螺旋の聖譚曲
□第参楽章 『ある男の狂想曲』
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ここの家族は私の理想だとアンナは思った。
貧乏だとしても笑い合い、楽しく暮らせるこの人間関係こそが本当の家族なんだ。
(少し、羨ましいな…)
私の家族ならこうはいかない。
相手の失敗をねちねちとしつこく言い、嘲り笑う。
食事なんか相手の粗相を見つけようと躍起になって暗い時間になってしまう。
裕福でも貧乏でも家族の在り方は同じであるはずなのに、どうしてこうも違うのだろうか。
アンナは膝の上にルシアを乗せてふざけながら心の中ではそう呟いた。
幾重にも仮面をつけてる私の顔。
本当の私ってなんなのだろうか。
「…アンナお姉ちゃん?」
気がつくとロッドはこちらを見ていた。
ハッとして微笑むとロッドはその緑の瞳を自分に向けた。
欲のない、純真無垢な透明なそれはまるでアンナの心を見抜くようだった。
思わず目をそらしたアンナにロッドは腕をつきだした。
「……これ」
「?」
きょとんとするアンナにロッドはどこかむすっとした顔で もう一度腕をつきだす。
「…あげる。お守り。」
アンナが手の平を上に向けるとロッドは握っていたものを彼女の手の上に落とした。
それは硝子細工で出来た燕だった。
「…綺麗…」
「父さんが昔くれたんだ。今はもういないけど。」
彼は寂しそうにはにかむと棚から彼の頭くらいの大きさの箱を取り出した。
「…それ…」
「父さんが昔村の小さなサーカスのピエロしててさ。その時に使ってたんだ。」
中から出てきたのは首から下げてつかう行進やパレードに使われる小さな太鼓だった。
「父さんはピエロの芸を失敗して死んじゃったんだけどね。太鼓だけはサーカスの人も捨てられなくて、僕の家に返ってきたんだ。
皮肉だよね。太鼓は戻ってきても父さんは戻ってこない……」
ぽん、と軽やかな音がした。
彼はその悲しみを打ち込むかのようにリズムを刻み始める。
ぽん、ドコトン、ダララ…
ぽん、ドコトン、ダララ…
軽く、重く、連続を繰り返す。
その音は地から響くような力強い音だった。
そこに、違う音が混ざり込んだ。
ヒュ…ヒュリラル…
見ると膝のルシアがハーモニカを手にしていた。
二人の兄妹はしばらくそうやって合奏していたが、やがて一つの区切りができると止めた。
未だに二人共に13歳位であるのに関わらず、その終わりかたはとても上手く、合図をすることなくピタッと止めた。
そんな息のぴったりな二人にアンナは拍手をした。
「すごい…二人共お父さんに?」
「うん。そうだよ。」
「お姉ちゃん元気になったね!」
ロッドがそう言えばルシアもニコニコと喜ぶ。どうやら二人は自分に気遣って合奏を披露してくれたらしい。
(不思議ね…22歳の私より彼らの方がこんなにも賢い。)
と、先ほどの音楽を聞き付けてかルージュがやってきた。
ルシアは気づくと、ばっとルージュに飛び付いた。
何事かと目を白黒させながら彼女はどうにかルシアを受け止めると
訳がわからないとばかりに首をかしげた。
そんな様子にアンナとロッドは同時に吹き出した。
気がつけば、先ほどの悲しさがどこかになくなってしまったようだった。
(今からでも遅くない…帰ったら私が家族を変えればいいんだ)
アンナはそう決心した。