Novel
□恋の病とは実に厄介なものなのです。
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のんびりゆったりな刻が流れるワグナリア。
……そう言うと若干聞こえは良いが、まあ要するに今日も暇だった。と、暇過ぎて腐っている俺、佐藤潤は欠伸をする。
忙しい時はそれなりに忙しいが暇な時はとことん暇なのがこの店の特徴で、この落差は毎度ながら慣れずにひたすら苦痛でしかない。
眠気覚ましに吸っていた煙草もとっくに吸い終えてしまい、けれどすることもないのでもう一本と煙草に火を点けた。
…暇すぎてくそ眠ぃ。
油断すれば目蓋が下りてしまいそうで、俺は効果は期待出来ないと知りつつも眠気を振り払うため思いっきり紫煙を肺に送り込んだ。
「おはよーございまーす」
「………」
一気に目が覚めた。
「おはよう佐藤君。なんだかすごく眠そうだね」
にこにこと愛想の好い笑顔でご出勤の男、相馬博臣は今日もご機嫌よろしく爽やかに挨拶をしてきた。
眩しすぎるその笑顔に俺の眠気は遥か彼方にナリを潜める。
「……はよ、」
数段上がった心拍数に気を付けながらゆっくりゆっくりと煙を吐いて挨拶をする。声が裏返って出ないか心配だったが、なんとか普通に返せた。
「もしかして今日暇なの?忙しいのは嫌だけど、暇すぎるのも辛いなあ」
話しながら人懐っこい動作で近寄る相馬。まるで子供のような仕草に、こいつ本当に俺と同い年かと疑いたくなる。
まあそんな疑問を浮かべる前に俺の気管支が痙攣を起こしたわけだが。
「ごふッ!!」
「さとーくんッ?!」
げほげほとむせていると相馬が心配そうに俺の背中を擦ってきた。プラス上目遣いのオプション付きで。
ちょ、おま、それ逆効果
「…っごほ…ッげほ、……」
「大丈夫?寝呆けたの?そんなに暇だったんだ」
見当違いの言葉を聞きながら俺は跳ね上がった心拍数を落ち着かせるため深呼吸を繰り返す。
勘違いしてくれて助かった。相馬が可愛くてときめいた、なんて知られたら俺の残りの人生が終わる。確実に。
……そうなのだ。厄介なことに、俺は現在進行形で相馬に恋をしている。それも病的なまでに。
同性?ほっといてくれ。俺だってこんな奴に惚れたくなかった。
なにが悲しくてこんな性格破綻者に惚れなくちゃならんのか。そんな物好きな奴がいるなら是非とも拝見したい。…ああ俺だったよ畜生。
きっかけは忘れた。思い出せるなら過去に戻ってそのきっかけを無かったことにしてやりたいくらいだ。早まるな俺、と。
「そんなに暇だったんならぼーっとしてないで轟さんにアプローチすればよかったのにー」
あ、でも結局いつも通り店長の話になっちゃうか、と無邪気に笑う声に頭がすうっと冷えた。
衝動的に目の前にあった頭をわし掴みにする。
「…相馬君は今日も素敵にムカつきますね」
「えええ!?なんかそれ八つ当たりじゃ…いたたたたッ、さとーくん、痛い痛い!」
思いっきり掻き回せば少々大袈裟なリアクションで騒いでくれた。その姿にほんの少しだけ溜飲が下がる。
幸か不幸か、相馬は俺がまだ轟のことが好きなのだと勘違いをしている。この淡い恋心(気持ち悪っ)を知られない為に俺は甘んじてその立場にいたりするのだが、ただやはりムカつきはするので、理不尽な八つ当たりも愛嬌ということでここは一つ。
「うぅ〜…、佐藤君は乱暴だなぁ」
目が回ったのか頭をふらつかせ不平を口に零す。
瞬間、涙混じりの瞳が上目遣い気味にぱちりと合い、再び俺の心臓を落ち着きなくさせた。
「乱暴な男は嫌われるんだよ?」
「…その乱暴な男になんで毎回ちょっかいかけんだよ」
なんの気なしに口から出た言葉だった。
動揺を隠す為の、ちょっと話題を逸らしただけのつもりだったのだが、
だのに、
「え、だって俺、佐藤君のこと好きだもん」
……その瞬間、確実に俺の心臓は止まっていたと思う。
「あ、そういや俺、小鳥遊君達に挨拶まだだった」
じゃーね、佐藤君!
憎たらしいくらいの笑顔でそう言ってぱたぱたとフロアへ走っていく相馬。
俺はその後ろ姿を呆然と見送るしかなく、静かな厨房に一人取り残されることとなった。
待て。
違う。
今のは違う。
今のはあくまで同僚という立場からで決してそういう意味じゃなくだから俺が思うようなことではつまりなくて要するに
『佐藤君のこと好き』
「…―――ッ!」
リフレインされた言葉にカッと身体が熱くなった。
打ち消そうとしても上手くいかず俺の心臓は馬鹿みたいに早鐘を打つ。
ああ、ヤバイ。
顔、絶対赤い。
「…っあー、くそッ」
俺はもう駄目だった。