Novel

□春よこんにちは
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「…さむッ」


びゅごおッ、と吹き付ける風に俺は思わず身を竦めた。

南の方ではそろそろ春の気配を感じる頃と聞くけど、北海道の冬はまだまだ終わりそうもない。

少しでも冷気から身を守ろうとコートの襟を直していると、横から佐藤君の視線を感じた。


「お前手袋どうした」

「忘れちゃった」

「馬鹿じゃねぇの」

「にべもなく!」

「だって馬鹿だろ。普通こんな天気に忘れねーよ」


こんな天気、というのはいつ雪が降りだしてもおかしくない曇天の空に、吐き出した白い息すらも凍り付かせるような風が吹いている今の状況を指す。

はい、そうですね。馬鹿です。仰るとおりです。でも今は天気よりも佐藤君の視線の方が極寒でしんどいかな!とか思ったり。

そんな寒い中何故わざわざ外を歩いているのかというと、只今俺達は近所の店へ生クリームの買い出し中だったりする。

だって店長が水を飲むように食べるんだもの。ほぼ比喩的表現じゃないのが凄いところだ。

店長の食いっぷりを思い出して寒さからの現実逃避をしている間も、佐藤君の冷ややかな眼は真っ直ぐに俺の剥き出しな手に突き刺さってきてかなり居心地悪い。…いたた。視線って偶に凶器だよね。

佐藤君は口数が少なくて目付きも鋭いからそれだけでも迫力あるのに、そんなあからさまだともうあれだよね。ビーム出せるよね。穴開けられるんじゃない?危険物所持で捕まっちゃったら俺の仕事増えるからツマミを『弱』に戻すか電源切っちゃってよ。



…あ、ごめんなさい。言い過ぎました。違うか。口に出してないから思い過ぎました。っていうか心読むのは俺の専売特許だからやめてやめて痛いごめんなさい。



「…はぁ…、ほら」


かなり乱暴に頭をもみくちゃにされてくらくらと視界が回っていると、ぽん、と手袋を渡された。

しかし片方だけ。


「………」

「なにしてんだ。さっさと嵌めろ」

「佐藤君。その優しさは評価するけど馬鹿なの?片方だけで暖を取れとかどこの暴君ですか。あ、優しさだから暴君じゃないか。ならどこの国の法律なの?それとも宗教?ごめん佐藤君、俺あんまり知らないことないけどちょっと教えていただけませんか」

「…いちいちうるせぇな、さっさと嵌めろ」


また頭をぐしゃぐしゃにされたくはないので俺は言われたとおり片方だけ手袋を嵌める。

…ちょっと大きいな。指先とか余っちゃって不恰好なことこの上ない。

っていうか佐藤君と俺とじゃビジュアルが違うんだからさ、サイズ云々抜きにしろ普通に似合わないんだよね。なんで手袋までイケメンオーラ出してんの。手袋に負けるとか、俺泣いちゃう。

しかも直前まで佐藤君が嵌めてたものだから温もりが残…ってあぁあ考えるな俺キモい奴だからそれ。

余計な方向へ思考が暴走しそうなのを誤魔化すように心の中であれこれ悪態を並べ立ててると、嵌めている方と逆の手を佐藤君に攫われた。

で、そのまま佐藤君のコートのポケットに…


「………え?」

「ほら、これでいいだろ」

「…いや、いやいやいや!ない!ないからそれ!」


あろうことか外気に晒されていた方の俺の手は佐藤君の手ごとすっぽりとポケットの中へと収められてしまった。

そして何事もなかったようにすたすたと歩きだす。しっかりと握られて離してくれないから、当然俺も引き摺られる形に。

え、なにこの状況。


「ちょ…ま、待って、おかしいよね、これッ」

「なんでだよ。あったけーだろ?」

「そういう問題じゃない!こういうのは恋人同士がやるものであって、大体おと」

「…違ェの?」

「へ?」

「俺達」


ぴたり、と足を止めて顔だけ振り向く。

佐藤君はそれ以上なにも言わなかったけど、真っ直ぐに向けられた眼が饒舌過ぎるほどに語ってくれて、俺は、なんていうか、その、


「ち、…がく、ない…です」

「ならいいだろ」


あっさりとそう言って再び歩きだした。

手は繋がれたままだから当然俺も引っ張られる形で歩く。気が付けばポケットの中の手は所謂恋人繋ぎと呼ばれる奴になっていて、今度こそ俺の顔は赤くなった。

男同士でサムいことには変わらないんだけど、


(佐藤君…耳真っ赤)


それが寒さからくるものじゃないと知ってるから、無性にくすぐったくて、


吐き出された溜め息はどこまでも白く長く空気中を漂った。




「……佐藤君」

「なんだよ」

「熱い」

「よかったな」

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