Novel

□炬燵には魔物が住んでいる
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炬燵には魔物が住んでいる。



「なら俺は…その魔物と共存したいっ」

「アホか」


相馬の妙に本気を思わせる呟きに佐藤は間髪入れず頭を叩いた。

…場所は佐藤宅。気温が下がる毎に「炬燵は良いよね。炬燵は日本人が生み出した文化の極みだよ」とかぼやいたりカタログを置いていったりする恋人が煩かったので、今年の冬、めでたく炬燵は佐藤の家の子となった。

ら、その子に恋人を寝取られた。まさに文字通りの意味で。

訪問すれば真っ先に炬燵に寝転がりうだうだと貼り付く恋人を眺め「どうしてこうなった」と思っていた矢先の冒頭の呟きだったりする。

そりゃ叩きたくもなろうて。


「痛いよさとーくんッ、ひどいなぁ」

「うるせぇ。大体なんなんだお前は。人ん家に来たかと思えば炬燵を陣取りやがって」

「えー、だって炬燵だよ?抗えない魔性のアイテムじゃない」


そう言ってふわふわと幸せそうにごろごろ。

そんな聞く耳を持たない相馬の様子に佐藤は溜め息を吐いた。

確かに暖かそうだが、実のところ佐藤はそんなに炬燵は得意じゃなかったりするのでその言葉にはいまいち共感しかねたりする。

まあ身体のサイズもあるのだが、暖かいのは身体の末端のみで背中は寒いというのが好きになれないのだ。

かといって炬燵で寝転がっても暫くすれば暑くなって耐えられなくなるのがもうどうしようもない。

そんな理由もあって今まで炬燵は買わなかったのに、更に恋人まで取られちゃ佐藤の中で炬燵の株は急暴落だ。

まぁいいけど…、と軽く不貞腐れモードでベッドに凭れ雑誌を読み始める。炬燵一つで目くじら立てるのも大人気ないと自分に言い聞かせて。


「でもねー、」


ふいに相馬が顔を上げた。


「佐藤君が傍にいないから、ちょっと寒い」

「………」


それはどういう意味だろうか。

最早内容が頭に入ってこない雑誌を眺めていると焦れたらしい相馬が袖を引っ張ってきた。


「ほら、ここ、佐藤君はここ座って」


誘導され言われるまま炬燵に座る。

一体なんなのかと口を開こうとすれば、相馬が佐藤と炬燵の間に割って入ってきた。

所謂お膝抱っこ、である。


「よし!」

「なにがよし!だ」


疑問はそのままツッコミへと変わった。


「だって炬燵って暖かいけど背中は寒いじゃない?」

「…それは分かる」

「でも横になったら暑いんだよね」

「何が言いたい」

「だからこうすれば、ほら、暑すぎないし背中も寒くないし、丁度いい具合に暖かい!俺が!」

「お前がか」


すかさず相馬の頭を叩く。

しかしこんなでも相馬との久しぶりの接触だったりするので、僅かだが機嫌が浮上したのを自覚した。

そしてこんなんで浮上するなんて随分と安上がりだな、と佐藤はちょっと自己嫌悪。


「日々佐藤君のツッコミにキレとスピードが磨かれていく…」

「誰の所為でしょうね」

「うん、俺の所為だね」

「判ってるならアホなことはやめろ。俺は背中は寒いわ動けねぇわで不愉快なんだが」

「え?動かなくてもいいじゃない」


徐にくるりと向きを変えたかと思うとぎうっと抱き付かれ、今度こそ佐藤は硬直した。

互いの鼓動が分かる程の密着と脱力しきった身体の重み。それはまるで情事後特有の気だるさのようで、彷彿させられた思考はまんまと停止させられる。

その抱き慣れた身体に触れようと右手を上げるのは条件反射だった。


「あったかい」

「…だから、俺で暖を取るな」


上げられた右手はそのまま下ろされた。


「なんなんだよお前、暖まりたいなら炬燵があるだろ。人を暖房器具扱いするな」

「えー、佐藤君と炬燵じゃ比べ物にならないよ」

「当たり前だ馬鹿」

「そうじゃなくてさー」


子供のように身を預けてくる相馬。

甘えるような態度に今度こそ伸ばされた右手で頭を撫でてやれば、クスクスと揺れる肩の振動が胸に伝わった。


「炬燵って暖かいよね」

「…まあな」

「手を伸ばせば簡単に届く距離とか、好きな人がすぐ隣に座ってる空間とかさ。…だから俺、炬燵が好き」


狭いからと言い訳をして触れられる距離。共有できる温もり。

それら全てが暖かくて優しくて、
そんな時間が嬉しくて幸せで、

だからこそ離れがたくて病み付きになる…正に魔物だと相馬は思っていた。


「だからね、佐藤君はここに居て?寒いなら俺が暖めるからさ」


相馬の言葉に黙って耳を傾けていた佐藤はちらりと眼を逸らす。


「……それでも俺は苦手だけどな。俺からしたら手頃な距離どころか窮屈だし、それに」

「わっ…、」


ひょいと身体を持ち上げてあっさりと組み倒した。


「こんなにくっつかれると理性が持たない」

「え…」


未だ状況の変化に着いていけていない相馬にキスを落として服の中に手を滑り込ませる。

そこで漸く相馬は覚醒した。


「ちょ、ちょっと待って!あれ?今そんな流れだったッ?俺別にそんなつもりじゃ…っ、」

「だから言っただろう。お前にそんな気は無くても、俺が持たないんだって」

「そんなこと言われて…っんぁ、」

「暖めてくれるんだろ…?」


知り尽くした弱いところを重点的に攻めてやれば徐々に抵抗は弱っていき、縋り付くように背中に手を回された。

冷えた背中に浸透する震える手の体温を感じ、炬燵よりもこっちの方がいいと、佐藤はより深く身体を合わせた。













………後日、





「クリーニングに出してるので炬燵はありません」

「………」

「誰の所為でしょうね」

「…佐藤君の所為でしょ」



炬燵はやっぱり苦手だけど、少しは悪くないかなと思った、そんな冬。

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