短めの話
□行く末を案ずる間もなく
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その日は朝からついていなかった。
豪雨で、自転車通学で、要するに傘差し運転をしていたら補導をくらって。
学校には遅刻せずに着いたけど、制服はびしょ濡れで大好きな体育は教室で自習になってしまった。
結構、真面目なクラスなんだよなあ。
俺は静かに勉強するのが嫌いではない。だからこの真面目な雰囲気はなかなか居心地が良い。
今は教師もいないし、何人か寝てる奴もいるけどな。
俺はそう思いながら濡れた制服を乾かそうと学ランを脱いだ。
教室の隅に設置されたストーブの近くの机にそれを置くと、右隣のドアが開いた。
「千葉」
そこに立っていたのは後藤だった。
いかにも教師というような、細いフレームの眼鏡にきっちり着こなしたスーツ。
俺より頭1つ大きいそいつを見て、俺の顔がサッと青くなった。
クラスの誰も、俺の顔色が変わったことには気づかないだろうが。
「なん、すか」
胸に張り付く雨の染みたYシャツを指でつまむ。気持ち悪い肌触りだ。
「来い」
「え」
腕を掴まれ、ふらつく。
後藤はそんなこと微塵も気にしないそぶりで、大きな声で「しっかりと自習するように」と教室に言い放ち俺の腕を引いた。
***
誰もいない廊下。近くの教室からは黒板に文字を書く音だとか、声の通る教師の叱咤が聞こえてくる。
「どこ連れていくんだよ、ダメ教師」
「どうせストレスでも溜まってんだろ?」
「俺だって勉強してーの」
だめだこいつ。何を言っても答えるつもりがないな。きっと俺が言ったことが当たってるからだ。
連れていかれたのは普段使用しない南棟の空き教室だった。
ドンッ!
「ってえ!」
腕を振り払われ、机に思い切り背中をぶつけた。
「いっつも言ってるけど、これって暴力なんじゃねーの?」
数学教師らしからぬ体力。後藤はふん、と鼻で笑うと机に背を預けた俺に近づいてくる。
「無防備に素肌を晒すな」
「うっせーよ雨のせいだ」
「なら雨を殺してやる」
「ばかじゃねーの」
後藤はじりじりと近づきながら、ネクタイをくっと緩めた。
俺はいたって冷静を装い、偏狭な愛を向けてくるこいつに投げかける。
「俺の顔がそんなに好きなら、姉ちゃん紹介してやるよ。そっくりなの」
「そいつはお前の姉さんであってお前じゃないじゃないか」
「でも女だ。顔は俺で身体は女なんだ。姉ちゃんもお前みたいなのが好きって、」