螺旋の聖譚曲
□第弐楽章 『乱闘そして乱奏。』
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ヴォルフがそう思っていた途中だった。
ふとアンナは今先ほど通りすぎた大通りに怪しげな黒い幌馬車に女性が乗り込むのをみた。
ただの女性なら違和感はなかった。しかし男性に支えられて乗り込むのにはいささか不思議な光景だった。貴族の馬車ならともかく、貴族ではなくどうみても一般庶民の馬車なのに。
「…?」
不審に思ったアンナはしばらく考えた後、思いきったようにヴォルフに言った。
「…すみません御主人様。少し戻ります」
「?構いませんが…。」
と、馬車をUターンさせる。
石畳が不穏さを表すように
普段たてている煩いカタコトという音でさえ、何故か今はきこえなかった。
と、先ほどの通りに出た。
目にしたのは目隠し、手錠された少女が馬車に乗り込まれようとしている光景だった。
「!!」
「人売り…!」
アンナはとっさに馬車を飛び降りると降りざまに一人の男を蹴りとばした
「…恥を知りなさい!」
「ぐわぁっ」
「なんだこの女!!」
「やっちまえ!!」
アンナはやってくる男を全て武闘で片付ける。しかし一つの音と共に吹き飛ばされた
「うっ」
「アンナ!!」
今までのアンナに続いて馬車をおり、持っていた剣で応戦していたヴォルフだったが、今の音でアンナの方を振り返った。
黒髪は顔にかかったのを払ったのをみると大丈夫そうだった。
「…今のは…」
"音楽士"の力…!
傷ついたアンナのかわりにヴォルフは前に出る
「…姿を表しなさい音楽士。
私も音楽士です。同士として見逃せんね。」
ヴォルフは何より力を悪用するのが嫌いだった。
殺気に似たそれを醸し出しながらヴォルフはバイオリンケースからバイオリンを取り出した
「正々堂々とお相手なさい!」
馬車から現れたのはホルンをもった黒い髭をはやし、とっぷりと太った男だった。
腰には鞭をぶら下げているのを認識すると、ヴォルフはさらに怒りを募らせた。
「貴方は同じ人間にその鞭を使ったのですか?」
「あァ?なんだてめぇは。」
不機嫌な様子の男はヴォルフを見下すような背の高さだった。
返事の代わりにヴォルフは相手を罵る。
「音楽士…いえ人間として最悪ですね。」
「んだと…気に食わねぇ面しやがって!!」
「お互い様です。こっちこそ胸糞悪い…!」
そして相手はホルンを、ヴォルフはバイオリンを手にした。
音楽士にとって楽器を立って構えたのに対し、構え返すのは、足元に放られたナイフを拾うのと同じ行為である。
すなわち、今、ヴォルフは宣戦布告したのに対し、男がそれを受けて立ったのだ。
そして乱奏の幕があげられたのである。