螺旋の聖譚曲
□第壱楽章 『驢馬は道を行く』
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順調だったのは最初の二日間だけであった。
三日目は昼頃に突然激しい雨に見舞われ、風もかなり強くなってきた。
ヴォルフとその御者は急いで近くの宿屋に向かい、そこで止むまで待っているつもりだったが思った以上に天気はなかなか回復せず、又馬たちも疲労が見えていたのでヴォルフ達は天気が晴れてからもう一晩宿屋で過ごしたのだった。
「…馬はどうです?」
「大分回復したようです。このまま行けば次の街まではもう一日もかからないでしょう。」
「それは良かったです。」
ヴォルフは御者に微笑み、そういえば御者の名前を知らないという事を思い出し、ついでながに問いてみた。
「…すみません。
私、貴方の名前をまだ聞いていませんでしたね。良ければ聞かせていただけますか?」
「え?…そんな、ヴォルフ様が気になさるような身分ではありませんよ」
「ですが、名前は知っておかなければ私も貴方も不便でしょう?」
すると御者は突然一オクターブほど声が高くなり『まいったわ』と呟いた。
そして初めてその職業の特徴である帽子を外した。
さらさらと流れるように降りていたのはとても長い黒い髪。
「…!」
御者は女だった。
「……改めましてヴォルフ様。私、『アンナ』と申します。
都合上、男のふりをさせていただいていました。どうかお許しください。」
旅は波乱に満ちている。
始まってばかりだというのに、ヴォルフは早くもその予想外の出来事によって気づかされたのだった。