Novel

□バレンタインデー当日の話
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「わぁ」

受け取った箱をマジマジと見る恋人を眺めながら、俺は内心思っていた。

可愛いなぁこの野郎、と。












甘ったるい匂いと甘ったるい空気で街中が文字どおりピンク色になる、バレンタイン。

お菓子会社の宣伝により女子が好きな人にチョコを贈るというイベントになってしまったと聞くが、詳しいことはよく知らない。

その辺りの雑学ならきっと俺の恋人が事細かく詳しく説明してくれるだろう。興味ないけど。

何はともあれ、紆余曲折を得て2月14日はこうして恋をする者達の為の日となった。

最近では義理チョコだけでなく友チョコとやらがあるらしい上に男がチョコを贈るというのも珍しくないようで、俺の腕の中にあるチョコの材料も、つまり所謂そういう事だ。




そういう事なので、




「……佐藤君からチョコ貰えるなんて思わなかった」


俺の恋人…相馬の冒頭の反応に至るわけだ。

ぽかんと呆けた顔で俺を見る相馬はいつも以上に無防備な姿で、ぶっちゃけ正直今すぐにでもどうにかしてやりたかったが、俺はその衝動を煙草に火を点けることで自分を誤魔化す。


「…前、たい焼き好きだっつってたから、甘いのは平気かと思って」

「覚えててくれたの?」

「お前が言わなさすぎだから変に記憶に残るんだよ」

「あはは、ごめんごめん。でも…ありがと」


チョコをあげただけなのにほんのりと頬を染め嬉しそうに微笑むものだから、俺はうっかりライターで火傷しそうになった。

相馬は知らないだろう。俺がここまで相馬に入れ込んでいることを。最早これはベタ惚れの領域だと自分で呆れるほどだ。

どうにも触れたくなって相馬の頭を撫でてやる。

決してヘタレだからではない。これ以上の接触をすると相馬の身の安全を保障出来なくなるからだ。…主に性的な意味で。


「へへ、俺、佐藤君に頭撫でられるの好き」


そう言ってふにゃりと笑う。

子供っぽさが抜け切れていない笑顔。なのに、襟足が掛かる首筋や頬から顎にかけてのラインはどことなく色気を含んでいて、そのギャップに誘われたのか俺は無意識にそこへと手を滑らせていた。

触れた途端あからさまに相馬の身体が強ばった。

やたらとくっついたり甘えてきたりしていた相馬は、クリスマスの一件以来、俺にそういったことをしてこなくなった。

…いや、偶に抱き付いてきたりしてたけど、我に返るといった様子で真っ赤になって直ぐに離れてたっけか。

少し寂しいが意識し出したのは良い傾向だと思う。色気も雰囲気も無しに抱き付かれていたあの頃の生殺しに比べれば全然いい。(純粋に信頼仕切った眼で無防備にあんなことされてみろ。あれは本当に辛かった)

けど恐がらせたいわけではないので、安心させるように肩を軽く叩いて離れる。

下らない知識は豊富なくせにこういった接触はてんで子供な恋人に先は長そうだと思っていると


「さ、ささ、さとーくんっ」


がしッ、と手を捕まれた。

…なんですか?この手は。

見ると、相馬の顔が真っ赤に染まっていた。


「お、俺、さとーくんに触られるの、い…嫌だとか、そんなんじゃないんだッ、ただ…っその、」


恥ずかしくて…、と消え入りそうな声で呟き、凝視する俺の視線に居心地悪そうに眼を泳がせる相馬。


…なにこの可愛い生き物。ときめき過ぎて一瞬呼吸を忘れたんですけど。


俺は半分も吸っていない煙草を震える手で揉み消し、改めて相馬と向き直る。

空気の変化を肌で感じ取ったのかますます顔を赤くして縮こまる相馬の頭を撫で、するりと耳の後ろを通り、頬に手を添える。

緊張を解すようになるべく優しく触れてやると、怖ず怖ずと身体の力を抜き、甘えるように自ら頬をすり寄せてきた。

『そういう意図』を持っての接触と理解した上でそれに答えてくれる相馬に俺は深く感動を覚える。

これはあれか。そろそろ












(……………食べ頃か?)












「…さとーくん」

「なんだ?」

「……なんか、その…、眼が…恐い、ような…」

「……ああ、すまん」


いかん。恐がらせてしまった。どうにも意志が弱くて困る。これが若さか。


「気にするな」

「気にするなって…あ、気にすると言えば、俺佐藤君にチョコ用意してないんだよね」


佐藤君甘いのはあんまりって言ってたから。と困ったように苦笑する。

俺が渡したかっただけだから構わない…と言い掛けてふと思い付いた。

言っておくがこれは計画的犯行じゃないからな、と俺の良心に言い訳をして。


「別に構わない。その代わりホワイトデーは期待してるから」

「うん、いいよ。何がいい?」

「…まあその前に、俺からのチョコを受け取ってくれ」


渡したチョコを取り、包装紙を解いて一粒を俺の口の中に放り込む。

そして疑問符を浮かべている相馬を引き寄せ、油断しきっているその口を思い切り塞いだ。

反射で逃げようとした身体を押さえ付け無理矢理チョコをねじ込ませる。生チョコだから瞬く間に溶け、一気に口の中が甘くなった。


「ッ?!ん…ンぅ、ッ」


チョコと交ざりあってどんどん溢れる甘い唾液を塗りたくるように口内を蹂躙する。

相馬をむせらせないよう注意しながら角度を調整し、息継ぎの合間に再びチョコを口に含んで、またそれを繰り返す。

大分時間を掛けて味わい思考も舌先も甘さで溶け切った頃、手元のチョコが打ち止めとなった。

空になった箱を横目で見、あっという間だったなと貪欲に物足りなさを感じながら、最後にちゅるりと相馬の舌を吸って離れる。

離れた分だけくたりと相馬が凭れてきた。


「…っは、…はぁ…、」

「よしよし、頑張った頑張った」

「さ、…とーくんの、ばか…」


真っ赤な顔をして未だ整わない呼吸のまま悪態を吐かれても可愛いだけで、目元の涙を拭ってやりながらもう一度キスをする。

相馬も自然に俺の背中に手を回しぎこちないながらも自ら舌を伸ばしてきた。

どうやら恐怖心や躊躇いは無くなったようだ。荒療治も必要なんだな…。


「…ときに相馬」

「…ん…?」


味も雰囲気もこれ以上ないほどの甘い空気の中、俺は下心ありありの笑顔で。


「ホワイトデーは三倍返し、というルールを知っているか?」


ぱちり、と瞬きをする相馬。

濡れそぼった唇を軽く舐めてやるとやっと意味を理解したらしく、相馬は顔を真っ赤にさせて面白いほどに動揺しまくった。

散々唸って悩んでいたが(その間俺はキスをしたり身体に触れたりと嫌がらない程度に相馬のご機嫌を取っていた)、時間を掛けて、どうにか、微かに、しかし確実に頷いてくれた。


その瞬間俺は心の中でもの凄い速さで力強くガッツポーズをとったのは言うまでもない。







こうして俺は無事ホワイトデーの約束を取り付けることに成功した。


神様ありがとう。

俺達、来月やっと解禁します。

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