を殺そうとしといてよく言えるね!暴力に訴えたのはそっちじゃん。この乱暴者!」

「手前が勇者がどうのこうのめんどくせえ事ばかりぬかしやがるからだろーが!…………あっ」

勇者。
そうだ勇者だ。
今更ながら自分の怒りの原因に気付く。
こいつは俺にとって一番触れられたくない過去をえぐった。
こいつにその気がなかったとしても、俺にとってのタブーに触れたんだ。
だから、俺は本気で怒り狂った筈だ。八つ当たりだろうと何だろうと、とにかく許されない事を口走ったこいつを潰さずにはいられなくて。
手加減なんて無しで、本気で暴力をふるったんだ。


――けれどこいつは無事だった。


その事実が、怒りを吹き飛ばした。
その事実に、今更ながら驚いた。

「……そっちから殴っといて、何ほっとしてんの。阿呆だね君」

「……そうだな」

「ん?」

「俺は馬鹿で阿呆だからよ……自分で自分の力が制御できないんだ。いっつも周りを傷つけちまう……だから、たとえ手前でも無事で嬉しかったんだよ。悪りぃか」

「…………」

「俺が傷つけないで済む奴って少ねえんだよ」

「それって」

「かっ勘違いすんなよ!手前なんかどうなってもいいんだ。っていうか、やっぱ手前はムカつくから殴る!殴らせろ!」

「……ハハッ。やだよ」

きょとんとする相手を見て、やっと自分が本音を口走っていた事に気がついた。
正直に自分の気持ちを口にしただけだというのに、妙に気恥ずかしくて落ち着かない。
慌てて取り繕ったが、こいつは馬鹿にしたように俺を笑うため、やっぱり落ち着けなかった。

――どうしたんだ俺?

こいつに会ってから、どうにも自分の調子が掴めなくて腹立だしい。
というかこいつに調子を崩され続けているのが面白くなかった。
こいつは真面目な話になったかと思えばふざけた事を言い、戯れ言を言ったかと思えば、いきなり核心を突くえぐい真似をする。
かと思えば、時折じっと俺を見つめて、どこか物言いたげな視線だけを注ぐ。
無言のまま、その赤みを帯びた瞳に見つめられると、なんとも言えないざわめきが身を巣食った。
こいつはどこまでが本音か嘘なのか、いっこうに掴めない。
そのくせ俺は、こんな胡散臭い奴と平気で会話をしているのだ。
妙に弾む会話が、それを許してしまっている自分が、にぶってしまう怒りが、不思議だった。


――本当にこいつはなんなんだ?


そうだ。これだけ俺を怒らせといて、なんで俺は今も普通に会話をしているだろうか。甚だ疑問だ。
もしかして、本当に淫魔の類いなんだろうか。
知らないうちに変な魔法でもかけられているのか。

「…………」

かつて、俺の本気の攻撃を受けて無事だった者はいない。
いくらなんでも、ただのモンスターではない筈だ。


「……手前、ホントは何者だ?」


ほんの少し緊張しながら、奴の答えを待った。


「人間大好きの淫魔だよ」


けれどこいつの返答は変わらず。ふざけたままだ。


「…………」


――ああそうかよ。


もはや突っ込む気も失せた。
いや、本当は元から追求する気なんてなかったのかもしれない。
こいつがなんだろうと俺には関係ない。こいつは妙にムカつくいけ好かない奴。
俺の暴力に壊されなかった、嫌な野郎。
それで充分だった。





「しっかし手前、意外とやるんだな」

「まぁね」

先程から堂々巡りの繰り返し。
深刻になって、暴れて、馬鹿にされて。それでも俺は、気付けば笑って言葉を紡いでいる。
なんて不可思議なひと時。
なれど、最早馴染み始めた感覚。
それがどことなくむず痒くって、けれど手放し難くて、不思議とこいつに対して素直になってしまう。
悔しいが本音で褒めれば、こいつは鼻で笑いながらふんぞり返った。
こんな予想通りの反応が、笑っちまう程に憎たらしく、なのについうっかり可愛いなんて思ってしまった。

「手前みたいなのがやるとか、マジでうぜーわ。つーか、さっきのアレは何したんだ?どうやって俺の攻撃を避けたんだ?」

「魔法に決まってんじゃん」

「あれが魔法か?魔法ってあんな妙な事ができんのか?」

「むしろ魔法以外では、君の馬鹿力とまともに向き合えないと思うんだけど。……空間を歪めて攻撃の衝撃を逃して、ついでに影だけフェイクに使ったんだよ。杖には電撃をまとわせて……というか君は、魔法を使う相手と闘った事ないの?」

「いやあるにはあるんだが。……呪文だか言ってる間に殴って倒したから、魔法なんて見た事ない」

「……非常識」

こいつは信じられないものを見る目で俺を見て、がっくりと肩を落としてぼやいた。
ご丁寧に特大の溜め息つきでだ。
その反応に、さっきまでの感慨なんてどこかへ消え失せ、知らず知らずに会話に集中しだしてしまう。もちろん、それに伴って俺の血圧も上がり始める。

「ああ?なんか文句あんのか。喧嘩売ってんのか手前」

「そうやってすぐ喧嘩腰にならないでよ。平和主義が聞いて呆れる。……本来なら、君みたいな怪力馬鹿は魔法とか特殊能力に弱い筈なんだよ。どんだけ非常識な身体能力持ってんの?」

「ああ?でもお前のは効いたぞ?」

「耐性ないから、魔法が発動すれば効くんだよ。でもどれだけ凄い魔法でも、発動する前に殴られたらお仕舞いさ」

「なるほどな。……そういや魔法使う奴らって、大概はやたらとろいからな。お前はすばしっこかったが」

「普通は魔術師には接近戦タイプの仲間がフォローするからね。素早さは必要ない。俺は一人でなんでも出来ないとやられるから、訓練してたのさ」

「へー……意外と努力してんだな」

「なに?馬鹿にしてんの」

「いや。……なんつーか、その……強くなろうと努力する奴ってすげえと思ってよ。まぁ、見直したっつーか、そんなだ」

「………………。」

「なんだよ!なんか言えっつの」

せっかく乗り出した会話が、またしても途切れてしまい困った。
なんでか、こいつの口が閉じると落ち着かないんだ。

「なんでそんな、じっと見んだよ」

赤みを帯びた瞳に見つめられると、なんでか胸がじわじわ熱くなるんだ。
だから焦って、早く何か言えよ促せば、こいつはやっと反応を返す。

「別に、ちょっとびっくりしただけさ。ていうかどんだけ、どもってんの?滑舌悪すぎー」

そしてこいつの口の悪さに、数秒前の自分に後悔するのもお馴染みになってきた。
いや、確かにこいつが静かになると落ち着かないが、こいつがムカつくのも確かなんだ。
ああ、やっぱり苛々してきた。
どうしてこいつを可愛いなどど一瞬でも思ったんだろうか。
解せない。まったく解せない。可愛いどころか、本気で潰してしまいたくなるというのに。
どうせ魔法で防ぐんなら、もっと本気で潰しにかかっても許されるのでは?などと物騒な誘惑が芽生えた。

「五月蝿いんだよテメェーは!……ちょっと褒めたとすぐ調子に乗りやがって。やっぱ殺す。プチッと潰す」

「その前に逃げるとしますかねー。君の苦手なま ほ う で」

ピシッ
浮き上がっていた血管が一本切れた音がした。
この懲りない存在を潰そう。
全神経と細胞が、諸手をあげて賛成した。よし、潰そう。

「お前俺を馬鹿にしてんだろ。そうだろ?馬鹿にしたって事は、俺が怒っても仕方がないよな?というか手前が魔法を使うなら、俺も本気になってもいいんだよなあ?」

「滅相もない、馬鹿になんてしていないよ。それこそ君の被害妄想が馬鹿げ……わかった口を閉じるから!だからその、俺よりでかそうな大岩を持ち上げるの、やめてもらえるかな?」

「遠慮すんな」

「遠慮するって!たぶん俺、投げられたら避ける暇なく潰れる気がするんだけど!?」

「ならさっさと魔法で逃げてみろ」

「あーもう!そーするよ!」

――あん?

得意の軽口が返ってくるかと思いきや、予想外の反応だった。

「テメッ逃げる気か?」

「そうさ。お腹すいたし、そろそろ帰る」

もう付き合ってらんない。盛大な溜め息を吐いてそんな事を言いながら、こいつは本当に背を向けてしまう。

「逃げんな!」

「逃げるよ。てか、自分で逃げろって言っといて引き止めるなっての。それとも何、俺に言いたい事でもあんの?」

「ぐ……」

こいつに言いたい事などない。
あえて言えば文句だけだ。
なれど、ふと……芽生えた。
初めは思いつき。その内容は訊くのが躊躇われたが、でも我慢もできずに吐き出した。
恐る恐ると。



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