しがないバイトです。

□第三章
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「もう仕事終わったんすか?」
「ああ」

部屋の中心の丸テーブルに向かい合うようにして座る。
佐伯は隠すことなく大きな欠伸をして、テーブルに顔を伏せやがった。

「おい」
「…眠いです」
「バイキング行くか」
「…スー」

スーじゃねえ!人が折角仕事を早く切り上げて、オマケに食事の誘いをしてやっているというのにこいつは!

耳たぶをぎゅーっとつまむと、「痛っ!」とまあ大袈裟に痛がってみせた。

「バイキングって?」
「kitchen strawだ、知ってるか」
「ああ!川田と行く約束してるんすよ、今日、そこに!!」

…は?俺は顔をしかめた。最近佐伯のせいで酷い顔ばかりしている気がしてやる瀬ないな。

「川田が一緒でいいなら割引券あるんで一緒に行きますか?」
「あ?」

佐伯を見ると、「えへん!」とでも言いたそうに瞳がキラキラしていた。なんだこいつは、俺を見下しているつもりか。

「あー…部下と約束してんだ。お子様同士で楽しんでこい」
「なっ…!」

ほらな、結局俺のほうが一枚上手なんだよ。

「じゃあ、えっと…今日は色々とありがとうございました。仕事中呼び出した挙句、プライベートルームにまでお邪魔しちゃって…すいません」
「プライベートルームって何だよ」

ふっ。まあいい、ちゃんとお礼を言えるようになったし、一応怪我人だし、今日はお咎めなしだ。

***

それから二人で30分ほど休憩室でぐうたらした後、川田が迎えに来て佐伯は先にkitchen strawへと向かった。

会社を去る瞬間の川田のしてやったり顔がムカつく…!

「尾西さん〜用意できました?」
「梨田、車出せ」
「また呑むんすかあ?」
「いいだろ」

ネクタイを少し緩め、涼しい職場を後にした。

「ところで尾西さん、子守りってあの例の"兎"ですか?」
「ああ、まあ」
「尾西さんがお世話するくらいなんだし、よっぽど可愛いんでしょうねー。」
「俺はお前の世話もやいてるぞ」
「今度兎ちゃん見せてくださいよ〜」
「断る」

ええ〜なんでぇ〜、と気の抜けた声で喋り続ける梨田に鉄拳をお見舞いし、俺は助手席の窓を少し開けた。

入り込む風が心地よい。

(兎…ね)

思い浮かぶのはどこにでもいそうな男子高校生、それでもどこか幸せそうな顔。

「…ふん」
「なんすか薄気味悪い!」

今頃あいつはバイキングに夢中なんだろうな。
もう一度笑みが零れた。
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