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□のどあめころころ
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ぺちん






「へ?」


予想していた程の痛みはなく、それでも額にピンポイントで伝わる衝撃に頭がくらっときた。
そんな熱に浮かれた頭を徐々に冷やす冷たい物体。
もしかしてこれ……


「冷えピタ?」


「おう」


俺の呟きに対し、どこか満足げな顔をしてシズちゃんが応える。


……って!


「っなん!?」


なんで?
何でシズちゃんが俺の隣にいるの!?


「ん?なんか言ったか手前?」


そしてなんで俺に対して、憎しみだとか怒り以外の表情を見せるの?!
あ、表情でない感情だ。
もうどっちでもいい!
なんでそんな、穏やかな顔してんだよこんちきしょう!


「ったく!熱あんなら外出歩いてんじゃねえよ馬鹿。さっさと冷やさねぇと悪化すんだろ」


「……!」


――……もしかして、心配してくれてる?


いやいやいやいや!ありえないありえないありえないありえない!
シズちゃんが俺の心配するわけない――けど冷えピタ――冷たい――じゃなくて落ち着け俺!


いや駄目だ。やっぱり落ち着くな。
シズちゃんと冷えピタ、このちぐはぐな組み合わせを現実のものにしてはいけない。
よし混乱しとこう。状況整理とかいらない。
お願い冷静にならないで俺の脳みそ。
でないとありえない妄想で、ぬか喜びする羽目になる。そんなの御免だ。


だから、これは、幻覚。
熱に浮された俺が見た幻覚。ドゥーユーアンダースタン?
YES!


という訳で俺の思考リセットォォオー!
いくらシズちゃんに惚れてるからって、んな都合のいい幻覚見ないでくれ。後で我に返った時に落ち込むのは懲り懲りなんだって!


そうだよ現実は厳しい。
いやホント、君に何回悶えてぬか喜びさせられて、何度死ぬ程後悔してると思ってんの?!
ヴァローナとか茜ちゃんとか果ては帝人君や正臣君。無自覚一級フラグ建築士な君のせいで、俺は何度嫉妬のほの……おじゃねぇぇぇ!


あっはっは!俺がシズちゃんに惚れてるとか、ダイナマイトもびっくりな破壊力抜群の冗談、本気にしちゃ駄目だよ?
怖いねー熱って。普段考えらんないサプライズな悪ふざけを口走るなーんて。
怖い怖い。


でももう平気。冷えピタのおかげで熱が冷めて……――って!冷静に考えたら冷えピタが現実になりから駄目で、あ、じゃなくてなるから駄目、だ。


あははは!なーにぃ?遂に思考の中で舌噛んじゃったよ!純情に順調にテンパってるね俺。
バッカジャナイノー。


「何ぼうっとしてんだ?」


「ボホッゲホッッんなッ」


ちょっと!いきなり顔面どあっぷとかやめてホント。
きょとんと首を傾げるとか、何萌え要素醸しきってんの非健全男子め!
俺を呼吸困難及び血圧上旬心拍数過多で殺す気か!俺が脳卒中になって死んだら化けて出てやる。
そんでおはようからおやすみまで一日中べったり……ってさっきから何口走っ――でなく考え走ってんの自分!?


もうやだ死にたい。
てか死ね。いっそ死んでしまえ自分。あとシズちゃん。


――だから風邪ひいた時はシズちゃんに会いたくなかったのに!


「ん」


「〇♂★△♀×!!!」


「やっぱ熱あんな」




――死んだ!!


今日、俺は、今!死んだ!!
死んだったら死んだ!


だって、おでことおデコがごっちんゆったんです。
シズちゃんの、おれのこのみどストライクがでだいすきでひとめぼれしちゃってたよなかおが、ちょーイケメンなお顔が近かったぁ?!


――なんちゅう破壊力……。


今本気で心臓が停止した。
よし死んだ。やれ死んだ。死んで体の自由が利きません。だって死体だし。
という訳でシズちゃん、俺死んだからはーなーしーてぇぅぇー!


「やっぱ冷えピタだけじゃか間に合わないな……つーかお前、どんだけフラフラなんだよ」


120パーセント貴方のせいです。

舐めてた。どーせ俺にはシズデレは発揮されないからと、この天然タラシ罪作り雄を舐めてました。
まさか半径10mm以内の至近距離まで君が接近するとは、接近どころか密着するとは思いませんでした。


「おいノミ蟲」


正直言うとシズちゃんが軽く投げたぺらぺらの冷えピタでも、頭に結構な衝撃が来たわけで。
それにシズちゃんの予想外の行動や熱や頭痛と相まって、もうまともな思考が追いつかない。
あれ?なんか頭の中の文章もおかしくなってる気がする。
てか、今朝からずっとおかしいのか。


うん、だからシズちゃんの前で挙動不審なのさ。
体調不良!生理的問題だから仕方がないんだって!


「口開けろや」


まぁ、だからなんだよ。
だから、ついうっかりシズちゃんの言う事なんかを聞いちゃったんだ。




「あむ!?」


咄嗟に開けてしまった口に、シズちゃんが何かを放り込んだ。




――甘い。


「のど飴?」


「おう」


茫然と呟く俺に、シズちゃんの穏やかな声が返る。
……だからどうしてそう、そんなに満足げなのシズちゃん?俺は君の仇敵だよ。


苦しかった咥内を穏やかな甘味が浸蝕していって、喉が少し楽になる。
その甘さが、感触が、冷えピタの何倍もの早さで神経を落ち着かせてくれて。これではありえない出来事が、目の前のシズちゃんが現実だと、否応にも自覚させられる。
なんて誤算。


「ほらマスクつけとけ馬鹿」


「やっ」


「ヤダじゃないだろ子供かっつの」


「くぅ……!」


――なにそれシズちゃん可笑しいよ!


せめてもの抵抗を試みるも、俺の力は底をついてしまった。最早抵抗らしい抵抗も出来ない俺は、子供みたいに駄々をこねるだけ。
なんてみっともない。


でもだからって、そんな軽く俺を嗜めつつ丁寧な仕種でマスクを俺につけてくれたりとか、どんだけ男前だ!このエセ紳士が!
普段は自販機やらゴミ箱やら投げつけてくるくせに!特に生ゴミが入ったゴミ箱とか、どんだけ俺を憎いんだっつの!
そんな、そんな俺に対して情けのナの字もないような君が、どうしてそんな優しい仕草が出来るんだよ!?


「とりあえずお粥とプリンとポカリ買ってきた」


しかも気遣い上手だし!
どうせ風邪ひいたことないくせに、風邪ひきに嬉しいチョイスしやがって!
ここまで徹底されると、もう君が幻覚だとか現実逃避できないじゃないか馬鹿ァ!


「プリンでいいか?いいよな、喉越しいいしプリン。プリンは甘くて美味えからな」


いやいやいや!
池袋のフォルテッシモさん!?
どんだけプリン連発すんだよ。どんだけ饒舌になるのさプリンひとつで。つかどんだけ好きなんだよプリン!大好物だって知ってるけどね!
恋する乙女みたいにプリン相手にはにかみやがって。
しかも袋に入ってるプリンは二つですね。


――こいつ、絶対自分の分も買ったんだ。


「おら来い!」


などとシズちゃんが持つコンビニの袋を凝視していると、シズちゃん本人から腕を捕まれちゃった。あ、迂闊。
といっても、いつもみたいに骨が軋むような力強さはなく、彼にしては酷く優しい力加減で痛くない。
その感触が意外すぎて、しかも虚をつかれた分、本当に反応できずにいて。
あれよあれよの内に、シズちゃんに腕を捕まれたまま何処へか連行されようとしている。


ていうか連行されてます。今。
連行するすれせよ?
古文の活用忘れちゃったじゃなくてぇぇえええ!


「シズッちゃッごほっど、ゲホッ……どこ、行くぅ」


「あー?どこって手前ん家に決まってっだろ」


「は?」


「ばーか。ノミ蟲菌が他の人間に移ったら大変だから、さっさと隔離すんだよ」


何それノミ蟲菌てさ!


「なら救急ゲホッ……しゃ、呼べよ」


もしくは新羅に連絡入れろボケ。


「だから言っただろうが。お前みたいなノミ蟲がやられるような凶悪な菌だぜ?他のやつらには危なすぎるだろ」


「…………」


「ったく!風邪なんかでへばってんじゃねえよ」


「だからって!なんッゴホ!ッでそんなに優しいッケホッ!……の?」


「あ?……だってお前、風邪って辛いもんなんだろ」


今更当たり前のことを訊くなよ?そんなカンジの調子で返され、返答に困ってしまう。


「俺はよくわかんねーんだがよ、幽とかも小さい頃つらそうだったからよ、風邪とか放っておけねぇんだ。……あームカつく」


なんで手前なんかを……なんてぶつくさ言ってる割に、シズちゃんの手は優しいままで。


「ノミ蟲のくせに、いっちょ前に風邪なんかひけると思うなよ。んなの俺が許さねぇ」


ぶすっとしたまま、あーだこーだ言ってる。
たぶん、たとえ俺でも病人は無視できなかった自分の性分とか、風邪をひいてしまった俺とかに怒ってるんだろう。
でも、手はあったくて冷えピタは冷たくて。




――甘い。




のど飴が甘い。




「だってよ」


俺を振り向くシズちゃんの瞳が、蜂蜜のように甘くて琥珀のように深い金色の瞳が光っている。




「てめぇを潰すのは俺だからな」




不敵な笑みを浮かべてシズちゃんは告げた。









「あ?手前、また熱上がったな」


「うるしゃい」


誰のせいで熱が上がったと思うんだ、この天然タラシのバカシズめ。
すっごい悔しい。
なのに、結局、腕を捕まれて先をぐんぐん歩かれて、それに抵抗できずにとぼとぼ着いていくんだ。
何これバッカみたい。
シズちゃんのせーだ。シズちゃんのバカばかバカばかばかばカバカバ……かば?


あーホント、熱でて、喉も痛くてしんどいのに。
良いことなんて何ひとつもないのに。




口の中でころころ転がるのど飴だけが、妙に甘くて。




泣いちゃったじゃないか馬鹿。









24時間恋愛戦争

MISSION:看病

勝者 静雄
敗者 臨也
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