BASARA

□恋をさせたい兄(腐男子)と恋をしない妹(♂)1
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◇◇◇

俺達が今日から通う高等部は先月までいた中等部同じと敷地内にある。
そのため二人で並んで歩く通学路もまったく変わらなかった。
その道中を半分進んだ辺りで、唐突に大事な事を思い出した。

「あー!今日の占い観てないや!」

どうしよう、すっごい大事なことを忘れていた。
教科書は宿題は忘れても、朝の占いだけは欠かさず観ていたのに。

「どうせ学校で巫女に訊くであろうが」

頭を抱える俺に元就は呆れ顔。
巫女というのは同じ学校の中等部にいる鶴姫という女の子のことだ。
実家が神社で自身も神通力がある鶴姫ちゃんは正真正銘の巫女さん。
彼女の占いはめっぽう当たるから、俺は毎日元就の恋愛運を占ってもらっているんだ。

「それはそうなんだけど、今日から高等部に上がるだろ?校舎が離れるからお姫さんに訊きに行けるの、昼とかじゃん。新しく入る奴がいるしクラス替えもあるからさー、やっぱり朝のうちに元就の恋愛運を知っときたいんだ」
「阿呆らしい」
「そう言って元就の運命の相手が現れたらどうするんだ!」
「現れるかボケ」
「ううー……元就の頑固者ーイケずー」
「恋だ愛だ騒ぐのなら我を巻き込まず勝手にしろ。だいたい貴様こそ彼女の一人もいないくせに」
「それは言わない約束だろ!……って、俺の事はいいの。ホントに。それより元就が心配だよ。年頃なのに恋のひとつもないって?そんなのつまらないだろ」
「たわけが。貴様のような万年春頭と同じにするな」

こんな具合に俺達の会話は俺が一方的に罵られているみたいになる。
けれどこんなやり取りも毎日なので、俺も元就も気にしたりはしない。
余談だけど俺達の会話を聞いていた友人からは、元就も大概だがお前もデリカシーってもんを身につけろって言われたりする。
失礼だよね。

「あ、そーだ。今日は道場だっけ?」
「うむ」
「今日は学校早く終わるけど、道場の時間はいつも通り?」「ああ。故に一度家に戻ってから行く」

元就は武道の部活には参加していないが、訳あって近所の道場に通っている。
ちなみに俺は道場とか性に合わないから通っていない。
だってあそこ、すっごい暑苦しいんだもん。

「なら帰りは迎え行くよ」
「いらん」
「そう言うなって」
「我は一人外を出歩けぬ子供ではない。問題なかろう」

元就の言い分も尤もなんだが、こればかりは譲れない。

「問題あるよ!だってお前は……」
「だいたい朝だって貴様と共にいるのは不快なのだ。高校生にもなって家人と共に登校など、恥以外の何物でもないわ」
「ひっでー!」

俺の言葉を遮る暴言に大げさに傷ついてみせれば、元就は我関せずって顔でさっさと前を歩く。もとなり〜と情けなく呼び止めたけど、まったく足を緩めてはくれない。
が、俺は知っている。きつい事を言いながらも、元就は俺と学校に通うのが嫌いではない。
本当はもっと早く学校に行けるのだが、俺に合わせて登校時間を遅くしてくれているのがその証拠。
きっと俺がいなければ、さっさと学校に行って朝勉でもしていただろう。
この元就との登下校が高校生になっても続くのが、俺はとっても嬉しかったりする。
とはいえ――

「ちょっとマジで待ってってば」

さっきは言葉が(最後まで言わせてはもらえなかったが)悪かったらしい。
元就は拗ねたまま、ぐんぐん先を行ってしまう。
もちろん歩幅が違うから俺が小走りすればすぐに追いつくのだが、こんな風に元就の機嫌が悪い時にそうすると、ますます怒るんだ。曰く、体格の差を見せつけられるようで気分が悪い、だそうだ。
だから加減して少しずつ近づかないとならない。
あーもう!まどろっこしい。
元就は頭に血が上っているから前なんか見ていない。
こんな時のあいつは大概何かにぶつかる。
頭がいいくせにドジなところがあるから、さっさと追いつかないと危ないのだ。
と思ったか思わなかったかのうちに、案の定元就は曲がり角で人とぶつかった。
相手は背の高い男のようだ。体格差で元就の方だけが後ろに倒れた。

「元就!」

慌てて駆け寄ったが、間に合わない。

「おっと」

しかし心配は無用だった。
元就が完全に倒れる直前、元就とぶつかった人が手を掴んで引き上げてくれた。
元就が怪我をしないように、しっかり肩を掴んで支えてくれる姿が様になっていた。男はやたら派手なピンク色の服――学ランっぽいな――を着ていた。
なんだかどこかで見た事がある気もしたが、あんな派手な格好は見たら忘れないので気のせいだろう。
服の趣味はおかしいが、顔はなかなかの男前。
俺達より少し年上っぽいが、たぶんそうは変わらないだろう。
良い。これすっごいイイ。
元就の安全が確保された途端、俺の脳内は美味しい今のシチュエーションにときめきまくっていた。
曲がり角でぶつかる、これって恋愛漫画のセオリーじゃないか!
来た、ついに来た。
元就にも運命の相手が、恋の季節がやって来たんだ!

そんで元就とお兄さんはいい雰囲気のまま、少女漫画のテンプレみたいな会話を――

「悪かったなアンタ、大丈夫かってぇぇええええ!?」

――するかと思いきや、お兄さんは元就の顔を見るなり奇声を上げた。

「おまっも、ももも元就!?」

そして兄さんが元就の名を時点で俺もハッとする。

「誰だ貴様」

あくまで冷静に冷徹なまま、堅い声で元就は男に問うた。
まったく動じない元就に相手は何かを感じたのか、先程よりは落ち着いた様子で口を開いた。

「まさか今生でも会うとはな。つーか相変わらず酷い言いぐさだな。俺の名前を覚えてない訳が……」
「あーアンタは!」

ここで俺は強引に話を遮って、男と元就の間に身体ごと割り込んだ。
俺の存在など気づいてすらいなかった男はポカンとしているが、構わずに続ける。

「先週の合コンで一緒になった兄さんだね!あの時は世話になったねーありがとう。あと、おはよう」
「んなっ何言ってんだよアンタ。俺は」

俺はにこにこと笑いかけるが、当然ながら相手は面食らったまま。顔をしかめて反論してこようとする。

「いやーたしかに今週も会うとは思わなかったなー」

その男の話をまた遮って、今度は男の肩に腕を回した。
元就からは見えないが、結構がっしり首を絞めてるから相手は苦しそうだ。

「なんぞまた貴様の知り合いか」
「そうそう!先週一緒に合コンした仲さ!そっかそっかーあれだねアンタ、あの時に会った美穂子ちゃんの連絡先が知りたいって話だね。くぅ〜青春だなぁ!」
「阿呆」

如何にも俺らしい事を言えば、元就はあっさりと納得してくれた。

「どうでもいいが、一二度会っただけの奴に我の個人情報を教えるのは、いい加減やめよ」
「ゴメンよ。俺って恋バナと家族の自慢話はすぐしたくなって」
「フン、我は先に行っておるぞ」
「わかった。すぐに追いつくからさ」

すっかり呆れたらしい元就は俺を置いてさっさと歩きだした。
腕の中の男は元就を呼び止めようとしたが、口まで俺が塞いだから叶わない。

「悪いけど、もうちょっと我慢してね。アンタを……あの時代の出来事を元就には触れさせられないからさ」

そうして元就が角を曲がり、充分に離れたのを確認してから俺はお兄さんを解放してやった。

「ゴメンね。いきなり首絞めたりしてさ」
「ゲホッあ、当たり前だ!なんだお前!人を殺す気か……って、お前は!?」
「アハハハ、気づくの遅いよ。って、俺達あんま接点なかったから仕方がないけどさ」
「アンタはたしか前田の風来坊……だったか?」
「そう。覚えててくれてありがとね。えっとアンタは……」

この結構なイケメンっぷりとピンクづくしの服装は印象深いが、名前までは思い出せない。
なんか美味しそうな名前だった気がする。たしかアナなんとか。

「アナゴさん!」
「違うわボケ!誰が声のシブいリーマン同僚だ!あ・ま・ご、尼子だ俺はッ!」

ああそっか、食材でなく響きが海女漁に似ていたからか。我ながらいい加減な記憶だ。
しかし尼子の兄さんは会ったことは一回くらいしかなかったけど、意外にノリのいい人みたいだ。

「それにしてもこんなタイミングでアンタに会うとは思わなかったなぁ。アンタも制服着てるって事は高校生やってんの?」
「お、おう」
「おっよく見ると俺と同じ学校の校章だね?もしかして他の中学から来た新入生?」
「いや俺は二年だ。ただ一年の時は地元の学校にいて、先月引っ越してきたんだー……って違う!」
「あーやっぱり誤魔化されないよね」
「当たり前だ。しかもお前わざと話逸らしてんのか!?」
「うん、まぁその辺は気にしない方向で」
「気にするわボケェ!」

やっぱり尼子の兄さんはノリツッコミの素質あり。
などと脳内メモをしつつ、そろそろ時間も迫ってきたから俺も真面目に口を開いた。
これだけ離れたなら、万に一つも元就に聞かれる心配はないからと。

「はい!今度はおふざけなしでいくよ。えーと、時間がないから手短にね。アンタは戦国武将だった尼子さんだよね。あいつに反応したってことは記憶があるんだね。あんま面識はなかったけど俺もそう、前田慶次ってんだ。よろしく。んでアンタが気になってんのは元就の事だろ」
「そうだ!あの顔は見間違えたりしねえ!あいつはッ!あいつはかつて俺を砂漠に追いやった、あの毛利元就!」

尼子の兄さんの叫びを聞いて俺は、うわーって思った。よりにもよって毛利さんと直接関わりがあった人か。
面倒くさいなぁ。
だから、うん。ショック法でいこう。

「確かにあいつはアンタが知ってる毛利元就の生まれ変わりだよ。でも今は女の子に生まれ変わってて、俺の妹」
「ハ?」
「さっき見えなかった?スカート穿いてただろ。あいつが女の子なのは俺が保証するよ。なんせ一緒に暮らしてるから。しかも前世の記憶なし。これも小さい頃から一緒にいるから確信を持って言えるよ。大丈夫、俺も利もまつ姉ちゃんも騙されていない。今のあいつは俺達の大事な家族さ!……ていう訳で納得してくれた?」
「おっ女!?妹ォー!?」
「そっ。今のあいつは前田元就。いやーさっきは冷や冷やしたよ。アンタが元就の事を名字で呼んだら誤魔化しきれなかったかも。だから慌てて首絞めたんだ。そんな訳で毛利って名字は出さないでよ。あ、さっきみたいに名前で呼んでくれるのは大歓迎だから。どんどん呼んでであげてよ!男名なのはご愛嬌ってね。でも女の子だから名前の件でからかうのはナシだよ。あとくれぐれも、戦国の話をアイツにしないようにね。あいつは本気でまったく覚えてないから、あの時代の話をしたら頭おかしいって思われて、下手したら通報されるからさ」

尼子の兄さんは驚きすぎたのか、叫んだ後はハとかエとか大きく口を開けたまま間抜けな声を零しただけだけど、聞こえてはいたようだからさっさと話しを切り上げる。こういう場合は衝撃与えるだけ与えて、後は少し時間を空けた方がいいからさ。

「いいかい、とにかく今日は俺達の事は忘れて、きちんと今の生活を送るんだよ。昔を覚えてない元就に食って掛かって、新生活を台無しになるのはアンタの方なんだから」
「…………なんっ」

ただ声にはならないけど尼子の兄さんの疑問を感じ取ったんで、一言だけ説明を追加してあげた。

「なんでそんなに説明慣れしてるって?何度もアンタみたいな生まれ変わりに説明してるからさ。ホントはもっとしっかり話をしてあげたいけれど、今は落ち着いて話しをする時間ないし……って、転校生ならアンタも同じだよね。急いだ方がいいよ、遅刻するとあの片倉先生がおっかないから」
「あの片倉って……まさか片倉小十郎!?」
「そうそう。奥州にいた怖―いお兄さんさ。今も強面で生活指導担当だから、マジで気をつけて」

またもや登場した戦国時代の人間の名に、尼子の兄さんは脳みそがパンクしちまったみたいだ。
この調子じゃ、兄さんと同学年にいる面々を見ただけで顎が外れるんじゃないかと心配になった。
地方武士って、あんま中央の濃ゆいメンバーの免疫なさそうだから。

「とにかく、まだクラスは分かんないけど俺は一年だから、もっと詳しく聞きたいなら俺に会いに来ておくれよ。その調子だと、まず学園長に会った時点で俺達の事は吹っ飛びそうだけどさ。そんじゃあねえー」

適当に手を振りながら、俺は尼子の兄さんを置いて走り去った。オイって呼び止められた気もしたが、本気で遅刻はしたくないから止まらないよ。
てか片倉先生の件とか最後の一言はわりと真剣に心配しているんだけど、大丈夫かなあの人。
ただ、朝っぱらから俺達に会った彼の運の無さに同情しつつ、俺の胸の中は期待で膨らんでいた。

「初っ端から名前呼びって事は、毛利さんと深い関係があったんだよね」

毛利元就に恨みはあるみたいだが、結構すんなり元就に話し掛けていた所をみると、死ぬほど恨まれてはいないらしい。
それ、グッジョブ。
深すぎる因縁は危険だが、この程度ならいいフラグでしかない。

「それにしても転校生か……く〜う!いいねー!設定としては申し分ないよ」

何度も言うようだが俺の通う学校は中高一貫校だ。高等部に上がる時には他校からの編入生が結構入ってくる。尼子の兄さんは学校で見たことがないから、てっきりそのパターンなのかと思ったが、二年から入ってくるなら新入生でも編入生でもなくて転校生だ。
転校生、なんて美味しい響きだろう。
イケメンだし体格もいい。よく分からないけど、あの独特のポエムは女の子受けしそうだし。
なによりあの時代を生きた、あの毛利元就を知る相手だ。

今日から高校生。
新しい出逢いに恋の予感はあったが、予想以上の展開だ。
これだ、今度こそ元就の運命の相手を見つけたと、俺の期待は膨らんでいく。
なにより、擽られまくった萌え魂が滾りまくっている。
このCPをモノにしなくでどうするっていうんだ!
脳内では緑の甲冑とどピンクイケメンが、さっそく砂漠でイチャコラしていた。戦国妄想オッケー。後は転校生ものの薄い本を読んで、現代の作戦を練ろうっと!

「尼子×元就、押しの一手で参りますか!」


今生こそは元就を幸せにするべく、俺は恋の華を咲かせてみせると心に誓った。



To be continued.

NESTターゲット⇒尼子晴久
 
 
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