しがないバイトです。

□第五章
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カシャン。

焼き上がったトーストを皿に乗せた辺りから、寝ぼけた頭が少しずつ覚醒していった。

バターを、塗る。

「いたらひまっふ」

早速かじりつきながら言ったものの、返事を返す人はいない。

もぐもぐ。
以前に開封した食パンだったので、心なしか硬い。

「はー」

半分程食べたところで、テーブルの隅に置いてある携帯がチカチカと光った。

着信だ。
時々寝坊していないか確認するために、川田がモーニングコールをしてくれる。
今日もそれだろう。

「もしもし〜」

語尾に♪でも付いていそうな声を出す。

『寝坊しなかったか』
「うん」
『…飯は』
「今食べてるよ。川田は?」
『は?』
「え?」

あれ?
サーッと血の気が引いた。
よくよく考えれば電話の相手は、このよく通るテノールは、川田では無い。

ーーー尾西だ。

(タメで話しちゃった…!)

「おおおおおはよぐざいま!」
『元気そうだな』
「へ?」

んー…尾西はもしかして、昨日のことで心配して電話をくれたのだろうか。
きっとそうだろう。

『遅刻すんなよ』
「はい!」

これ以上心配をかけたくなくて威勢の良い返事をし、通話は終了した。
さて、学校に行く用意を…

「っあああ!!」

絶叫。
尾西は昨日のことを心配して電話してくれたわけで、俺は昨日あったことを全て思い出したわけで。

(絶対泣き虫って思われただろうな…)

今まで辛かったり泣きたかったときは、大抵一人だった。
それが最近になって、尾西の前で泣くことが多くなった。

(しかも抱き着いちゃったし…!!)

抱きしめられることは数回あったが、自分から抱きしめるのは初めてだった。
何より、好きな人なのだ。

恥ずかしくないわけがない。

(わ、忘れよう)

熱い両頬に手の甲をあて、心の中でそう唱える。
忘れよう、昨日の最後あったことは。

ーーー忘れられそうにないけれど。

***

授業中にウトウトしてしまった以外は、至っていつも通りの一日だった。
川田と別れ向かうのは数日振りのバイト先。

「こんちは!」

まだ時間に余裕があったが、早く来たくてしょうがなかった俺はロッカールームに飛び込んだ。

「こんにちは。早いですね」
「遥ちゃん」

椅子に座って携帯をいじっていたのは遥ちゃん。
遥ちゃんは俺を見るなり、何か思いついたようにハッとした。

「先輩!」
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