螺旋の聖譚曲
□第壱楽章 『驢馬は道を行く』
2ページ/6ページ
オーストリアにあるザルツブルク。そこは岩塩が取れる事で有名で、結果、塩の城を意味する『ザルツ』と『ブルグ』が名についたほどだ。
楽器が生まれる事でも有名だったザルツブルクでは日々音楽家や音楽士達が己の作った曲を売る事で評価を調べたりや、また気に入った曲を入手したり、新しく楽器を新調したりと様々な人間が往き来していた。
早朝である現在でも早い時間にも関わらず、市場はざわざわと人混みであふれ果物から穀物、雑貨や洋服までがまるで宝石箱のように満ち溢れていた。
そんなザルツブルクの中心にある町並みで一つの立派な馬車が宿屋に止まっていた。
馬車には紋章が刻まれていた。
それは楕円形に描かれた茨が銀の糸でどこか美しさを出し、そして中心にいるメインの驢馬は片方の前足を曲げ、今にも歩き出すようなフォームの模様が金の糸で刺繍されていた。
この紋章の持ち主であるヴァイルシュタイン一族が来ていると人々はすぐに目立つ馬車のそれでわかった。
と、宿屋から一人の青年とその馬車を率いる従者が現れた。
鷹の羽のような深い茶色の髪、深い湖のような蒼い瞳の切れ目、
そしてその瞳を隠すような眼鏡が特徴的な20歳前後の青年だった。
彼こそがヴァイルシュタイン家長男、ヴォルフ・ヴァイルシュタインである。
「…全く、嵐のお陰で計画より進行が遅れてしまいましたよ。」
ため息をつくとヴォルフは最初は実に順調だった進行と共に、数日前の出来事を思い出した。