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□君との境界線を越えない
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どうしてこんな事になっているのか。
なぜ 自分がこんな目にあわなければならないのか。

時々 無性にこの感情は腹の底から、それこそ目の前の傷だらけのガキの目から零れ落ちる涙みたいに湧いてくる。
そんな俺の気持ちを知る由もなく、『弟』はまた泣き声を荒立てた。
思わず耳を塞ぎたくなるのを抑え、苛立ちの対象を睨み付ける。


前触れも、俺の意思もそこにはなく、しかしまるで必然で当然だと言わんばかりに押し付けてきたジジィの気が知れない。
溜息一つ、乱暴にポケットに手を突っ込み、ハンカチと言えるのかどうかはわからない布切れを取り出す。
そして踵を返して歩き出し、少し離れた泉にそれを浸す、後ろから「あ」とか「う」とか焦ったような声が聞こえたが気にしない。
いつものように置いていかれると思ったんだろう。
俺が戻ると鼻を啜りながら『弟』は小さく息を吐いた。

出血がひどい膝、切り傷が目立つ腕には目もくれず、左手首を掴んだ。「開け。」と短く命
令すると、戸惑いながらゆっくりと手の平を見せる。
「…」
昨日見た時よりも状態がひどくなっている。傷自体は大きくも深くもないが、何か悪い菌でも入ったのだろう。
化膿して腫れ上がったそこにハンカチを宛がうと小さな体が痛みに震えた。




ー…ジジィの話の中で、打撃や衝撃には強いと知っていた。
確かにそういう意味ではこいつは普通の子供よりずっと頑丈だと思う。基礎体力だって、いらん度胸だってあのジジィの孫なだけあって半端ない。
でもこうやって、泣きべそかきながらうつむく姿はやっぱりまだまだガキで、そういえばさっき握った左手首も、棒のように細かったのを思い出す。


産まれた時からの一人に慣れた俺とは違う。こいつには大人が必要なんだ。
それをわかってて、こいつは俺に付きまとう。
そんな役目、俺は知らない。
「…エース、は今日も優しい。」
にししと笑い声まで聞こえ、俺はハッと思考を止めた。
「黙れ」と怒鳴ろうしたが、喉が変に渇いてそのまま消えしまう。
「おれ知ってんだ!エースが、おれのこと崖から突き落とした後見にくるの。あと、森で道わからなくなって、腹も減ってしょうがない時、上からリンゴ落としてくれたこととか、ちゃんと知ってんだ!」
「お前が悪魔の実食べたの知ってて海水に放り込むことも、ちゃんと知ってんだろ。…ジジィに言え、きっと…」
声が掠れる。酷く喉が。
「違う!エースは川には落とすけど、海には絶対落とさねぇ!!」

その真っ直ぐな目に
「お前には…っ」



俺は。



「だからエースは優しいんだ!」と傷だらけで威張るこいつは本当に馬鹿だと思った。
ジジィの前でも俺に向けるすがるような顔をすればいいんだ。泣き喚いて、騒げばいい。怒られるだろうけど、そんなの一瞬で、結局ジジィはコイツが可愛くて仕方がないのだから、フーシャ村にでもどこにでも、とにかくここじゃない、俺のいないとこに連れてってくれるだろう。
それを教えてやろうとしたのに、なんでコイツが怒ってるんだ。
「エースがいてくれたら一人じゃねぇ。」
「!!」

ハンカチが重力に逆らわず、小さな手のひらから滑り落ちた。


「…俺、はお前が嫌いだ。」

「え。」
「『え』じゃねぇよ!!気づけよ!わかれ!驚いてんじゃねぇよ!!」
これ以上何も聞きたくなくて捲し立てる。


こんなやつ。
「優しいわけあるかっ!!馬鹿かお前!」

大嫌いだ。
気づいた時には駆け出していた。
まともに話したのは初めてだったが、やっぱりやめておけば良かった。
アイツから離れたくて全力で走る。頬をメギの棘が掠めたが、構わず走り続けた。






毎日毎日、酷い傷を負わせた。
言葉より暴力を振るうのが一番手っ取り早いと思ったから。
何が『弟』だ。
何が『兄貴』だ。
この世界で一番の悪人の血を引く俺に、そんな当たり前の、『家族』みたいな定義、例え嘘でも、それが真似ごとでも。いずれ全てが壊れた時傷つくのがわかってて手を伸ばしたりするものか。



なのにアイツは俺から離れようとしなかった。


アイツが何も知らない事。





それが許せなかった。












エースが走り去った静かな森。

「足早ェ…」
いつもは自分を避けていたエースが今日は自分に話しかけてくれた。
傷だらけの体より、誰も気づかなかったこの手のひらをエースが見ていてくれたこと。
でもそのエースが自分を嫌いだと言ったこと。
ルフィは少し混乱していた。
「…」
拾い上げたハンカチを手のひらに巻きつける。
エースが消えた方角を確認し、走り出す。



エースに会ったら聞かなきゃいけないことがある。
 

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