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□翼の折れた者
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陽光は嫌いだ。
眩しく、目の中をチクチク刺してくる。
色素の薄い瞳孔は、これ以上は受け入れかねると涙をこぼす。
肌はじりじりと灼かれ、髪はちりちりと干される。
太陽が憎い。
友の弱った目を焼いてくる。
爛れた刺激に弱い肌を、じりじりと攻撃してくる。
光は凶器だ。
青白い月光が注がれる、白い砂を敷き詰めた庭で、三成は己の愛用の刀を、スラリと抜いた。
月光に浮かび上がる白い刀身。
三成は両手で穿つように持ち、構える。
これぐらいの光の方が、己には良い。
そして、病に苦しむ我が友にとっても。
三成は刀を持ったまま、夜空に浮かぶ月を見た。
月のもとでの刃は、優しげで冷たく、美しい。
日の光のもとでの刃は、やたらギラギラして死んだ魚の腹のようで、厭わしい。
秀吉様が亡くなってから、殊更、日の光を嫌うようになっていた。
何故なら、思い出すから。
燦々と降り注ぐ日光の下で、それに負けぬ輝きを放つ男を。
笑顔の眩しいあの男が、自分を敬愛する主を屠ったのだ。
許せるはずがない。
秀吉様を思い出せば、その事件を思わずにはいられない。そしてその事件を思えば、必ずあの男の笑顔と、最後に自分を見て、悲しげな顔をした事を思い出す。
苛立たしい。
私は、秀吉様の面影を脳裏に浮かべているのだ。なのに、何故、あやつの影が……。いや、あやつに影はない。いつも光溢れている。その光が、秀吉様の思い出に影を落とし、かすませる。
そして、私や友に、心を灼くような痛みを与えるのだ。光でもって。
刀で物を切るように、まとまらないこの思考を斬ってしまいたい。
「それはね…… 囚われているのですよ」
ククク……と、優しい含み笑い。
誰だ! と、誰何すると、いつの間にやら傍らに、長身で長髪の男が、ゆらり……と立っていた。
(気配がなかった――)
三成は、素早く刀を構える。ここは己の屋敷である。そして深夜。家臣たちも、否、この世界が眠りについている時間帯のはずである。
「貴様は誰だ?」
三成の油断のない構えと鋭い詰問にも、男は何も感じないようで、ゆらゆらという感じで立っていた。
「フフフ…… 貴方の強い想いに引き寄せられてしまいました」
「何だと?」
「私は空っぽなので、強い感情に引き寄せられてしまうのですよ」
長い銀髪が、月光に照らされ、白い光を放つ。髪でほとんど顔が隠れている。
「貴様、見たことがあるぞ」
三成は気を抜かず、男を見やった。
「そうですか」
「つい最近……。小早川の供の中でな」
その髪と、雰囲気が、周りとかけ離れている様子で印象的だった。
「フフフ 天海と申します。以後、お見知り置きを……」
「フン。貴様に用はない。去れ」
天海は、聞こえたか聞こえないのか、やはりその場にゆらりと立っていた。
「……貴方様が羨ましい……」
決して、声を張り上げているわけでないのに、よく通る声が、三成の耳に入る。
「何だと?」
毎日が怒りと悲しみと恨みでいっぱいの三成は、天海の言葉にいぶかしむ。
「貴方もその人も、お互いに囚われております。何人も入れぬ縁が結ばれている。今もこうして、遠くの地で、互いの顔を思い浮かべあっているのですね」
「黙れ!」
己の頭の中を覗かれたようで、三成は不快だった。
「その減らず口を閉じろ」
「ああー…… ただ憎いだけ? 殺したいだけ? 自分のものにしたい。 自分だけのものにしたい…… そう思う気持ちがあるのではないですか?」
シャッ
空気を裂くような音と共に、刀が降りおろされる。
斬った――
という手応えはなく、その白い男は一歩後ずさり、一掴みの白い髪が、白い砂の上にはらりと落ちてゆくのを、面白そうに見ていた。
「ああ、ああ。髪だけでなく、私の頬にも刃がかすめたようです。痛い…… 私は生きているのですね。生きている実感が致します」
細い指で、己の頬を伝う血を掬う。
「去れと言っているのが、分からないのか」
次は首だと、三成は素っ気なく言った。
「私にもね、愛おしくて、憎い人がおりました」
天海は構わず話しだした。
月光の元、敷き詰められた白い砂の上に、白銀の男が二人立っている。
「でもその人には、他にもたくさん、彼を憎み愛す人がいましてね。私はそれが許せなかった。独り占めしたくなったのですよ」
「貴様の話に興味はない」
「独り占めしたつもりでした。でも、違った。私の手をすり抜けてしまいました。あの人を私の中に留めることは出来なかった。故に、私は空っぽ」
天海が己の胸を指差す。
「だから何だと言うのだ」
「あなたもそうなります」
断定的な口調に、三成の刀を持つ手がひくりと動いた。
「私は貴様ではない」
「いいえ。貴方と私はよく似ております。強烈な個に惹かれながら、憎んでいます」
「違う、私はそのような……」
「豊臣の顔を思い浮かべる前に、思い浮かべる顔ではないですか? それほどに貴方の心を占めている存在は……」
「黙れ!」
また、三成の刃風が庭におこるが、天海を斬ることはなかった。
「お答えにならない。否定もせねば、肯定もない……。そんな貴方が、戦いの後、どのような表情になるのでしょう」
天海はのんびりと言った。まるで、明日の天気の話をしているかのように。
「その時、またお会いしましょう。貴方が私になるか、貴方と私は違うのか。ああ、楽しみです」
「待て、貴様……」
月光にとけ込むように、男は何の気配もなく消えた。
一瞬、自分が見た夢かと思う。
だが、白い砂の上に光る柔らかいものは、決して鳥の羽ではなく、くるりと丸まる一房の銀髪。
三成は、己と柔らかさの違うその髪の毛を屈んで拾った。くるりと指に巻き付く髪が、これが夢でないと伝えてくる。
「私は…… 光を退けた後は、何に囚われるというのだろうか?」
返事はなく、ただそよそよと夜風が吹くだけ。
未来への恐れなのか、ぞくぞくさせる甘いうずきなのか。怒りや悲しみ、恨みとは違う感覚に、三成は身を震わせしばらく佇んでいた。
(終わり)