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□竜ヶ峰帝人の悪い男仕立て
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 程なく待ち合わせ場所で帝人と合流すると、青葉が話を切り出す前に彼は礼を言った。

「さっきはありがとう。黙っててくれて助かったよ」

 その表情も声も普段通りで、青葉はより困惑した。

「いえっそれはいいんですが……どうしてせっかくの誘いを断ったんです?別に俺との約束なんてどうでも良かったのに」

 にこにこと無害極まりない笑みを浮かべる先輩の様子を伺いながら、できるだけ平静を装って尋ねる。

「そう!まさか臨也さんから食事に誘われると思ってなかったからビックリしたよ!舞い上がって顔にやけてなかったかなー」

 普段通りに臨也との邂逅にはしゃぐ帝人に青葉は面食らった。

「いやっ俺、声しか聞いてないんで」
「そっか、そうだよね。間抜けな顔をしてなかったらいいんだけど。只でさえ臨也さんが綺麗で、僕なんか隣りにいるだけで恥ずかしいのに」

 あまりにも普段通りだった。先程のやり取りが嘘のように臨也を褒めちぎりのぼせ上がる、青葉が呆れてしまう帝人のいつも通りの情けない姿だった。

「先輩はあの人を嫌いになった訳じゃないんですね」
「当たり前だよ。臨也さんは僕の憧れの人だから!」

 清々しいくらい言い切った。普段からこの調子でリーダーシップを発揮してくれたら、もっと素直に尊敬できるのに。などとぼやきながら、青葉は肩の力を抜く。
 ああこの人はやっぱり変わりない。

「ホント、だったらなんで断ったんだか」

 呆れながらもどこか安堵し、青葉はため息混じりにぼやく。
 それに対し帝人も照れ笑いを浮かべながら答えた。

「だって今は仕込みの段階だから」
「へ?」
「まだどんなメニューにするか決めてもいないのに会ったら、味わってもらえないよ」

 言っている意味が解らなかった。

 「あ、ごめんね。昨日料理番組を観たからか、なんか例えがこんなになっちゃうんだ」
 帝人は苦笑いを浮かべながら、されど語るのをやめはしない。
「でも料理に例えたらしっくりしてさ……考えてみたら料理も臨也さんの人間観察も、すっごい似てるよね。臨也さんはグルメだけど……違うなグルメだから真性の悪食で、悪意だとか策略だとか他の人が嫌う悪徳も好んでるのかなって。ごめんね僕も上手く言えないんだけど、とにかく臨也さんは甘い辛いなんて単純な味だけでなく、苦味渋味まで食べ尽くしたいんだなって思って。そう考えるとすごい欲張りだよね!」

 言葉の上では青葉に謝っているのだが、帝人は後輩が理解していようがいまいが関係ないようだった。
 時折彼はこのような態度をとる。自分の世界に入り込むと、周囲の目はお構いなしになるのだ。

「ねえ青葉君……僕さ、前はあの人が僕を見てくれるだけで嬉しかったんだ。本当だよ?なのに不思議だね、もうそれだけじゃ満足できないんだ」

 それは紛れもなく恋なのだろう。

「あの人に好かれたい、他の人間を見ないでほしい、僕だけを見てほしいって思った。あの人を僕のものにしたいんだ」

 一途で我儘で傲慢な、人間らしい恋だ。

「でも考えてみたらさ、臨也さんはカラーギャングに池袋最強、ヤクザとも渡り合ってるんだよ?僕みたいな臨也さんに尻尾を振るだけの、こっそりダラーズのリーダーをやってるだけの人間じゃあすぐに飽きられるよね」

 恋は人を成長させるという。

「だから決めたんだ。ただ好きなだけじゃあ報われない、今の僕のまま追いかけても、あの人にとっては単調でつまらない人間にしか映らないのなら……僕はあの人を追いかけるのはやめる」

 意中の相手を振り向かせるため考え、思い、行動する。立派な成長だ。

「これからは僕が、臨也さんを振り向かせる」

 では帝人のこれは成長なのだろうか。

「そのために今日は我慢したんだ。いきなり僕がそっけない態度を取れば、プライドの高い臨也さんは何かしら反応する筈だから。本当は一緒にいたくて仕方がないけど、臨也さんへの好意を剥きだしにして簡単に誘いに乗ったら、軽くみられちゃうだろうし」

 確かに帝人は日々進化している。時々ハッとする程鋭く、常人では考えつかないような行動も取る。
 だが彼は恋愛面では奥手で臆病で純朴な、ただの高校生であった。
 彼が異常さをはっきするのは決まって非日常に関わる時で、それ以外の日常に対しては彼本来の誠実な思考しか生まれない。
 それがどうだ。恋愛などというありきたりな物事で、まるで世に溢れる恋愛ドラマのような大人の駆け引きをしだした。
 今までの彼にはないパターンだった。
 もしかしたら単純に誰かの入れ知恵だろうか。そうだ、そうに違いない。案外、誰か年上の女あたりに恋愛相談をしただけかもしれない。だとすれば合点がいくのだ。

「上手く調理しないとね。臨也さんの食指が働くような、苦みのある男に……臨也さんを騙す悪い男にならないと」

 ざわり。
 青葉の背筋に悪寒が走る。以前刺し貫かれた手のひらが痛んだ気がした。
 ――入れ知恵なんかじゃない。
 これは、紛れもない竜ヶ峰帝人の変貌だと青葉は直感する。
 彼の領域がまた一つ増えたのだ。
 駆け引きとしては単純な、まだまだ青葉や臨也のそれに及びもつかない代物だったが、今までの彼にはない領域だったからこそ、己も臨也も思いつかなかった。
結果として二人とも自ら踊らされる形となった。
最早彼は非日常にとどまらないだろう。
 これまで以上に注意をして彼を監視しなければなるまいと青葉は感じた。
 でなければ、いつか本当に……。

「出だしとしては順調だよね。まだ材料もメニューも決めてはいないけど、今日の話で仕込みはできたんだし」

 青葉は一つゆっくりと空気を吸い込んだ。
 このまま帝人のペースに飲まれてはならない。
 竜ヶ峰帝人は成長した、それだけの事だ。
 自分はそんな彼の傍らで彼を見守り、利用するだけの事。
 そうだ、今までと何も変わらない。月並みな表現だが、最後に笑うのが自分なら過程に何が起ころうと構わない筈だ。
だから自分は今、怯まずに彼を観察し把握しなければならない。動揺を抑え、青葉は笑ってみせた。

「……先輩の言ってる意味、あんま解んないです。その料理に例えんの微妙ですよ」
「ん?あーゴメンね。僕も勝手なイメージで言ってるだけだから。仕込みっていうか、要は下準備というか根回しみたいなカンジかな?僕を上手く印象付けられたなって事。きっと臨也さん、今頃僕が誰と会うのか調べてると思うんだ。自分が知らなかった人間関係ができていたと思って、気になって仕方がない筈だから」
「アハハハ、でも嘘ですよね」
「うん。だからとりあえずネットカフェにでも入ろうか。九十九屋さんなら臨也さんも直に会った事ないから、あの人とチャットをしたら嘘にはならないよね。僕は誰かと会うって言ってはいない、ただお話しをするって伝えただけだから」
「……屁理屈ですよ」
「いいんだよそれで。それに嘘だと思われてもいいんだ。僕が嘘をついたって思ったら、今度は何故嘘をついたのか気になるよね。僕が臨也さんから興味をなくしたのか、他に親しくなった人間がいるのかって。あるいは、そうだね青葉君とかの入れ知恵かって思うかもしれない……頭のいい人は大した意味がない事にも理由をつけたがるから。その間あの人は僕の事を考えつづけてくれるんだよ、気持ちいいなぁ。青葉君もそうは思わない?」

 聞いていて思わずぎくりとした。まるで青葉の内心を言い当てられたかのようだった。
 気味が悪い。今の帝人は敏過ぎて、まるで全てを見透かされているかのようで、気味が悪い。

「あの人を嵌めて、魅了して、どんな香りかどんな味付けか、どう調理したのか材料は何か……味見したくらいじゃ判らないような複雑なものに仕上げたいんだ。だって、そうすれば臨也さんは僕を味わうまで僕しか見えなくなるんだよ。アハハッ素敵だよね」
「先輩……」

 ざわり、また悪寒がした。どれだけ気張ろうとも、青葉は自分が帝人に気圧されている自覚があった。
 今更かもしれないが、この話はやめるべきなのだろう。
 これ以上この話題を――帝人の恋に深追いしても、自分が痛い目を見るだけだ。
 確かな敗北感を胸に青葉は口を開きかける。そして。

「だからね、今日は青葉君がいてくれて良かったよ」

 一瞬、青葉は頭が真っ白になった。
 今の帝人の口から己の名を呼ばれるのは嫌だった。
 これまで自分と一線を介していた領域に不意に引き込まれた気がして、嫌悪感が広がった。

「え……?」

 これ以上巻き込まれるのは嫌だった。
「僕一人より青葉君と一緒の方が都合が良かったんだぁ。だって……」
 だが、心底嬉しそうに話す帝人にうすら寒いものを感じた時点で青葉は悟った。
 もう手遅れだと。

「料理にパセリは付きものでしょ?」
「――ッ!」

 遅かった。自分は油断していたのだ。
 もうとっくに自分は帝人を彩る材料の一つに使われていた。
 既に恋の茶番に巻き込まれていて、今度ダラーズの件に関わらず帝人が起こした行動全てに青葉は巻き込まれる。
 そうなるように、仕込まれた。
「…………」
今頃になって青葉は帝人の企みを知る。自身が感じていた予感のような悪寒の正体も。
そうだ、何故今まで気が付かなかったのか。
 帝人が青葉を伴って人に会いに行くとなれば、臨也の好奇心は増した事だろう。
 自分の誘いを断ったのは果たして本当にダラーズ絡みでないのか、あるいは臨也には知られたくないダラーズの計画のためだったのか。帝人の不可解な行動が青葉の差し金か否か。臨也は否応にも警戒するしかない。
 そもそも臨也が繋がったままの携帯電話に気づかなかったとも思えない。
 帝人が会話を盗聴させていたと知っていれば、臨也はますます帝人を疑って調べる筈だ。
だいたい臨也は人を疑り探る事に長けている。散々人を騙し、蹴落としてきたアングラな人間だからこそ、思考回路はその方面に特化した。
怪しい行為を見つければ、そこに悪意があると思ってしまう。
もちろん人間観察を趣味とするだけあって観察眼は伊達でないが、自分のようなあからさまに臨也を害そうとしている存在を置けば、臨也は勝手に自分達を疑い監視を強める。
そうした先入観を持った眼では、まさか帝人が純然たる恋心で自分を嵌めようとしているとは、なかなか思いつかないだろう。
 臨也が推測する帝人の行動と目的のギャップが大きければ大きいほど、臨也には帝人が予測不能の危険で面白い人間に見えてしまう。
それこそが帝人の思惑だとも知らずに――知ってしまえば、尚の事この少年への興味を掻き立てられるのだから折原臨也に逃げる術はなかった。
 人間、胃袋を抑えられてしまえば弱いものだ。それが己の好物だとすれば尚更だ。
 成長した人間。間違いなく折原臨也の大好物だ。

「だからこれからもよろしくね青葉君」

 そしてそれは青葉も同じだ。
 声にならない掠れた笑いがこぼれる。
 頭の中は警戒音が鳴りっぱなしだというのに、青葉は帝人から目を離せない、耳を塞げない。
 自分はまな板の上の魚だ。
 いいや違う、料理のメインにはなれない魚以下の食材。
 文字通り、帝人に対する臨也の興味を引き出すための添え物だ。
 だがそんな状況だというのに、鳥肌を立てながらも青葉は嗤ってしまう。
 あの変態情報屋と同類にはなりたくはないが、それでも帝人の成長に滾るものがあった。
 悪寒めいた震えは、恐怖からばかりではなかった。
 ――この人の行きつく先が見たい。
 認めてしまった思いは口にせぬまま、青葉はコケにされたままではいないぞと眼で訴えた。
 この矛盾した感情の揺らぎさえも、帝人の料理の調味料にされるのかと思いながら。

「……青葉だからってパセリは酷いっすね」

 悔し紛れの皮肉に帝人はニッコリ微笑んだ。

「うん、僕は悪い男だから」




竜ヶ峰帝人の悪い男仕立て
    〜パセリを添えて〜


End



初帝人×臨也です。
帝→臨で巻き込まれる青葉君。
予想よりグダグダの出来ですが、ちょっとでも帝人君が怖ければ嬉しいです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
帝臨増えろー!


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