よみもの

□辰巳の七日間(?)戦争
1ページ/10ページ




「お帰りなさいませ、お嬢様!」


いかつい大男が野太い声を張り上げ、彼の最上級の敬意をもって主を館に迎え入れる。自称、世界一の沙織の忠臣辰巳は、一週間ぶりに帰国した主に甲斐甲斐しく世話を焼いた。外套を受け取り、手際よくお茶のセッティングを済ませた居間へと案内する。

「ありがとう、辰巳。やはり自宅は落ち着くわね。ギリシアでの用事はあらかた片付けたから、これからしばらくは日本に居られるわ」

辰巳の鮮やかな手並みに、沙織はホッとした表情でソファにかける。

「それはようございました」

辰巳はニコニコと相好を崩す。沙織がギリシアに、いや女神アテナとして聖域に赴く時は、彼はいつも日本の城戸邸で留守を預かるのが常であった。辰巳としては大事なお嬢様について行きたくて仕方ないのだが、あくまで一般人に過ぎない辰巳が沙織のアテナとしての公務に付き従う訳にはいかない。

しかも、辰巳はどうも聖闘士というものが苦手だった。奴らには一般常識というものが欠けており、しかも一輝といい星矢といい、聖闘士というものはどうも城戸家の重鎮である辰巳を軽んじる傾向がある。そんな輩に大事なお嬢様を任せたくはないというのが彼の本音であった。しかし、沙織お嬢様はしばらくは日本に滞在されるとのこと。邪魔な輩の居ないこの家で存分にお嬢様にお仕えできる喜びに、辰巳は内心ほくそ笑んでいた。



「ああ、ダメっ、そこ、落としちゃうよ!」



「ん?」

玄関の方から瞬の声がする。そういえば彼はまだ部屋に入って来ていなかった。まだ玄関先にいるとは、彼は一体何をしているのだろう?



「あ〜すまんすまん、前が見え無かったんだ。気をつける」

ん?今度は見知らぬ男の声がする。それに何やらゴトゴト、物を運んでいるような音も聞こえる。

「もっと気を使え、ミロ。お前、おおざっぱ過ぎだぞ」

「いいんだ、俺はおおらかなのが取り柄なんだから。なぁ?アフロディーテ?」

「いいんじゃないか?馬鹿と何とかは紙一重って言うしな。長所短所は裏表だ」

「おい、アフロディーテ。それ、伏せる言葉間違ってるぞ」

「カノン、その突っ込みも失礼だと思うよ」



ガヤガヤと途端に賑やかになる邸内に、辰巳は目を剥いて玄関ホールに駆け付ける。そこで彼が見たものとは…。



「あ、辰巳さん!ただいま戻りました!」

にこやかに振り返り挨拶する瞬はいい。いつものことだ。だが…


「よお、久しぶりだなハゲオヤジ!」

満面の笑みで真正面から暴言を吐く、脳筋蠍野郎。

「ミロ、お前は空気を読めないのか」

無駄に派手な容姿の、女もどきの魚介類。

「すまんな、しばらく世話になるぞ」

無駄にデカイ、かつて大事な沙織お嬢様を命の危機に陥れた双子(の弟の方)。


瞬とデカブツ3人は、玄関ホールに妙に沢山荷物を運び込んでいた。



「何だ貴様らは!何故ここに居るっ!ああっ、それに勝手に屋敷にガラクタを運び込むな!」

辰巳の聖域に突然現れ騒ぎ立てる聖闘士達に、彼は敵意剥き出しで追い出しにかかる。しかし、聖闘士達は厚かましくもそれにちっとも動じない。

騒ぐ辰巳に、ミロはニヤッと口の端を上げる。

「いいのか?タコオヤジ。この『ガラクタ』はお嬢様が所望されたものだぞ」

「なにっ」


辰巳が運び込まれる荷物に目を向ける。見れば四人の両手には、綺麗な包装紙でラッピングされリボンのかけられた箱、ショッピングバッグ等が山積みになっている。明らかに女性向けの荷物は、確かに沙織お嬢様のものだろう。

「荷物運びご苦労だったな、お前ら。もう行っていいぞ」

しっしっ、と犬でも追い払うような仕草で言い放つ。


「何言ってるんだ。私達はアテナの護衛で日本まで来たんだ。しばらくここに逗留すると、先程カノンも言っただろう」

長い美しい金髪をかきあげ、アフロディーテが呆れたように言う。

「なにっ」




「あら、みんなありがとう!後は使用人に任せてもらって構わないわ。さ、辰巳がいれてくれたお茶でも飲みましょう」

居間から出て来た沙織が、にこにこと四人を出迎える。


荷物を使用人達に渡したカノン達は、ぞろぞろと居間に向かう。



玄関ホールには、一人辰巳だけが取り残された。バタン、と居間の扉が閉じる音がすると同時に、細かに震えていた彼は叫んだ。




「お前らに飲ませる茶などないわ〜〜〜!!」



ここに辰巳の七日間(?)戦争が勃発した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ