Novel

□うちに変な生き物がやってきた
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猫を拾った。

バイト帰りの車の運転中…少しスピードを落として道を曲がったその時、たまたま視界に入ったのがその猫だった。

不法投棄された資源ゴミの隙間にひっそりと横たわる猫。

あまりにも生気がなさすぎて死んでるのかと思ったが、微かに上下する胸に生きてるのを確認する。

そしてそのまま目が離せなくなった俺は猫を抱えて家へ帰ることとなった。













「……猫ってなに食うんだっけ?」

お持ち帰りした猫の身体が冷えないようタオルでくるみ、クッションやらなんやらで作った簡易ベッドに寝かせ、俺はキッチンでなにか猫が食べれそうなものはないかと物色していた。

だが生憎と牛乳もなく人間様が食べるものしかない。

取り敢えず魚系ならいいかと、缶詰めを取り出し蓋を開けた。

そして中身をザルに落とす。


「…っ、て…」


その際に油で手が滑り缶詰めで指を切ってしまったが、薄く線が走った程度なので特に気にせず魚を水洗いする。

(確か人間の舌に合わせた味付けは塩分高過ぎて駄目なんだっけか?)

僅かにある猫の知識を思い出しながら念入りに洗い、解れた身をキッチンタオルで絞り、こんなもんかと小皿に移して猫のもとへと行く。

猫は俺が部屋から出る時と変わらない体勢のままだった。

「おーい、猫ー」

声を掛けてみるが一向に動きはない。食べ物の匂いにも無反応なまま。

これはやはり病院に連れていかないと駄目か?と猫を覗き込み観察した。

しかしこう改めて見ると妙に変わった猫である。

なにがと聞かれればなにかが、と曖昧な答えしか返せないのだが、一目見て分かるところはまず毛色だろう。

最初は濃い灰色だと思った。けれどそれは間違いで、よく見れば全体的に深みのある…藍色?で、なんとも不思議な色味だった。

(…きれーな毛並みだよなぁ)

思わず、といった調子で無意識に手を伸ばす。


…と、突然猫が覚醒した。


がばっと音を立てて飛び起き、閉じていた瞳をくわっと開いて見上げてきたのだ。

あ、警戒された。と手を止める。

やっと反応してくれたとか、拒絶されて地味にショックとか色々あるが、俺はなによりもその見上げてくる瞳に眼を奪われた。

美しい毛艶と同じ深みのある蒼。

それはまるで海の色で、どこまでも飲み込まれてしまいそうな―…







がぶっ







「………」




噛まれた。


そりゃあ警戒し続ける猫の鼻先に未だ手を彷徨わせていたらそうなるよなー…と、どこか冷静な頭で思っていると、噛み付かれた痛みとは違う痛みが指先に走った。

感覚で分かる。先刻の、缶詰めで切った傷口を舐められている。

それは傷を労るような舐め方ではなく、傷口に舌をねじ込むような、塞ぎかかった傷を再び開けさせるような動きで…


「…ッ、!」


さっと頭が冷えた。


なにかがおかしい。


俺は直感のまま猫から手を引き離した。

舐められた指がドクドクと脈打つ。

「な、んだ…お前」

眼を細め口の周りを舐めていた猫がその言葉に顔を上げた。

深い蒼の双眸が遠慮なく射ぬくように見つめ、互いの眼が再び合わさる。

猫が口を開き、にゃーと鳴いた。











「あー、驚かせてごめんねー?久しぶりだったからつい夢中になっちゃった」











「………

…………は?」



誰だ今の声は。


…というか、なんだ今のは。


「助けてくれてありがとう。君はとても優しい人だね」


動揺する俺を余所に、猫…の筈だった生き物は、とても流暢に人の言葉で喋り続ける。

しかも実にフランクに。

どうやらさっきのにゃーの方が幻聴だったらしい。俺は目の前のあり得ない現状に軽く目眩を起こした。



ずびしっ



「ぅに゙ゃあッ?!」

「あ、今度は鳴いた」

「な、鳴いたって…ちょ、俺さ、今までそれなりに色んな人間と接触してきたけどね、チョップかます人は君が初めてだよッ?」

「…よく喋るな」

「……こんなに動揺しない人間も初めてだよ」

「いや、動揺してる。…なんだお前」

叩かれた額を押さえ涙目だった猫もどきはその質問に素早く立ち直り、どこか誇らしげに答えた。

「にゃん〇いあです」

「…(……伏せ字)」

「版権恐いからね」

「心を詠むな」


無茶苦茶だ。それが俺の感想だった。


「つか、にゃんぱ……ごほん、その軽々しく口に出来ないそれは、つまりどういう生き物なんだ?」

「半分猫で半分吸血鬼だよ」

「…だから俺の血に反応したのか」

「うんっ、おいしかった!だからもっとちょうだい!」

「………」

「え、ちょ、なんで手を振り上げるのッ?動物虐待反対!」

「お前は動物じゃねぇだろ」

とはいえそれでも見た目は猫。さっきは動揺で叩いてしまったが、こう改めると良心が痛む。

しかも涙目でびくびくと脅える姿はどう見てもこっちが悪者だ。

俺は観念し溜め息を吐くと、猫の前に座りなおす。

「少しだけだぞ」

「………へ?」

ぱちり、と猫が瞬きをした。

「…なんだ、いらないのか?」

「い、いる!もらう!」

呆けた顔で見上げていたが、俺の言葉に我に返り慌てて飛び付いた。

ひしっと膝にしがみ付く様が可愛いなんて決して思ってなんかやらない。

しかしこんな得体の知れない怪しい奴にここまでするなんて、つくづく自分は甘いな…。

思わず幸せが逃げそうな溜め息を吐く。

「目の前で死にかけるよりいいからな。…いいか?少しだけだぞ」

「うん!」

そう元気に返事をして猫は嬉しそうに微笑みながら俺の肩に手を伸ばした。






……………






『手』?!






気が付けば腕の中に『人』がいた。



……認識出来なかった。だが『これ』は猫なのだと瞬時に理解した。

視界の隅に見える髪が猫の毛と同じ色だったからだ。

「…っ、」

首を噛まれた。

けれど痛みはない。

猫が約束を守って加減しているのか、またはそれはそういうものなのかは解らなかったが、痛くないに越したことはないと妙に冷静な頭で思う。

腕の中にある体温が実に居心地悪かった。






「……ごちそうさま」

暫くして顔を見上げてきた人物の瞳はやはりその髪と同じ色だった。

ふわり、と蒼い瞳が細められる。

「ありがとう。俺、優しい人大好き」

吸血鬼という凶悪な生き物の割には随分と優しい微笑に、俺は目が離せなくなったのを自覚した。









…けれど色々と反則だったのでとりあえず思いっきり叩いてやった。

泣きながらなにか喚いてたけど、知らん。

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