しがないバイトです。
□第二章
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「いや、さすがに悪いですよ」
俺はYシャツを尾西に返そうとするが、逆にぐいっと押し付けられた。
「遅刻するつもりか。俺がそんなのを許すと思うか。さっさと着替えろ」
ですよねー。
言い返していると本当に遅刻してしまいそうだったので、俺は「じゃあ…」と呟き、汗の滲みたTシャツを脱いだ。
「…ちょっとでかかったな」
シャツの裾をしまう俺を見て尾西が言う。
ちょっとどころではない。ぶかぶかだ。
(高校生んときにはすでにこの身長だったんだな…くそう)
正直めちゃくちゃ羨ましい。
絶対にそんなこと言ってやらんけどな!
「あ」
着替え終わった俺はあることを思い出した。
「どうした」
「えーっと、あの…」
口ごもる。言いたくないが、言うしかない。
今思えば言わなくてもなんとかなったが、なんてったって俺は寝ぼけていたんだ。
「袖、めくってもらえませんか…?」
鬼の顔がぐにゃりと変化した。
まるでこの世の物ではない何かを見たときのような目だ。
「お前、そんなことも出来ないのか…」
「どう練習してもなぜか上手くできなくて…」
俺の不器用スキルは物凄い。
中学のときの家庭科は、先生の情けでなんとか2を貰ったレベルなのだ。
手を差し出すと、尾西は丁寧に折りはじめてくれた。
「いつもはどうしてるんだ」
「朝迎えに来る川田…川田って友達なんですけど、そいつに頼んでます」
「ああ…昨日も言ってたな、川田って」
綺麗に折り畳まれた袖を見て、俺は「おお」と感嘆の声を漏らした。
「よし。飯食ったら出勤ついでに送っていってやる」
え、
「…鬼のサービスデー?」
「なんか言ったか」
「いいえ!お願いします!」
俺はなんだか昨日から鬼に借りを作ってばかりだなあ、とウンウン唸りながら鬼のご飯を食べた。
***
「お願いします」
助手席に座りシートベルトをした俺を確認すると、尾西はエンジンをかけた。
昨日も思ったけどこいつ、なかなかの安全運転なんだよな。
「校長って、下村か」
「はい。え、尾西さんが高校生のときもですか?」
「まあな。集会のとき、全員を立たせたまま長々と話すだろ」
「そうなんですよ!しかもハゲに太陽の光りが反射して!」
他愛もない話をしていると、見慣れた校舎が見えてきた。
まだ登校中の生徒がチラホラいるから、遅刻はしないで済みそうだ。…良かった。