Novel
□わんこな相馬さん
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相馬博臣という男は猫っぽい。
それも通い野良猫。
飄々として、神出鬼没で、人懐っこい雰囲気で傍にいるけど一切本心を悟らせようとせず、触れようとするとするりと逃げる。
無理矢理捕まえればその時は大人しくなるが、やはり心は開かず笑顔という壁で距離を取り、また何事もなかったかのようにこちらと一線を引く。
餌にはしっかりと反応し食らい味わう癖にそれを用意した者に懐くことはない。それが相馬博臣という男。
…と、まあ、ここまでが相馬と付き合う前までの印象だった。
でも今は違う。
……こいつ、どっちかっていうと犬っぽい。
「………」
大学に提出するレポートの期限が近付いてきた為、普段出さないやる気を半ば強引にひり出し、学生らしく真面目にペンを紙面に走らせる。
今の俺はどこから見ても恥ずかしくない勤勉学生で、いつもの俺からは通常お目にかかれないかなり希少価値の高い姿だろう。
………が、それを邪魔してくれる犬がいた。
「…………相馬」
俺の呼ぶ声に反応し、クッションを抱いて寝転がっていた犬……相馬はがばっと顔を上げた。
「終わったのっ?」
「いや、違う」
「あ……、そうなんだ」
弾んだ声が途端にして一気に萎む。
……耳。今、見えない耳がしゅんって垂れた。
付き合って分かったこと…いや、今思うと付き合う前から片鱗は見えていたのだが、相馬はかなりの甘えん坊だった。
っていうか犬。飼い犬。飼い主にべったりな室内犬。あれが一番相馬を例えやすい。
飼い主の傍にいるだけで、ちょっとでも反応してくれるだけで嬉しくて嬉しくて堪らないと全身で喜び尻尾を振る…それが相馬。
で、その飼い主が俺。
職場や人目が付く場所ではまだソフトだが、二人きりだと殊更ひどい。
「あのさ、」
「うん」
「……暇じゃねえ?」
「へ?なにが?」
「だから、なにもしないでそこにいるの」
そこ、というのは俺の背後の足下。俺が机に向かう時、相馬は必ずここを陣取る。
…ここが定位置とか、益々犬っぽい。
「ううん、全然」
あっけらかんと帰ってくる返事。
そして、
「俺、佐藤君の傍にいるだけでも楽しいから」
へにゃっと締まりのない笑顔でこの発言。
そう、この発言である。
これを本心から言っちゃえるのだからこいつどんだけ俺のこと好きだよといつも思う。
それでもビシバシと背中に刺さる視線にとうとう俺は耐えられなくなり、ペンを置くことになった。
振り向き、相馬に向かって両手を広げる。
「え?…へっ?さとーくん?」
急な展開に戸惑いを見せていたが、俺が手を広げたまま相馬を見ているとおずおずと抱き付いてきた。
こうして素直に俺の言うことを訊く相馬は、かわいい、と思う。
「ど、どうしたの?まだ終わってないんじゃ…」
「構ってほしかったんだろ?」
こんな至近距離からあんだけ熱視線を当てられたらどんだけ鈍い奴でも気付くだろ。
図星を突かれた相馬はそれでもレポートの邪魔をしてしまったという後ろめたさから眼を彷徨わせていたが、俺からキスを仕掛けたら背中に回されていた手に力が籠もった。
そしてそのままベッドへと流れ込む展開に相馬は「そんなつもりじゃなかったんだけど…」と困惑気味に苦笑していたが、要は構ってもらえればそれでいいので、まんざらでもなさそうだったというのはバカな飼い主視点からである。