drrr 小

□手を繋ぐまで42秒
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唐突に、無かったはずの重力を感じた。



瞼が重くて上がらない。
呼吸がしにくい。



そんな、僅かだが実体の感覚が戻った。







――嗚呼、夢を見ていたのか。







ゆるゆると意識が覚醒する。


そうだ、俺はシズちゃんと喧嘩をして、ついに本人の目の前でその暴力に屈したんだ。



――それで俺、は――……





意識は戻っても記憶は曖昧で、身体の感覚だってハッキリとはしない。


まるで霧の中をさ迷っているように全てが曖昧だ。


けれど先程までとは違って、地に足がついたような現実感がある。





だって、シズちゃんがいないから。

あのシズちゃんの顔が浮かんでこないから。




だから、これは現実。
現実なら、眼を開けてもシズちゃんはいない。いるはずは無い。





だって、それが俺達の現実。
だって、それが俺とシズちゃんが培ってきた数年間の確執だ。





そうださっきの出来事は夢で、あの支離滅裂な思考は全て、夢のせいなんだ。

そう思えたら、すごく安心した。



ほっと肩の力が抜けると(実際には力を入れる体力もなかったんだろうが)、ズキリと右手に痛みが走った。






――痛いなぁ。






生爪が割れたんだから当然だ。


爪が砕けて、弱い皮膚に食い込んだんだから、痛くて当然。



その指だけがひどく熱い。


他はきっと血の気が引いて冷たいのだろうけど。





と思ったら気付いた。

右手全体が温かい。
温かい何かが俺の手を包んでいる。




……どうやらドタチンが手を握ってくれていたらしい。

てっきりこの感触も夢かと思っていたから、ちょっと意外だ。




――でも正直助かるよ。シズちゃんに壊された指先が熱くって、痛くてしんどかったから。


――傷に触れられたら困るけど、なんか支えがあるって悪くない。人肌って、少しくすぐったいけど嬉しいもんだね。



24にもなった男としては自分でもどうかと思ったが、ドタチンがいるってだけですごく安心できた。



高校の時からそうだ。この頼れる男の前では、俺は簡単に弱い自分を出せるんだよ。


たとえ嘘をついたままだとしても。





右手に温もりを感じながら、俺は再び意識を手放そうとした。


大丈夫、この優しい手がいてくれるから無理しなくてもいいんだ。そう心底安心して、眠ろうとした。




けれど、










――くすぐったいな。


温かい手の感触が、俺の手を握る手つきが記憶しているものと違った。






――何?なんで俺の手を撫でまわすの。





ドタチンの手は怖々と俺の手のひらを撫で回していた。


不器用な手つきで、まるで俺の手の感触を確認するように。



俺の手なんて今更確認するようなものではない。


これでは撫で回される方としても、あまり気持ちは良くなかった。


以前のように、もっと優しく器用に、じっと支えててほしい。




しかし不満を抱いても、俺を包む温かな手はぎこちないままで。


そして更なる違和感に気が付く。




そっと手を撫でる指は、記憶していたものより細い。

ドタチンの手はもっとがさついていたはずなのに、まったく抵抗がない表皮。





――おかしい。





感じた違和感はどんどん大きくなった。






俺の手より一回り以上大きな手。

少し骨張ってて、でもしっかりしている手のひら。

指が長い。
長くて、節が目立った。










――何だよ、これ。まるで、これは――……






嫌な予感がした。
それは現実的に考えてありえない事で、ありえたとしたら、それは俺にとって最悪の事態。

言いようのない不安と焦燥。


とても寝てなどいられず、俺は半ば無理矢理に瞼を押し上げた。








「…………!」







やっとの思いで瞼を開くと、見知らぬ天井が広がっていた。


いや、知らないわけではない、ぼんやりとだが覚えがある。



ここはきっと新羅の家。




そこまで把握し、まったくいうことを効かない身体に鞭打って、首を傾けた。

そんな些細な動作さえが億劫で、身体が重い。


けれど視界の端に金髪を認めた時、そんな感覚も吹き飛んだ。




それはありえない事で、ありえるとしたら俺にとっては最悪の事態。






「……シズッちゃ……」






最悪な予想通り、平和島静雄が傍らにいた。







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